【小説】忘れえぬ女(ひと) 第2章 第3話
第3話
幸田久子と初めて出会ったのは、中学校の入学式だった。昇降口で両親とひとまず別れ、張り出されたクラス分けに従って、風花は自分の教室の席に着いた。
「ブーちゃん、どうしたの。元気ないね」
「エサ抜いてきたか?」
真新しい制服に身を包んでいても、市立の公立中学の教室内は知っている顔ぶればかりだ。
「ブタじゃねーわ!」
風花が叫ぶと、周囲にいたクラスメイトたちがどっと沸いた。別の小学校から来た知らない子たちも、一緒になって笑っている。中学校でも小学校の時と同じように、愛されキャラとしてやっていけそうだった。
それでも風花の顔は沈んでいた。五十嵐くんとクラスが離れてしまったのだ。しかもフロアまで違う。これでは姿を見かけることすら難しい。
入り口の近くにいた数人がざわめいた。担任の先生がやってきたのかと、クラスメイトたちが戸口に注目する。風花はそこに現れた人物に目が釘付けになった。
風花だけではなかった。全員が言葉をなくし、目を瞠った。現れたのは風花たちと同じセーラー服を着た女子生徒。けれどもその顔は、見たことがないほどの醜さだった。
彼女が教室に入ると、周囲にいた人たちが慌てて避けた。友達との談笑に夢中で気づかなかった子が、出し抜けに彼女の顔を見て悲鳴を上げた。
風花の入学した中学校は、二つの小学校の学区から成る。その女子生徒は風花の出身小学校にはいなかったのだから、もう片方の小学校のはずだ。
そう思って見知らぬクラスメイトの顔をちらりと見るが、相手もまた同じように風花や風花と同じ小学校出身の顔を見返した。お互いに小さく首を振る。誰も彼女を知っている者はいないようだった。
やがて教室に現れた担任に誘導され、緊張とは別のそわそわした気持ちで体育館での入学式を終えた。教室に戻り、式の最中の態度が落ち着いていたと担任から褒められても、教室内は静かなままだった。
「幸田久子です」
まわってきた自己紹介で、彼女はそれだけ言ってすぐに座ってしまった。それまでは、出身小学校と、好きな食べ物などを発表していたため、拍子抜けした。
「幸田さんはこの春、隣の市から引っ越してきたのよね」
担任であるベテランの女性教師がにこやかにつけ加えた。それで誰も彼女のことを知らなかったのだと合点がいった。幸田久子は担任の言葉にも応えず、じっと黙っている。
二人の女子が目交ぜしているのが視界に入った。口元に薄ら笑いを浮かべている。さっそく幸田久子を馬鹿にしようと決めたのだろう。
風花の胸に反発心と使命感が湧き上がった。
幸田久子と友達になる。風花は心に決めた。デブとブスの最強コンビだ。二人でタッグを組めば、自虐ネタで爆笑が取れるだろう。彼女の学校生活を明るいものにし、クラス内からいじめの芽を摘むのだ───。
もちろんそれは大きな間違いだった。濡れた髪にドライヤーをかけながら、風花は苦い思いを噛みしめた。幸田久子になど、絶対に関わるべきではなかったのだ。
