【小説】忘れえぬ女(ひと) 第2章 第10話
第10話
「ブーちゃん、どうしたの」
課長の上田の声に、風花はハッと顔を上げた。
「すみません……」
風花は頭を下げた。キーボードを叩きながら眠っていたらしい。
「大丈夫? 昨日もブーちゃんらしくないミスしてたね。最近ずっと顔色悪いし、なんか悩みごと?」
「……いえ、大丈夫です」
風花は首を振り、再びパソコンの画面に目をやった。
眠気を覚まそうと、ぎゅっと強く瞑ると瞼が痛い。そのくせ、一瞬でも気を抜くと手が勝手に動いて、検索フォームにあらぬ言葉を入れそうになる。
三橋の家に集まったメンバーが解散し、自分の部屋へ戻った風花は、まっさきにスマホを開いた。幸田久子の名前を入れて検索する。しかし、三橋の家で見たものを見つけることはできなかった。
『セーラー服 ブス AV』とワードを入れて検索する。今度は膨大な数がヒットしてしまった。順番に見ていったが、きりがないので諦め、検索ワードを次々と変えた。
やっと幸田久子を見つけたのは『トイレ掃除 ブス 襲われる』で検索した時だった。三橋の言う通り、幸田久子は駅のトイレ掃除係の役をしていた。やってきた利用者に冷たく対応し、逆に襲われてしまう。
途中まで視聴したところで映像が止まった。この先は有料だという案内が届き、迷うことなく登録した。
男に蹂躙される幸田久子を見ていると、身体が熱くなってきた。口の中に唾液があふれる。わきが汗ばみ、濡れた服が冷たい。画面から目を離さずに脱ぎ捨てた。同窓会用に買った一張羅のワンピースだった。
幸田久子のシーンを繰り返し見る。出演者の名前を確認すると『風・信子』となっていた。別人だったのかと一瞬とまどったが、芸名だと合点がいった。本名でAV女優をする者がいるはずがない。
『風・信子』という名前で検索すると出演作品が次々と出てきた。それ以降、ただひたすら幸田久子の映像を見ている。空腹も感じず、眠ることさえできなくなった。
この一週間で目の下はたるみ、頬がこけた。肌はガサガサで、吹き出物ができた。お風呂さえろくに入っていないのだが、栄養が足りないせいか髪は油っ気を失ってパサパサしており、まとまりがない。
「電話鳴ってるよ」
苛立つような声で我に返った。上田が眉をひそめてこっちを見ている。
「はい、大泉建設です。大変申し訳ありません。島田はただいま外出中でございまして」
風花はめまいがした。よどみなく流れているのは果たして本当に自分の声なのか、わからなくなってくる。
就業時間が終わり、ロッカールームに行くとスマホが点滅していることに気づいた。
『最近連絡してこないけど、なにしてんの?』
悠作からのメッセージだった。返信せずに画面を消し、急いで着替える。一刻も早く帰りたい。
幸田久子の映像を見ている時だけが、自分は確かに生きているのだということを感じられる。
