【小説】忘れえぬ女(ひと) 第2章 第9話
第9話
「いいぜ、みんな入って」
三橋健吾はそう言うと、さっさと靴を脱いで奥へ入っていった。
高層マンションの大理石の玄関は広かった。男子たちに続いて女子たちが靴を脱ぎ、ぞろぞろと部屋の中へ入っていく。
広いリビングで、各自がコンビニで買ってきた飲み物を開けた。風花は落ち着かない気持ちでクッションの上に座った。三橋の部屋までやってきたのは、男女合わせて十人くらいだ。
五十嵐くんは明日忙しいと、二次会で帰ってしまった。がっかりした風花は自分も帰りたかったが、美咲と祐奈に引っ張ってこられた。
みんなで酒を呑みながら思い出話をしていると、招いたはずの三橋がいつの間にか姿を消している。部屋の隅では一組の男子と女子が顔を近づけて話していた。二次会から急速に距離を縮めたようだ。
風花はこっそり眺めながらちびりと缶チューハイを呑んだ。自分もあんな風に、五十嵐くんと親密になりたかった。
ふと気づくと、リビングから数人の男子たちの姿が消えていた。わずかに開いた扉の向こうから、ざわつく声が漏れてくる。
「うおっ」「やばくない? これ」「ちょ、え、マジで?」という意味のない切れ切れの言葉から、興奮している空気が伝わってきた。
「なにやってんだろ、あいつら」
美咲が手にしていた缶をテーブルに置き、声のする方に顔を向けた。直後に、「うわあああ!!」「マジで!? え、マジで!?」という、悲鳴にも似た嬌声が響いてきた。
「あんたたち、なにしてるの?」
美咲が立ち上がり、扉の向こうへ声をかける。残りのメンバーも立ち上がり、後に続いた。
リビングと廊下を挟んですぐの部屋にはベッドが置かれていた。寝室なのだろうが、机が置かれ、デスクトップのパソコンが乗っている。
部屋は照明もつけず、薄暗かった。画面から放たれた青っぽい光がフラッシュのように壁にちかちかと反射している。
パソコンになにが映っているのか、一瞬でわかった。裸の男と女が絡み合い、恥部にはモザイクがかかっている。
「もう、なにしてるかと思えば」
「こんなの見てんの。バカじゃない?」
女子たちが呆れたように言うと、男子の一人が振り返り、
「違うって、ただのAVじゃないんだよ。よく見てみ。ホラ」
と場所を譲った。前に押し出された美咲の肩越しに、風花は画面に目をやった。三橋がマウスを動かし、画面を早戻しさせた。
画面に映っている場所は学校のようだった。いやらしそうな中年の男性教師が可愛い女子生徒に居残りを命じる。しかしその場所へ向かう前に、黒縁の大きな眼鏡をかけた一人の女子生徒に呼び止められてしまう。
黒縁眼鏡の女子生徒から数学の難問について聞かれ、可愛い女子生徒の元へ早く行きたい男性教師はイライラしていた。やがてその目が黒縁眼鏡の女子生徒の豊満な胸元へ吸い寄せられ、突然野獣のように襲いかかる。
「な、この眼鏡かけたAV女優の顔、よく見てみろよ」
口元を隠しながらパソコンの画面を覗いていた美咲は、ハッと息を呑んだ。
幸田久子だった。セーラー服をびりびりに引き裂かれ、逃げ惑う。髪をつかまれ、頭を男性教師の股間に押しつけられる。両手を縛られ、机の上で足を全開にされる。
「えっ、これって幸田さん!?」
見間違えるわけなかった。これほど醜い顔が他にいるはずがない。
「なにこれ……この制服、うちの中学のじゃないよね」
祐奈の言葉に、全員が画面に目を戻す。
「いや、このAVが制作されたのは俺らが卒業して三年後くらい。制服着てるのは、学園ものだからだろ。いちお、十八歳以下を使ったら捕まるからな。AV業界も」
三橋が得意げに言った。
「この後の展開だけど、さっきの清純そうな可愛い女優は同級生のイケメンに助けられ、そっちで本番シーンがあるわけ。つまり幸田は前座ね」
聞かれもしないことをべらべらと話し始める。
「いわゆる汚れ役だな。幸田が出演してるやつ、探してみたけど他もだいたいそうだった。駅の便所でサラリーマンに襲われる掃除係とか、獣みたいに鎖でつながれて檻に入れられるとか。ブスだからそういうの専門なんだろうな」
三橋の説明が耳を滑っていく。風花の目はパソコンの画面に釘付けになった。
幸田久子が泣き叫んでいる。髪の毛を引っ張られ、顔を踏みつぶされ、乳首をひねりあげられ、助けてと懇願している。
風花は汗ばんだ手のひらをぎゅっと握りしめた。身体中の血液がぐつぐつと音を立てる。首の後ろの髪の毛が逆立つ気がした。
「ブーちゃん。どんだけガン見してんの」
「ブーちゃんにはちょっと刺激が強すぎたんじゃない?」
祐奈と美咲の言葉に、全員が笑った。
「ねえ、こんなのいつまで観てんの。もうやめようよ」
呆れた女子たちと共にリビングに戻る。けれども風花の頭から、男に襲われて泣き叫ぶ幸田久子の顔を消すことはできなかった。
