見出し画像

日本語の数字の数え方に数種類ある理由

日本人が数字を数えるとき「イチ、ニ、サン、シ、ゴ…」とか「ヒトツ、フタツ、ミッツ、ヨッツ、イツツ…」と言うことが多い。

昔の人は「ヒィ、フウ、ミィ、ヨォ、イツ…」とも言った。

この違いはどこからきているのか?

〈日本語の数字の発音表〉


「イチ、ニ、サン、シ、ゴ…」は呉音だという。

仏教の経典は普通、呉音で読む。

初期仏教の経典が主に中国の呉地方の読み方で読まれていたためらしい。

ちなみに漢音では、「イツ、ジ、サン、シ…」で、呉音とあまり変わらない。

だから、「イチ、ニ、サン、シ、ゴ…」は昔の中国大陸からもたらされた読み方なのだろう。

「シ」や「シチ」は「ヨン」「ナナ」とも読む。

「シ」や「シチ」は漢字を音読みで読んでいて、「ヨン」「ナナ」は訓読みなのだそうだ。

「シ」は「死」に通じるので縁起が悪いし、「シチ」は発音しにくい。

それで日本風に訓読みにしたのだろう。

では、「ヒトツ、フタツ、ミッツ、ヨッツ、イツツ…」という数え方はどこからきたのか?

これも音読みを訓読みにしたものらしい。

「ヒィ、フウ、ミィ、ヨォ、イツ…」は祝詞(のりと)に由来しているそうだ。

祝詞の起源は、天皇家の祖とされるアマテラス(天照大神)等の神々の言葉だと考える人がいる。

アマテラスはの孫であるニニギが古代の日本列島に降臨して(天孫降臨)日本のもとを作ったというのが日本神話だ(日本書紀と古事記)。

古代日本に降臨したニニギは、高い山の上から朝鮮半島のほうを向いて、まるで故郷を偲ぶようなことを言った(なんと言ったのか忘れた)。

こういうことから、アマテラスがいたという「天」というのは古代の朝鮮半島のことだと考えるのが素直な見方だと思う。

つまり、古代朝鮮半島の豪族か王族が古代の日本列島に渡来したのを「天孫降臨」と言い、その天孫が古代日本で国づくりをしたのは、先住していた豪族たちを征服して大和朝廷を建てたと考えれば、日本書記や古事記に書かれてある日本神話を無理なく説明できる。

アマテラスの父祖に当たるイザナギとイザナミの夫婦が天の上から海をかき混ぜたら、まず淡路島ができて本州や四国や九州ができたとも日本神話は語る。

この神話は、古代朝鮮の南部にあった伽耶(カヤ。加羅とも言う)の神話とそっくりなのだ。


〈古代の朝鮮半島〉


伽耶ではイジンアギという神が登場する。

これが古代日本にきてイザナギに訛ったのではないか。

伽耶は弥生時代から古代の日本列島の特に北九州地方と頻繁に交易していて、同じ文化圏にあった。

その伽耶人が古代の日本列島に「降臨」(渡来)して先住民族を征服したのではないか。

そう考えるのが自然だと思う。

その後も古代朝鮮半島の国々と古代日本は交流し、古代朝鮮語が日本語に重大な影響を与えたと私は考えている。

「ヒトツ、フタツ、ミッツ、ヨッツ、イツツ…」の数え方は古代朝鮮語に由来しているという説がある。

朝鮮半島が高句麗(コウクリ)、百済(クダラ)、新羅(シラギ)に分かれていたころ、高句麗では、「一、二、三、四、五…」を「ヒトツ、フタツ、ミツ、ヨツ、イツツ…」と読んでいたらしいのだ。

李氏朝鮮になって朝鮮半島が統一されると、朝鮮は独自の言語をすべて捨て去り、漢字を全面的に使うようになり、人の名前も中国風に変えた(その後、ハングル語が発明されるとハングルと漢字を併用するようになり、今はハングルのみになっている)。

だから古代朝鮮語がどのような言語だったのか調べるのは今ではほぼ不可能である。

けれど、学者は文節法とか訓読符号法というよくわからない方法で古代朝鮮語を再現してみた。

それで高句麗では数字を「ヒトツ、フタツ、ミツ、ヨツ、イツツ…」と読んでいたと結論付けたわけだ。

文節法と訓読符号法については、調べてみたが難解すぎて私には理解できなかった。

ただ、前述したように古代朝鮮半島の国のひとつだった高句麗の数え方が日本列島に渡ったことは十分に考えられる。

日本書紀には、百済や新羅から渡来してきた多くの人々を主に関西地方に入植させたと書いてある。


高句麗や、その後に朝鮮半島を統一した高麗(コリョ。日本ではコマと読んだ。李氏朝鮮の前の王朝)から渡来した人々は関東に入植させられている。

その痕跡が関東地方に多い

山梨県の巨摩(コマ)郡、東京の狛(コマ)江市高麗(コマ)神社、そして私見だが狛犬もそうだと思う。

いずれにしても、日本語の数字の数え方は、どうも縄文語を土台にしたものではなく、大陸か朝鮮半島からもたらされたと考えていいようだ。

つまり、弥生人の言葉と、遣隋使や遣唐使がもたらした昔の中国での漢字の読み方から来ていると考えていいだろう。