クマ被害と人間が考えるべきこと
世界自然遺産登録から20年を迎えた北海道・知床が、観光地としての存続に向けて大きな課題を突きつけられている。
世界遺産登録後、初めてとなるヒグマによる死亡事故が発生し、観光に訪れる人間と豊かな自然の中で生きるヒグマの「共生神話」は崩壊した。
知床は、斜里町と羅臼町にまたがってている。
1982年に狩猟が制限される国の鳥獣保護区に知床が指定され、90年には冬眠明けのヒグマを狙う「春グマ駆除」が道内で廃止になった。
保護対象として、手つかずの自然の中で個体数が増えてきた。
90年に約280頭だった推定生息数は、約20年で400~500頭まで増加した。
市街地などへの出没が相次いだ2023年に両町内で約170頭が駆除されたが、現在は300~400頭に回復したとみられる。
しかしエゾシカの大増加と温暖化により、北海道知床のヒグマは食べるものがなくなり、人里に出るしかなくなった。
それで、ここ数年で300頭ものヒグマが駆除されている。
これは知床に限ったことではない。
ヒグマは昔は平地にも生息していた。
札幌の中心部にある三越のあたりに、明治時代にはヒグマの冬眠用の穴があった。

昔の北海道は、ほぼ原生林で覆われていた。
美瑛の丘も道東の平原も、昔は原生林で覆われていたのだ。
これは本州でも同じだ。
大陸や朝鮮半島から大量に渡来した弥生人は、稲作をするため原生林を次々と伐採して水田にしていった。


北海道でも、明治になって開拓民が押し寄せ、いたるところで原生林が伐採されて畑になっていった。
ヒグマやエゾシカなどの野生動物は山に追われた。

明治から大正にかけて、多くのヒグマ被害が北海道で起きた。
有名なのは、今の苫前町の三溪で起きた史上最悪の事件だ。
(この事件について私は記録動画を作った。その断片は〈『障害者B型事業所を辞めた(職員の傲慢な態度で鬱期突入』〉で紹介している)
たった一頭のヒグマによって、実に7人もの人が殺されたのである。
これは冬眠の機会を逸した特別なヒグマによる被害だったが、近年は多くのクマが市街地にまで出没し、多くの人が被害を受けている。
山のドングリが不作になっているためようだが、昔ならそういうことはなかっただろう。
なぜなら、昔の山には針葉樹だけでなく、ドングリ等をつける広葉樹がたくさん繁茂していたからだ。
なのに行政は、伐採すると杉やカラマツなどの針葉樹ばかり植えた。
これでは、不作の年にはクマのエサが激減する。
温暖化により、近年はサケ・マスの回帰数が激減している。
サケ・マス類は冷水を好み暖かい水を嫌うので、沿岸水温が高いと生まれた川には戻らず、北方の川に行って産卵するのだ。
このため、冬眠前の貴重な秋にサケを得られられなくなり、北海道では多くのヒグマが痩せ細って死んでしまう。
本州で多発しているクマ被官もの遠因も、そこにあるのではないか。
われわれは日本列島の先住者ではない。
もとはクマやシカなどの野生動物が棲んでいて、そこに人間が入り込んだ。
縄文人は野生動物とうまく共存したが、弥生人は違った。
野生動物を嫌って山に追いやった。
そのツケが、いま出ているのだと思う。
私たちは、昔はクマやシカの生息地に住んでいるのだということを忘れてはいけないと思う。
《追記》
この記事を投稿したところ、以下のようなコメントをいただいた。
私は今からかれこれ40年前に札幌に1ヵ月ほど住んでいたのですが、毎日のように円山公園を訪れ原生林を散策していました。今はそこにヒグマが出没しているようですが、当然と言えば当然のことなんですね。私はこの問題の根本原因はオオカミの絶滅にあると考えています。今、日本全国で鹿と猪の増加が問題になってますが、特に鹿の増加は森林を荒らし、猪と熊の餌場が失われ、その結果、人里に出て来ざるを得なくなったと言うことです。だとすると、やはり日本オオカミ(北海道はエゾオオカミ)を復活させるしか、根本策はないのかと思います。オオカミは成獣の熊にとっては脅威ではありませんが、子熊にとっては天敵であり、何より鹿にとっては最大の天敵です。鹿が減れば森も回復し、餌獲得競争に敗れて熊が人里に繰り出すことも減るでしょう。自然界のバランスが崩れたことによる現象はそれを回復する以外に、手はないかと思います。
エゾシカが爆発的に増えていて、ヒグマの好む草を食い荒らすことでヒグマのエサが減っていることもクマ被害の原因のひとつだとは認識していた。
しかし、オオカミのことは頭になかった。
オオカミは牛や豚や羊の天敵だったから駆除され絶滅したが、それも近年のクマ被害の遠因だろう。
コメントをくださった方にお礼を申し上げたい。
