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AIに頼りすぎるとAIなしでは生きていけなくなる(自分の頭で考える習慣を持とう)

AIを使いこなすことは、これからの人にとって必須のスキルになるだろう。

しかし、AIに頼りすぎるようになるのは問題だと思う。

なぜなら、考える力を養う努力が置き去りにされかねないと思うからだ。

私は何でも独学でやってきたせいか、どうしたらいいのか、どうすれば良くなるのか、どう直せば読者にうまく伝わるのか等について、とにかく考えて考えて考え抜いて仕事をしてきた。

それで“考えるクセ”がつき、“考える力”が付いたと思う。

もし昔からAIがあったら私もAIに頼り、“考える力”を養えなかったのではないかと思う。

AIをロボットだと考えてみよう

仕事、家事をすべてロボットに任せていたら、仕事のスキルも家事力も確実に落ちるだろう。

よほどうまくロボットを使えば何とかなるように思うが、そうできる人は限られるのではないだろうか

AIも同じで、これほど便利なものはないが、うまく使いこなせないと自分のスキルを磨けないと思う。

スキルを磨くうえで最も大切なのは“考える力”ではないだろうか。

“考える力”までAIに預けてしまったらどうなるだろうか

“考える力”に乏しい人間になってしまうに違いない。

AIがないと何もできない人間になってしまう恐れさえある。

“考える”ことばかりしていると余計なことまで考えてしまうようになることもある。

それは問題だからそういう方向に行かないように注意しなければならない。

その点だけ注意して、AIを使うにしても、できるだけ自分の頭で考えて例えば文章を書き、AIにチェックしてもらうやり方であればいいのかなと思う。

ただしその場合でも、どうしてAIはこう直せというのかとか、しっかりと考えて答えを見つけて前に進むべきだと思う。

AIがこう直したのだからこれが正解なのだろうと深く考えもせず進むのは怖いことだと思う。

AIを使っても、自分で考える習慣はぜひとも持っておきたい

ただ、AIによって学校や社会で活躍できるようになる障害者や病人がいるとしたら、それはぜひ使わせてやってほしい

AIは、何となくだけど、そういうツールになり得るような気がするのだ。

《追記》

この投稿に対していくつかのコメントをいただいた。

ひとつだけ紹介しよう。

「AIは便利だからこそ、頼りすぎないことも大切なんですね。チャッピーは親友とまで言ってる人もいますしね。“考える力”までAIに預けてしまうのは怖い、という言葉に考えさせられました。AIと上手に付き合っていきたいですね」

「“人間は考える葦(あし)である”とパスカルは言いました。考えることをAIに委ねたら何と呼べばいいのでしょうね?」

このコメントに対して私は「(植物の)ただの葦になるでしょう」と返信した。

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