【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第17話
第17話
「ああ、あいつね。幸田久子」
早坂祐奈と名乗る女性は、苦い顔でそう言った。
「覚えてる。中三の時に同じクラスだったし」
創が仕事に行っている間に、保奈美が幸田久子の写真を持って『カフェ・モカクリーム』の女性店主を訪ねていた。
「そうそう、この子よ。チャコちゃん」
間違いないと店主が請け合った。これほど特徴的な顔だ。人違いということはないだろう。
これで一条かれんの同居人は幸田久子ということが確定した。次は幸田久子の連絡先を知っている人物を見つけることができたら、捜索は進展する。
前回と同様に、今度は出身中学の近隣で聞き込みをしているうちに、かつて同級生だった女性と出会うことができた。
「ほら、家ん中入っときな」
まだ二歳くらいの幼い女の子が、玄関扉の隙間からそっと顔を出した。客が珍しいのか、隠れながら二人をじっと見る様子に、保奈美だけでなく創も顔をほころばす。しかし祐奈は煙草を挟んだ手を動かし、冷たく追い払った。
「あいつね、あの顔だから学校中みんなから知られてたよ。でも暗いし、しゃべんないし、感じ悪くてみんなから嫌われてた」
そう言って、祐奈は煙草を深く吸い込んだ。ふうっと吐き出すと、
「なんか、少年院に入ってたっていう噂がまわってきたのよ。それでますます、誰も近寄らなくなって」
「少年院?」
創と保奈美は顔を見合わせる。
「なんか、罪を犯したっちゅうことですか」
創の問いに、祐奈は辺りをちらっと見ると、創に顔を寄せ、
「人殺し?」
と囁いた。創が目を瞠る。
「ま、噂だけどね」
祐奈が笑った。からかわれていると知り、創は咳ばらいをすると、
「あの、幸田久子さんの連絡先ってご存じないですか」
改めて尋ねた。祐奈は首を横に振る。
「知らない。さっきも言ったけど、あいつみんなから嫌われてたし」
祐奈の言葉に、保奈美が顔を曇らせた。ここまで来て手詰まりになるわけにいかない。創は重ねて、
「誰か知ってそうな人っておらんですか。一人でもええから」
そう言って頭を下げる。
「そりゃ、まあ。昔の知り合いに聞くことはできるけどねぇ……」
祐奈は煙を細く吐き出すと、もったいぶるように言葉を切った。
「お願いできますか」
保奈美が両手を合わせる。祐奈は創の顔から足元までじろじろと見ながら、
「そうは言っても、みんな今の生活があって忙しいからさぁ。やってあげてもいいけど、タダってわけにもねぇ……」
言い終わらないうちに、創が財布を開けて札を取り出した。祐奈の手に握らせる。
「これっぽっち?」
祐奈は手の中の札を眺めて鼻を鳴らした。
「情報が入ったらな。追加を払ったる」
祐奈はにやりと笑い、札をポケットにねじ込んだ。
「うーん、ブーちゃんなら知ってるかなあ。そうだ、同窓会やろうって声かけてみるよ。誰か一人くらい知ってるかもしれないし」
急に調子よく話し始めた祐奈と連絡先を交換し、帰路につく。帰りの電車で、保奈美は不安そうにじっと考え込んでいた。
「少年院って、どういうことやろか」
創がぽつりと呟く。「人殺し?」という祐奈の言葉が嫌でも気になった。保奈美は不安そうに眉をひそめたが、なにも言わなかった。
