【小説】もうひとりの転校生 第20話
第20話
「お前さあ、なに勝手に安請け合いしてんだよ」
俺のボヤキに、同期は黙ったままそっぽを向いた。
「おかげでこっちは朝からビックリさせられたんだからな」
同期はベッドの上で半身を起こしたまま、聞こえないふりをしている。窓から入ってくる光が当たっているせいか、昨夜より元気そうに見えた。
『パパ、ゆうえんちのやくそく、わすれてないよね』
今朝、寝不足の目を擦りながらコーヒーを啜っていると、幼稚園の制服に身を包んだ長女が、俺の顔を見るなり言った。
『遊園地……?』
『あー! ほんとにわすれてる!』
長女が頬を膨らませる。
『きのう、やくそくしたでしょー』
あいつめ。同期の顔を思い浮かべた。
『あと、プリキュアのえいがもわすれないでね』
おいおい。あいつ、どういうつもりだよ。
「それ、ホントにパパが約束したんだっけ」
長女と妻にちらりと目をやる。二人が力強く頷いた───。
「いいだろ、別に。家族サービスしてやれよ。せっかく戻れたんだから」
同期は悪びれる様子もなく言った。なんてやつだ。
「するよ。お前に言われなくても」
最初からそのつもりだった。元の身体に戻れたら、妻や子供たちをめちゃくちゃ喜ばせてやろうと。
「勝手に決められたのが嫌なんだよ!」
俺の抗議に、同期は面倒くさそうに欠伸をした。
「……ありがとな」
口を尖らせたまま、ぼそりと呟いた。同期が眉をひそめる。
今朝の我が家。食卓の家族たち。俺が同期と入れ替わる前と変わってなかった。妻も、長女も、長男も、幸せそうに笑っていた。
「俺の家族を守ってくれて」
変わらず、ちゃんとそこにあった。しっかり俺の代わりを果たしてくれたのがわかる。
同期はまるで聞こえなかったようにあさってを向く。俺は急に恥ずかしくなって、
「それで、どこまで話したっけ」
書類を取り直した。名古屋のイベントの予定表にチェックを入れたものを目で追う。
会社には半休届けを出し、家族には出勤するふりをして病院へ来た。検査が無事に済めば、同期は出社して名古屋の報告書を出さなくてはならない。俺もまた、同期から仕事の進捗状況を聞いておく必要があった。
「お前がスイムスーツを盗まれたところまで」
言いながら同期が歯を剥き、目を吊り上げた。俺は思わず肩をすぼめる。この様子では、板野を復職させようと上司に頼み込んだ件を話せば、殺されるかもしれない。
ノックの音に続き、扉が開いた。振り返って目を瞠る。そこに立っていたのは瀬能はるかだった。
「前田さん」
彼女はその場に立ち尽くしたまま、両手で口を覆った。その瞳がみるみる涙で潤む。
「瀬能さん」
俺は慌てて椅子から立ち上がった。「どうして」
「今朝、名古屋から新幹線で戻ってきたんです。前田さんが階段から落ちて怪我をしたって聞いて……」
彼女の手にはスーツケースが握られていた。東京駅から直接来たのだろう。
同期に目をやる。眉をひそめたまま彼女を眺めていた。その表情からはなにも読み取れない。
「とにかく、座りなよ」
さっきまで俺の座っていた椅子を勧めると、彼女は我に返ったようにぴんと背を伸ばし、首を振った。
「すみません、大丈夫です。すぐに失礼します」
と言って小さく鼻を啜る。俺はもう一度同期を振り返った。
まだ彼女との間にあったことを伝えていない。
『役立たずは早く辞めた方が会社のためだ』
俺の頭に同期の言葉が蘇る。
「あのさ」
焦る気持ちで言いかけた時、
「ありがとう」
同期が言った。真っ直ぐに彼女を見ながら頭を下げる。俺は目を瞠り、同期と彼女を見比べた。
『なあ、前田。お前、変わったな』
同期は彼女に向かってわずかに微笑んでいた。
『いい影響だよ』
上司の面白そうな声を思い出し、俺も声を出さずに笑った。
