【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第12話
第12話
大通り沿いのカフェを出て交差点に戻ると、ちょうど向こうから歩いてきた保奈美が腕で大きくバツを作っているのが見えた。
「やっぱ無理があるな、この方法」
創は頭を掻いた。
昨夜、一条かれんの手紙の中に、こんな一文を見つけた。
『バイト先で余ったケーキをもらっていたら太っちゃったみたいで、最近なんだか顔が丸いの。ほーちゃんにあげられたらいいのにね』
かれんの住んでいたアパートを中心に、少しずつ半径を広げながら、彼女がアルバイトしていた店を探すことにした。二人で手分けをして当たったものの、空振りが続く。
「よく考えたら、ケーキ屋やカフェとも限らないよな。レストランだってあるし、今どき回転寿司だって」
ついそんなボヤキが出る。保奈美の手前、口には出さなかったが、この二年の間にその店がつぶれてしまった可能性もある。もしそうなら、どれほど探しても見つかるはずがない。
大通りを外れ、住宅街の中へ入った。スマホの地図を頼りに進んでいく。昔ながらの街なのか、細い道が入り組んでおり方向感覚が掴めない。
「創さん」
保奈美が創の袖を掴んで揺さぶった。
「これ、見て下さい」
とかれんの手紙を差し出す。保奈美が指さしていたのはくまとウサギのイラストだった。それぞれに、『モカ』『クリーム』と名前が書かれている。
「これって、ここじゃないですか?」
保奈美が看板を指した。住宅街の途中に現れた小さな店。『カフェ・モカクリーム』とある。
「まあ……どこにでもありそうな名前ちゃう」
「でも、これ」
保奈美が出窓に近寄る。そこには二体のぬいぐるみが飾られていた。くまとウサギだ。
「ホンマや」
「聞いてみましょう」
創と保奈美が入口の扉を開けると、キッチンの奥から店主らしき女性がエプロンで手を拭きながら出てきた。
「いらっしゃいませ」
女性はにこやかに言うと二人を席へ通し、奥から水の入ったグラスとメニューを持ってきた。
「ごめんなさい、お昼のラストオーダーになってしまうんです」
他の客がいないのは、ランチ営業の終了間際だったためだろう。創と保奈美はケーキセットをオーダーした。
「あのぬいぐるみって、名前あるんですか?」
ケーキとコーヒーを運んできた女性に、保奈美が尋ねる。女性は出窓を振り返って微笑んだ。
「はい、モカちゃんとクリームちゃんっていうんですよ」
「このお店のオリジナルキャラクターなんですか?」
保奈美の質問に、女性は笑顔で首を振ると、
「別にそういうんじゃなくて、ただ飾っていただけなんですけどね。前にここでアルバイトしていた子が名前をつけてくれたんですよ」
と言った。保奈美と創が目を合わせる。
「それって一条かれんさんですか」
創が尋ねた。女性は一瞬目を瞠り、
「そう、かれんちゃん。ひょっとしてお客さん、かれんちゃんのファン?」
うれしそうに言って両手を合わせた。
「はい、直接会ったことはないんですけど、実はわたし一条かれんの遠縁なんです」
以前に創が使ったでたらめの言い訳を保奈美が口にする。
「あらほんと。言われてみたら似てるわ、かれんちゃんと」
「かれんさんに憧れていて、色々知りたくて。あの、かれんさんはいつ頃このお店でアルバイトしていたんですか?」
いとも簡単に会話を誘導した。たくましさを見せる保奈美に、創は舌を巻く。
「ええと、確か・・・」
女性が指を折って考える。
「四年前かしら。かれんちゃん、田舎から出てきたばかりだって言ってたわ。女優さんになるのが夢だって」
「辞めたのはいつですか?」
「そうね、二年前くらいかな」
勤めていたのはおよそ二年。保奈美との文通の期間とも一致する。
「辞めた理由ってご存じですか」
保奈美が慎重に尋ねる。女性は疑う風もなく、
「ええ、急に引っ越すことになったのよ。引っ越し先が遠くて、通うのは難しいって」
朗らかに教えてくれた。
「申し訳ないって謝っていたわ。残念よ。かれんちゃん、すごくいい子だったから」
「なぜ引っ越したんでしょうか」
保奈美が尋ねた。肝心なのはそこだ。聞き間違いでなければ『急に』引っ越すことになったという。せっかく馴染んでいたアルバイトを辞めてまで。
「それは……」
女性が言葉を濁し、ためらうように口を閉じる。
「ひょっとして、ストーカーに遭うたからですか」
横から創が尋ねる。女性が目を瞠り、神妙な顔で頷いた。
「ご存じだったの。そうなのよ、すごく悪質なストーカーで、警察から注意してもらったけれども被害が収まらなかったみたい」
他に誰もいない店の中で、女性が声を潜める。
「かれんちゃんは優しい子だから、まるで自分のことのように心配してたわ。それで、遠くに引っ越して、念のために一緒に住むことにするって」
創と保奈美は瞬きを繰り返した。意味が分からない。
「ちょっと待ってください。一緒にって、誰と誰がですか」
創が遮る。女性は口に手を当てて、
「あら、それはご存じじゃなかったのね」
と言った。『まるで自分のことのように』という言葉が創の脳内に引っ掛かる。
「……ひょっとして、ストーカー被害に遭うてたのは、かれんさんとちゃうんですか」
「ええ、そう。かれんちゃんの友達……って言っても、元はこのお店の常連さんだったんだけどね」
女性の言葉に、創と保奈美が顔を見合わせた。
