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【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第10話

   第10話

 取り次ぎのスタッフが中に入ってから、十分以上が経っていた。創と保奈美は神園おうか監督の事務所の入っている建物を見上げながら、所在なく立ち尽くしていた。アポイントのない突然の訪問だから待たされても仕方がないが、ひょっとして忘れられているのかと不安になる。

 手持ち無沙汰で、手元のスマホで神園おうかを検索すると画像が出てきた。映画監督というからには年齢を重ねた男性のイメージだが、意外に若く、がっしりした体型をしている。カメラマンによる宣材写真のようだから、実物よりも写りがいいのかもしれない。

「あのね、悪いんだけど監督は忙しいんですよ」

 声がして顔を上げると、眼鏡をかけ、髪の長いひょろりとした男性が目の前に立っていた。

「ほな、休憩まで待ちます」

 創が食い下がると、

「休憩だって仕事のうちだよ。待っても無駄だから帰ってね、こっちは忙しいんだから」

 男性は神経質そうに足踏みをし、一方的に言って建物の中に戻ろうとする。

「ちょっと待って下さい。あの、『十三番目の月』っていう映画のことで神園監督に聞きたいんですけど」

 背中に向かって叫ぶと、男性は足を止めて振り返った。

「あの映画なら僕も助監をやってたよ」

『助監』とは助監督の意味だろう。創は一歩踏み込むと、

「ホンマですか? あの、ワークショップに参加していた一条かれんさんについて知りたいんですけど」

 急いで言った。保奈美が創の陰からぺこりと頭を下げる。

「さあ、ワークショップに参加する若手の役者なんてたくさんいるからね」

 助監督が首をひねる。

「でも、あの一条かれんですよ。覚えていませんか」

 創が重ねて尋ねると、助監督は渋い顔で、

「出演していない人まで覚えてないよ。映画を一本撮るのには、結構長い時間がかかるんだ。その中でたくさんの人が参加したり、また途中で辞めて行ったりもするわけ。いちいち覚えていないよ」

 首をすくめてそう言い、「じゃあ、もういいかな」と建物の中へ戻っていってしまった。

 創はため息をついた。手詰まりか。せっかくここまで来たのに、途絶えてしまった。

「ほな、帰ろか」

 保奈美を促す。彼女は助監督が去ったあとをじっと見ている。

「どないした?」

「あの人、嘘をついていると思います」

「えっ」

 創は驚いて建物を振り返った。助監督はとうに姿を消している。

「だってあの人、わたしの顔を見て驚いていました。創さんが姉の名前を出す前に」

 創は保奈美の顔を見た。言われてみれば、保奈美の持っていた写真に写った高校時代の一条かれんは、テレビに出ている一条かれんよりも、今の保奈美の方が雰囲気が似ている。

「きみの顔を見て驚いてたっちゅうことは……」

 創は拳を口に当てた。助監督は当時の一条かれんのことを覚えていたのではないか。

 考えてみれば、一条かれんを『出演していない人』と断定したのも引っ掛かった。保奈美と共に映画をチェックしたが、確かに彼女は出演しておらず、クレジットにも名前はなかった。

 しかし助監督の言う通り、映画にはたくさんの人が参加するのだとしたら、端役をもらったはずの一条かれんが出演しなかったことを覚えていることになる。

 証拠はない。いくらでも言い逃れはできるだろう。助監督のあの態度では、協力してもらえるとは思えない。

「また来よか。そん時は、言い逃れでけへん証拠持ってな」

 中からさっきの助監督がこちらの様子を伺っているような気がして、創は建物を睨みつけてから踵を返した。

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