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説得力があるようで気付かないうちに敵を増やしてしまっている話し方

昨日、ある先生と話す機会がありました。
話している内容自体は、一見すると正論で、熱意もある。

独自の理論も持っていて、あ、それはそうかもと思うこともありました。

でも、話を聞けば聞くほど、
なぜか心が前向きになるどころか、少しずつ疲れていきました。

その違和感は、
「何を言っているか」ではなく

「どういう言い方をしているか」
「気付かないうちに敵をどんどん増やしてないか」

にあった気がします。


話を聞いたあと、やる気が沸いたかそれとも疲れたか

正直に言うと、疲れました。

「まだ話すのかな…」
そんなことを考えてしまうくらいには。

話の中でなにかと関係ない人を蹴落とすような内容が含まれていたような気がします。

「過去の取り組みについて、ここはこうするべきだったんだよ。
この人はこれができなかったから伸びきらなかった。」

「〇〇になんて負けんなよ。」

「〇〇はほんとだめなんだよなぁ。こんな風にしないと。」

否定されているのは自分じゃない。
でも、話の中には必ず
誰かを下げる役割の第三者が登場していました。


否定されていた第三者がその場にいたらどう感じてただろうか

たぶん、かなり怒っていたと思います。

その人たちは、
私に対してとてもよくしてくれているし、
信頼もしているし、尊敬している部分もある。

その人たちがいてくれたから、関わってくれたからこそ今の自分がある。

それなのに、そんな人たちのことを侮辱まではなくともどこか否定されているような。

自分が否定されたわけじゃないのに、
「なんでここまで言われなきゃいけないんだろう」
そんな気持ちになりました。

誰かを否定する言葉は、
その場にいない人だけじゃなく、
聞いている人の心も削っていくんだなと感じました。


競争と協力、どちらが大事だと思いますか?

競争が大事な場面も、もちろんあります。
特にビジネスの世界では避けられない部分もある。

でも、協力関係を築けない限り、できることは限られるとも思っています。

もっと大きなことをやろうとしたとき、
一人では絶対にできないことの方が多い。

今の環境では特にそう思います。
時に譲り合いが必要な職種でもあり、人とのかかわりがとても大事な職種だからこそ。

競争か、協力か、ではなくて
どちらも大事
ただ、誰かを敵にし続ける形では、
長く続かない気がしています。


過去を責める言葉と、未来を向く言葉。どちらが前に進めると思いますか?

私は、過去をあまり気にしないタイプです。

それよりも、

  • これからどうしたいか

  • どこを目指したいか

  • そのために今なにをするか

そういう未来の話のほうが、ずっと建設的だと思っています。

目標を紙に書いて、
いつでも見える場所に置く。
常に自分の向かう先を確認できる状態をつくる。

過去を責め続けるより、
先を見たほうが人は前に進める気がします。


誰かを下げずに語れていると思いますか?

あまり、第三者を比較対象として出すのは好きじゃありません。

出すとしたら、自分。
「過去の自分」と「今の自分」を比べることのほうが多いです。

第三者を比較対象にすることもあります。
それは自分より上の人。
この人のようになりたい。自分もこんなことしてみたい。
未来のビジョンをより鮮明にするためには大切かもしれないですね。

誰かを下げて自分を高く見せるより、
自分自身と向き合うほうが、
ずっと健全だと思っています。

そういった意味では、こういう考えをもたせてくれるきっかけを作ってくれて感謝ですね。


まとめ

説得力があるように聞こえる言葉でも、
誰かを否定しながら進む話には、
私は共感できませんでした。

戦うことより、
信じ合うこと。

競うことより、
支え合うこと。

勝負の世界ではそう上手くいかないことも分かっています。
実際にそんな場面はたくさんあったから。

でも、最終的には尊敬しあって、お互いを尊重しあう。

そうやって積み重ねた関係のほうが、
きっと遠くまで行ける。

少なくとも私は、
周りに敵をつくるやり方は選びたくないな、
そう思った一日でした。

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