【小説】忘れえぬ女(ひと) 第2章 第5話
第5話
終電で帰宅し、真っ先にバスルームに飛び込んだ。下着を脱いだ途端に、閉じ込められていた行為の匂いが立ち上る。沁みのついた下着をシャワーでゆすいでから、風花は身体を洗い流した。
悠作がパチンコで勝った金でおごってくれたのはラーメン一杯だった。それでも珍しいことだ。普段はいつも風花が払っている。
乱雑な部屋での行為が済むと、悠作は風花のことなど忘れたようにゲームに没頭し始めた。いつまでも終わらないそれを待っているうちに、床の上で眠り込んでしまった。おかげで体中が痛い。
汚いバスルームを使う気になれず、持ち帰りの仕事が溜まっていると、嘘の言い訳をしながら辞去した。どうせ行為が終わった後の風花になど見向きなどしないのだから、変な気を回さずにさっさと帰っていればよかった。
裸にバスタオルを巻いたまま部屋に戻り、風花はスマホにタップした。SNSをチェックすると、『ガラヤン』からコメントが返ってきていた。
『豚まん食いたい(笑)』
風花の胸が高鳴る。「食いたい」という文字が言葉になって、耳の奥にこだまする。悠作の部屋での行為よりもずっと身体の奥が熱くなった。
一度でいい。五十嵐くんに食べられたい。どれほど幸せだろう、あの瞳に求められたら。
風花の目に、だぶついた太ももが飛び込んできた。自分の下半身を見下ろす。せり出した腹が脚の付け根を隠していた。
身体をひねる。ふくらはぎも締まりがなく、膝の裏側はまるで風船を紐で縛ったように何層もしわが入っていた。垂れた尻の肉を手で持ち上げる。
普段は見ないようにしている姿見に全身を映した。腕も腹も足も肉がパンパンで、そのくせ胸は小さく、代わりに乳輪と乳首が大きい。
こんな身体、五十嵐くんが求めてくれるはずがない。決して五十嵐くんだけには見せたくない。
スマホがSNSの受信を告げる。表示された名前を見て驚いた。間島美咲。中学時代のクラスメイトだ。
『ブーちゃん、久しぶり! 元気?』というメッセージに、『元気だよ。久しぶり!』と返信した。すぐに既読がつく。
『あのさ、話したいことあるから電話していい? 時間ある?』
風花がOKのスタンプを押すと、すぐに電話がかかってきた。
「もしもし」
『ブーちゃん、久しぶり!』
美咲の甲高い声に、たちまち時間が巻き取られた。心が中学生に戻る。風花は裸のままソファに腰かけた。
「どうしたの。話したいことってなに」
『それがね、祐奈から連絡があって、久しぶりに同窓会やろうって』
「え、なんで唐突に」
風花はスマホを反対の手に持ち換えた。汗ばむ額を右手で仰ぐ。
『よくわかんないんだけど、どうしても同窓会やりたいからみんな集めて欲しいんだって』」
旧友の気まぐれか。けれども、風花にとっては思ってもみないことだ。
「同窓会かー。みんな集まってくれるかなあ」
もちろん頭に浮かぶのは五十嵐くんの顔だ。
『そういうわけでさ、ブーちゃん幹事やってよ』
「なんでわたしが」
『だってブーちゃん、クラス委員だったじゃん』
三年生のクラス替えで、風花は五十嵐くんと同じクラスになった。クラス委員に立候補したのは、人気者の五十嵐くんと共にやれるかもしれないと思ったからだ。しかし推薦された五十嵐くんは「パス」とあっさり断り、結局他の男子に決まってしまった。
同窓会。これはチャンスだ。SNSではない、リアルな五十嵐くんと会うことができる。
「忙しいんだけど、調整してみるよ。ほかならぬ美咲と祐奈の頼みだし」
しぶしぶ引き受けるふりをして電話を切った。「よっしゃ」とガッツポーズをする。
風花はさっそく、卒業アルバムを参考にしながらリストを作った。五十嵐くんの名前を丁寧に書き込む。
もうすぐ本物の五十嵐くんに会える。そう考えると気持ちが高ぶってきた。風花は五十嵐くんの画像を開くと、そこに唇を押しつけた。
