【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第24話
第24話
興奮していたために気づかなかったが、手の甲が切れていた。指もずきずきと傷む。保奈美が創の傷の手当をし、腫れている部分には冷却シートを貼った。
「すまんな、これまで黙っとって」
創は収録の最中に廊下ですれ違った偽物の一条かれんとのやり取りを保奈美に打ち明けた。保奈美はじっと耳を傾けていたが、
「ということは、幸田久子は整形手術をして姉と同じ顔になったということでしょうか」
スマホの画面を開いた。酒屋の若店主の卒業アルバムに写った、幸田久子の写真だ。
「せやな……」
幸田久子が一条かれんの顔と名前を乗っ取ったのは間違いないと考えていたが、それに至る経緯については考えていなかった。創は腕を組むと、
「相当な金がいるな」
と呟いた。これほどの顔をここまでに変えるのだから、そう簡単な手術ではないだろう。
創はふと目を瞠った。
「きみの姉さんの金を奪ったんやないか」
「でも、姉がそんな大金を持っていたとは考えられません」
保奈美の言葉に、創が呻る。田舎から身一つで上京して二年。アルバイトをしながらの一人暮らしで、会費を払いながら劇団にも所属していた。宝くじにでも当たらない限り、狙われるほどの財産を持っていたとは思えない。
「せや……」
創がふと顔を上げた。
「幸田久子がAVに出てたっちゅうんは、その金を貯めるためだったのかもしれへん」
調べたところによると、幸田久子がAVに出演していたのは十八歳から二十歳までの二年間だ。一条かれんの東京生活とほとんど被っている。
「二年も前から姉の顔と名前を奪う計画をしていたということでしょうか」
「それか、金を貯めながら探していたのかもしれんな。顔と名前を奪う相手を」
言いながら、その仮説には無理があることに創も気づいた。整形手術を受けるのに、わざわざ他人の顔になる必要はない。まったく別の人間として生きていけばいい。本名を変えるのは難しいかもしれないが、芸名を名乗って別人として生きることはできる。
「戸籍が欲しかったんかな」
そうだとしても、莫大な財産を相続するあてがあるというのならともかく、そこまでして一条かれんの戸籍にこだわる理由もわからない。
「まあ、動機は本人に聞けばええこっちゃ」
いつまでも仮説の域を出ない話を切り上げ、創が言った。しかし保奈美はじっと考え込むと、
「姉が性犯罪に遭ったことと、彼女が姉になりすますことに、一体どういう関係があるのでしょうか」
保奈美の問いに、創は天井を仰いだ。昨日から何度かチャイムを押してみたが、神園おうかは創の部屋の上階に住んでいるわけではないようだった。これまでも生活音が聞こえたことはない。女性を連れ込む時だけ使用しているようだ。
神園おうかによる一条かれんの被害も、幸田久子の仕業なのだろうか。しかし助監督によると、神園おうかは一条かれんだけでなく、他にも複数の女性に被害を与えている。
「考えていてもしゃあないな。きみの姉さんになにがあって、どこに消えたんか、それも幸田久子が知ってるはずや」
今は彼女の手がかりを追うしかない。創の言葉に、保奈美が唇を噛んで小さく頷いた。
