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小説・柿の木旅館〈第1章〉

〈亡き母の物語である。逢坂誠〉

第1章

 昭和26年、サンフランシスコ講和条約に調印して日本は形式的には独立国の名誉を回復させた。

 全国各地に駐留していた進駐軍は大幅に撤退し、仙台でもアメリカ兵の姿が消えた。

 昭和28年初冬、仙台は独自の復興を徐々に果たし、繁華街には庶民の賑わいが復活していた。

 仙台の定禅寺通りの欅並木は昭和33年に植栽された。昭和28年の定禅寺通りは幅員が46メートルもあるがらんとした道路だった。中央に緑地帯が設けられていたが、後年の欅並木にはほど遠い。背の低い灌木が雑然と並んでいるだけだった。道の両側には並木もなかった。寒々とした電柱が続いている。

 タクシーで定禅寺通りを西に向かう今井園子の目には、道路中央の雑然とした緑地帯が見え、道の左側に並ぶ商店街と住宅が低く続いていた。運転席のほうを見やると、ちょうど日が沈むところで、西陽が眩しかった。

 「お客さん」タクシーの運転手がバックミラーを一瞥してから後ろに声をかけた。「“ライオン”の女給(ホステス)さん?」

 急に声をかけられて園子はびっくりして運転手の後ろ姿を見た。キャバレーに勤めていることを園子は後ろ暗く思っている。

 「いえ」と園子は短く答えた。声がとんがっている。運転手は口を閉じた。

 園子はきょう、普段着の上に高価なウールのオーバーを羽織っている。庶民が着るような服ではなかった。女給と間違われても仕方なかった。いつもは軽装で出勤するのだが、師走に入って急に寒さが厳しくなり、きょうは少し前に客から贈られた高価なオーバーを初めて着たのだ。それに若い娘がキャバレーに乗り込むというのもそうあることではない。女給だと思うのが普通だろう。園子は今年、21になったばかりである。

 キャバレー“ライオン”の前でタクシーを降りた園子は、タクシーが走り出すのを見送り、裏口に回って店に入った。

 「おはようございます」

 園子は同僚や先輩たちに向かって頭を下げた。

 「あら、園ちゃん」先輩の村上照江が園子のオーバーに目をとめて言った。「それなの、隠岐さんに作ってもらったオーバー? よく似合うわぁ」

 「え、ええ。ありがとうございます」と園子は言葉を濁した。

 隠岐周平との関係を園子はおおっぴらにしたくなかった。一緒に働いている妹のみ津に知れれば、親がうるさい。それに…。

 「隠岐さんと、どこまで行ったの?」照江が近づいてきて耳のそばでそっと聞いた。

 「やだ、照さん。何にもありませんよ」園子は緊張しながらも笑ってごまかした。

 「それより照さん、クリスマスが近いですね」と話をそらした。

 「そうねぇ、稼ぎどきってやつがもうすぐ来るわね」照江は真面目な顔つきになった。「ナンバーワンを狙わなくちゃね。案外、園ちゃんに射止められですまうがもね」

 園子は人気女給になっていた。働き始めてまだ半年だが、小柄で目鼻立ちの整った園子はすぐ売れっ子になった。キャバレーに勤める前までは自分が水商売に合っているとは思いもしなかった。親に言われていやいやながら“ライオン”で働くようになってみると、最初は戸惑いがちだったがそのうち楽しくなってきた。自分が酒に強いこと、お客の機嫌を取ることに苦痛を感じないことに気づいた。

 わたしには客商売が似合っているんだ。そう園子は思うようになっている。指名が増えてくると余計にそう思うようになった。最近は指名されるたびに誇らしく思い、お客の隣に座るのが楽しくなっている。嫌いなタイプの客とも如才なく会話ができる。指名はますます増えてきた。

 照江の言うようにナンバーワンになるのも夢ではないと園子は思う。しかし、そんな素振りを顔や態度で表すのは危険だと思った。女たちの戦いが陰湿なのを、女学校出の園子にはわかりすぎるほどわかっている。

 その夜、周平は来店しなかった。昨日も来なかったなと、店長がきょうの成績やクリスマスに向けての目標などをホステスたちに話している最中にそう思った。週に2回は来店していたが、最近は足が遠ざかっているように園子には思えた。

 園子にご執心の何人かの男たちは来た。そのうちの逢坂直也のことを園子は思い出していた。背が高くハンサムな青年だった。園子と同年で、東京で修行してきて、その年で今は小さなテント屋を経営しているらしい。園子の実家とはごく近い場所だが、学区が違うためこの“ライオン”に勤めるまでは知らない人だった。店に来れば必ず園子を指名してくる。特に口説いてくるわけではなかったが、好意を持っていることは話題や態度からすぐわかる。

 その夜、直也は園子をダンスに誘った。前回は園子が誘った。直也はダンスを知らなかった。園子に導かれるまま暗いホールで動いていたにすぎない。なのに直也がダンスに誘ってきたので園子は驚いた。ホールに出てみると直也は右手を園子に差し出し、うまくリードして踊った。園子が驚くほど直也はダンスを覚えていた。おそらく前回から今回までの数日の間にダンスを猛練習したのだろう。もちろん園子に気に入られるためだ。

 その直也も気になる男だったが、それよりもはるかに周平のことが重大だった。

 園子は周平と結婚したいとまで思っている。でなければ、からだを与えることまでしなかっただろう。それほど周平を好きなのは、あまりぱっとしない顔立ちながら周平には親分肌というのだろうか、骨太の男らしさが感じ取れるからだった。この人はきっと大物になるという予感を園子は持っている。そんな男に嫁ぎたいと思うのだ。

 現在の周平は30に近いというのに砂糖屋の配達人にすぎない。なのに仙台でも指折りのこのキャバレーに週2回も通えていたのは、どうやら実家の紙屋が裕福なせいのようだった。周平はそこの次男で、将来は何か事業をやりたいといつか話していた。

 それに比べて直也はささやかであってもすでに一国一城の主人ではある。その点には惹かれるが、直也の神経質そうな性格が園子の気に入らなかった。男は年上で骨太で頼り甲斐があるほうがいい。痩せて華奢な園子はそう思う。

 そんな姉とは違って妹のみ津は軽躁な男でもすぐ付き合ってしまう性格だった。客とは何度か関係したことを園子は勘づいている。そのうちの安西哲夫という若者とは今も続いている。最近は哲夫のアパートに泊まって実家に戻らないことも多い。きょう、ひとりで出勤したのは昨晩もみ津が外泊したためだ。

 哲夫は20歳そこそこの若者で、今はバーテン見習いをしているらしい。だから店に来るのはいつも遅い時間だ。そしてみ津を指名し、帰りはよく一緒にタクシーに乗る。

 園子は哲夫が嫌いだった。若いくせにやけに落ち着き払った態度でいるところが笑止だと思っている。実際はこまかい男なのではないか。それを隠して大度な男のようにみ津に見せているのだろうと思う。

 この夜の帰り、園子は妹のみ津と一緒にタクシーに乗った。哲夫が来なかったのだ。み津は澄まし顔をしているが、実家に帰ったら父に大層怒られることを覚悟しているはずだ。

 “ライオン”に働きに出したのは父親の祐太郎だった。博打で負けが込み、借金取りが毎日のようにやってきた。母親が実家でやっていた乾物屋の収入だけでは借金を返せなかった。園子はそのときデパートで、み津は米屋で働いていたが、ふたりの収入を合わせても返せないほど借金の額は大きかった。そのうちヤクザに脅され、祐太郎は切羽詰まって娘たちをキャバレーに渡したのだ。

 売られたも同然だと園子は思っている。事実、祐太郎はふたりの娘を働かせるに際し“ライオン”から金を受け取ったらしいし、勤め始めて半年も経つのに、衣装代と称する小遣いをもらうだけで園子もみ津も給料をもらえないでいる。祐太郎との契約で店がいくらか前金を払ったのだと思われた。

 「姉ちゃん」タクシーの中でみ津が物憂げに言った。「いつになったら給料もらえるんだべ?」

 「さあ…」と園子は答えた。わからなかった。祐太郎にも店長にも聞いてみたことはあるが、どちらも教えてくれなかった。「給料もらえれば張り合いできるんだけんどなあ」

 「あたす」とみ津は怒った声でつぶやくように言った。「博打は大嫌い!」

 わたしもよ、と園子は真っ暗な街並みを車窓から眺めながら思った。

 しかし、そのことは今の園子にはどうでもいいことだった。今月、生理がまだ来ていないことを園子は考えていた。み津にも親にも気づかれてはならないと園子は強く思った。

 「そんなことより、あんだ」園子は妹に言い放った。「きのうも哲夫ちゃんのどころに泊まったべ。帰ったらこっぴどく叱られるがら覚悟しどぎな」

 仙台の中心部に片平という町がある。高等裁判所のある町だが、住宅地としても戦後、徐々に開けてきた。南西に広瀬川が流れ、南は東北大学の構内と隣接していて、自然も豊かだった。

 東北大学構内の北側に金属研究所がある。そこと住宅地はカラタチの垣根で仕切られていた。道を挟んで垣根の向かいに大きな柿の木がある。枝が道まで張り出し、秋になるとたくさんの甘柿をつける。

 師走の柿の木には葉が1枚もなかった。尖った枝が寒空にたくさん突き出ている。かたわらに大きな板の看板が出ている。「柿の木旅館」と墨書きされている。その横に、「逢坂テント屋」という小さい看板も見える。こちらは白く塗装したトタンに黒ペンキで書いたもので、どちらが目立つかというと逢坂テント屋のほうだった。

 しかしテント屋の建物らしいものは見当たらない。古い平屋の旅館の玄関と、その前にこじんまりとした庭園が見えるだけだ。玄関前に5メートル四方程度の空いたスペースがある。

 そこで逢坂直也が帆布生地を大きく広げて何やら作業していた。逢坂テント屋は柿の木旅館の一室、自分の部屋で営業している。6畳の畳部屋にミシンが2台あるだけで電話もなく、営業や客との連絡は柿の木旅館の電話でする。狭いので、大きなテントを受注したときなどは柿の木旅館の前の柿の木の下で作業することがある。

 師走の寒空の下だが、直也は作業着の腕をまくりあげて帆布生地の上に覆いかぶさっては1メートルはありそうな物差しで線を引き、立ち上がっては図面を手にして移動してまた屈んで線を引く。1時間あまりもその作業を続け、立って生地を眺め渡してから図面と生地に引いた線を何度も照合し、頷くと生地を畳んで逢坂旅館の玄関扉を開けて中に入っていった。これから部屋で裁断し、ミシンをかけるのかもしれない。

 直也は旅館を継ぐことを嫌った。父親の逢坂吉治郎とそりが合わないからだった。吉次郎はいつも首から大きな財布を吊り下げている男で、旅館の経理を握っていた。旅館の作業一切は母親の衣子と手伝いの大泉澄子が担っていた。吉治郎はそういう作業には一切かまわず、ただただ金繰りのことだけ考えている。

 そんな吉治郎のような男にはなりたくないと直也は小さいころから考えていた。俺は戦闘機乗りになるんだと小学生のころはそう思っていた。生まれは昭和7年だから日本が中国に触手を伸ばし始めたころで、物心つくころには日中戦争が拡大し太平洋戦争へと突入し直也もいっぱしの戦時少年になっていた。しかし直也が中学1年のとき敗戦となり、戦闘機乗りの夢はついえた。

 そこで直也が考えたのは東京の伯父がやっているテント屋だった。伯父は先見性があり、何でも新しいものをすぐ取り入れ、人々がまだ興味を持たないものにまで手を出すような人だった。テント関連ではいくつかの特許を取っている。直也はそこで修行し、自分もテント屋になろうと考えていた。

 直也は親に金を出してもらって中学までは出たが、高校には行かなくてもいいと吉次郎に言われた。「金が惜しい」と吉次郎はあからさまにつぶやいた。「長男のお前は旅館を継ぐだけだ。学歴なんかいらん」とも言った。

 直也は6人きょうだいの長男で、当時としては旅館を継ぐのが当たり前だった。しかし父親が高校に行かせてくれないと知ったとき直也は反抗することにした。もともと旅館の亭主などにはなりたくなかったが、では何になるのかとなると戦闘機乗りの夢が潰れた直也には具体的な案はひとつもなかった。

 直也が中学3年のとき、東京から伯父夫婦が泊まりがけで柿の木旅館に遊びにきた。みなびっくりしたのは、伯父夫婦の服装だった。伯父は白い麻のスーツに白いハット、義伯母は真っ白な絹のドレスにこれまた白い飾り帽子といういでたちだったのだ。旅館にはいろいろな人が泊まりにくるが、昭和22年の戦後にそんな洒落た格好をしてあるく紳士淑女はまずいなかった。

 テント屋って儲かるんだ。直也は思った。そのときの記憶が、高校に行けないと知ったときの直也に蘇った。伯父が大学出なことも思い出した。よし、自力で高校に入り、大学まで出てテント屋になってやると直也は決意した。その覚悟を吉次郎には言わず、母親の衣子にだけ告げた。衣子は長男の思いを汲み取ってくれた。直也は進学先を近所の高校の夜間部に決めた。

 中学を卒業すると直也は印刷会社に入社し、植字工として働き始めた。残業は勘弁してもらって高校の夜間部に通った。帰宅すると深夜まで勉強した。成績はいつもトップだった。直也は東北大学への進学を本気で考えていた。

 しかし、昼間は植字工として目一杯働き、夜は学校に通い、その後も寝る間を惜しんで勉強する生活をそんなに長く続けられるわけはなかった。直也は大学進学をあきらめ始めていた。だいいち大学の入学金や授業料を貯めるつもりで必死に働いていたものの、この調子ではそれがどうも難しそうだとわかってきたのである。

 吉次郎が息子の態度を怪しみ、旅館を継ぐ気がないのではないかと疑い始め、いい加減に旅館を継げと毎夜のように言ってくるのにも滅入った。大学に行くなどと言ったらどんなに怒るかわかったものではない。

 あの財布野郎。と直也は思った。「俺の将来を縛られてたまるか!」

 高校の夜間部を卒業すると直也は植字工をすぐ辞め、東京の伯父に手紙を出した。修行したいから1年くらい預かってほしいという内容だ。返事は間もなく届いた。伯父は快く迎え入れると書いてくれていた。伯父は母方の伯父であり、衣子からうすうす話を聞いていたらしく、すぐにでも来いと誘ってくれていた。

 問題は吉次郎だった。この頑固親父をどう説得するか。説得は無理だと直也は思った。家出するように東京に向かうしかないと決意した。幸いにきょうだいはほとんど男であり、旅館の後継ぎに困ることはないだろう。直也は深夜に旅館を抜け出し、その夜は友達の家に泊めてもらい、翌朝、鉄道で東京に向かった。あとのことは母親の衣子に頼んだ。

 こうして直也は東京のテント屋で1年修行し、仙台に帰ってきてテント屋を開いた。そのころには父親の吉次郎もあきらめていたようで、「逢坂テント屋」の看板を掲げることを認めた。直也は必死で働いた。

 そんなある日、直也の幼馴染の佐々勇治に誘われてキャバレーというところに始めて顔を出した。そこが“ライオン”だった。始めて今井園子を見た直也は一瞬にして園子を嫁に欲しいと強く思った。それから直也の“ライオン”通いが始まった。

 園子が酒好きだと知れば毎日強い酒を飲んで酒に慣れ、園子がダンスが得意だと知ればすぐ下の妹の倫子を相手に猛練習し、話題をたくわえるため必死に読書し、ギターの得意な弟の克二にギターを習っては歌謡曲を弾き語りができるようにまで努力した。

 しかし、そのころには園子はすでに隠岐周平のものになっていた。直也はそのことをまだ知らない。

 隠岐周平は遊び人だった。家業の紙屋が順調で、戦後の配給制によって利益がいったん落ち込んだものの、それまでの蓄えが多く、2代目の兄が結婚して後を継いでからは配給制も解け部屋住みの身で自由奔放に暮らしている。部屋住みとは、次男以下の男きょうだいが家業を継げず家業を継いだ長兄の世話になって生活することである。しかし周平は、そんなみじめな道は進みたくなかった。

 砂糖屋の配達という仕事に就いてはいるが、仕事はおざなりに行っていた。周平には将来は何か大きな事業を起こしたいという野望があった。そのためにせっせと人脈をこしらえている。友人や先輩や知人とキャバレー“ライオン”に行くのもそのひとつの手段だった。

 そんな周平に今井園子が夢中になってしまった。周平は悪い気はしなかった。園子は美人だし愛嬌もあった。これまで何度か周平には結婚話が持ち上がった。母親と兄が何度も見合いをさせたのだ。しかし周平はまったくと言っていいほどそれらの相手に関心を示さなかった。それらの見合い女性と比べて園子には違う何かがあった。ひと言で言えばそれは華やぎだった。園子には華があると周平は感じていた。

 身を寄せてくる園子を口説くのはわけもなかった。馴染みの連れ込み宿に園子を押し込み、何も言わずにからだを貪った。その関係はもう2ヵ月ほども続いたが、“ライオン”の人間も家族も誰も知らなかった。遊び人の周平にとってはそれくらいの秘密を守り、守らせるのはたやすいことだった。

 しかし、周平は園子に少しあきてきていた。あまりにも周平を頼りすぎてきていると感じるからだった。何度も同伴出勤に付き合ったりして園子の売上に貢献してきたのは彼女をものにしようという狙いがあったからだ。ものにしてしまったら熱気が冷めた。今はどうやって別れようかと思っている。とりあえずは“ライオン”に足を向けないことにした。

 “ライオン”から遠ざかって1ヵ月あまりがすぎたある日、実家の隠岐紙屋に園子から電話がかかってきた。大事な話があるから至急会いたいという。起業のため東京に行く準備をしているから当分会えないと答えると、では東京で会ってくれという。そこまで言われて周平は何事かを感じ取らざるを得なかった。逃げるしかないと思った。

 それ以来、女から実家に電話がかかってきても俺には取り次がないでくれと事務の女の子に頼んだ。その女の子にも周平は手をつけていた。事務職員は素直に言いつけに従った。

 これで安心とは周平は考えなかった。仙台で起業しようと考えていたが、場所を東京に変えようと思った。東京での足がかりがないでもなかった。月に一度は上京して銀座で遊んでいたからだ。

 思い立ったら吉日だし、周平はすぐ荷物をまとめ、東京に発つことにした。行ってしまえば何とかなると考えていた。とりあえずは銀座のバーに勤める女性のところに転がり込むつもりだった。

 周平が仙台駅から急行青葉で上野に向かったのは昭和29年の正月5日のことである。実家の者にも誰にも内緒だった。

 勤め先には電話して退職を願い出た。店主は止めなかった。店にとって周平はその程度の存在だった。

 銀座の女の存在は誰も知らない。周平の居処を探すのは警察でもない限り無理だろう。

 上野駅に降り立った周平はタクシーを拾って木戸陽子のアパートへと向かった。陽子は銀座のバーで働いていて、周平が上京するたびにアパートで逢瀬を重ねている東京妻のような存在である。

 アパートは浅草にあった。陽子はいた。大荷物を大風呂敷で包んで背負い込んだ周平を見て驚き、「どうしたの?」と尋ねた。

 「家出すてきた」と周平は答えた。陽子は含み笑いをした。30歳を目前にした男が家出したという。中学生でもあるまいしと思ったのだ。陽子ももう28歳である。

 「すばらく置いてぐれ」と言って周平は陽子の部屋に入り込み、重い荷物を畳の上に置いて陽子を抱きしめ、唇を貪った。

 陽子は出勤前の化粧を終えたところだった。「やだ、口紅が…」と陽子が周平のからだを手で押して離し、ドレッサーの前に駆け寄り、ルージュを塗り直そうとした。

 その手を掴み、周平は陽子を引き寄せ、畳の上に倒した。

 「だめよ。出勤前だし」と陽子はあらがった。

 「すぐ終わる」と言って周平は陽子のワンピースを脱がしにかかりながら、首筋に顔を埋めながら口付けを繰り返した。

 陽子はおとなしくなり、周平のなすがままになった。

 西陽が窓から差し込んでいた。小さなドレッサー、茶箪笥、炬燵といったわずかな家具が照らし出されている。時間が過ぎた。

 タバコをふかしながら周平が言った。「店に来る篠崎というおっさんがいるだろ?」

 「ああ、イソさん」裸の素肌にワンピースを重ねて陽子が答えた。

 「あのおっさん、今でもよぐ来るが?」

 「うん。毎週のように来るわよ」

 「よす!」と頷いて周平はタバコの灰を灰皿に落とした。

 「周ちゃん、イソさんとは仲がいいみたいだけど、何考えてんのよ?」

 「仕事を考えでる」

 「ふ~ん。イソさんに何か紹介してもらうとか?」陽子もタバコを1本取ってマッチを擦った。

 「いんや、そうでねえ」と周平は言った。「磯崎さんの会社で働がせでもらう」

 「そんな話になってるの?」びっくりして陽子が目を見開いて煙を吐いた。

 「東京で働ぐつもりはないがって誘われたことはある」と周平は答えた。

 磯崎は東京で不動産屋を経営している男だ。周平を誘ったのも本当の話で、そのとき周平は笑って聞き過ごしたが、園子との問題が持ち上がってからは磯崎のその言葉にすがってみようと思ったのだ。

 「じゃあ」と陽子は嬉しそうにはしゃいだ。「周ちゃん、東京に来るのね?」

 「もう来たろうが」

 「え、じゃ、ここに一緒に住んでくれるの?」

 陽子の目は輝いている。年齢からして当然、結婚を考えている。周平はそのことに気づき、少し慌てて「いや、一緒には住めねえ。仕事の時間がまるで違うから一緒には暮らすにぐいだろ」と言った。

 「そうかあ…」と陽子は軽く残念がった。周平の性格や生き方をよく知っているから、本気で周平をものにしようと考えたわけではなかった。

 「あ、もう時間」陽子は話題を打ち切って吸いかけのタバコを灰皿に押し付けた。「あたしはお店に行ってくるわ。周ちゃんはどうする?」

 「あどから店に行ぐよ」と周平は答えた。

 陽子は下着を付けワンピースを着て、もう一度ドレッサーの前に座り、乱れたヘアースタイルを直し、化粧をし直した。オーバーを羽織り、「待ってるわね」とひと言残して部屋を出た。

 出てすぐ、また玄関のドアが開いた。

 「忘れたわ」陽子が部屋の鍵をぶら下げて周平に向かって言った。「部屋を出るときは鍵かけて出てね」

 周平はタバコの煙を盛大に吐き出して大きく頷いた。

 柿の木旅館は明治初年に始まった老舗である。

 逢坂直也が祖父の尚乃助から聞いた話では、曽祖父が越後で博打に大勝ちし、大八車に貨幣を積んで仙台までやってきたという。

 「そのお金でこの旅館開いたんだべか?」小さかった直也は尚乃助に聞いた。

 「そうらすいんだなや」と尚乃助も仙台弁を使った。

 「そんじゃ、うちの祖先はそのエチゴというどごなんだべか?」と直也は聞いた記憶がある。

 「んだべな。小千谷らすい」

 「オジヤ?」

 「そんだった町さある」

 「へえ~」

 博打でできた旅館なのか。直也は思い、何だかおかしかった。

 柿の木旅館の名前は、柿の木のある土地に建てたかららしい。今は相当大きな柿の木になっているが、初めのころはまだ小さい柿の木だったのではないか。なのに「柿の木旅館」と名づけた。将来を見据えた命名だったのかもしれない。そう思うと、曽祖父という人には先見性というか先を見る目があったようにも感じる。

 といっても、柿の木旅館の客は少ない。昔から少なかったが、戦中・戦後はもっと減った。当時は都市部の旅館を利用する人は少なかったし、みな貧しくて旅行に出ることも少なく、そのため客は仙台まで商売に来た長期滞在者が多かった。例えば富山の薬売り、山形の紅売りなどの商人である。あまりに儲からないので、部屋を開きっぱなしにするよりはと下宿人をふたり置いた。東北大学に隣接しているので、大学生の下宿人が多かった。

 それでも旅館の経営は厳しかった。亭主の吉次郎と妻の衣子の間に、次々と子が生まれたせいもある。吉次郎が吝嗇なのもそういう理由があるせいもあったようだ。

 旅館は南向きの玄関から北に長く、北は別の通りに面していた。建物は平屋で古い。仙台空襲でかろうじて焼け残ったのだ。部屋数は12あるが、6人も子供がいて下宿人もいるので、客用の部屋は多くは取れなかった。長男の直也と長女の倫子にはひとつずつ6畳間が与えられているが、その下の4人の弟たちはふたりひと部屋で暮らしている。それに夫婦用、祖父用の部屋も必要で、だから客用の部屋は4つしかなかった。しかし、それでも間に合った。儲かるわけがない。

 直也は長男としての自覚が重くあり、旅館を継がないというひけ目もあり、家には月に相当の金を入れている。倫子も下の弟たちも、仕事をしている者はみな家に金を入れていた。その金は吉次郎が首から常に下げている大きな財布に入る。

 吉次郎と衣子はいとこ同士だった。吉次郎は曽祖父の孫、衣子は曽祖父が仙台まで来たとき一緒についてきた弟の孫である。その弟は仙台には住まず、仙台から北にだいぶ離れた岩出山というところで農業を始めるた。だから衣子は農家の娘だった。

 いとこ同士とはいえ、ふたりは見合いするまで会ったこともなかった。初めて会ったのは柿の木旅館においてだった。吉次郎22歳、衣子18歳のときのことだ。背が高く顔の長い吉次郎は、女にしては背の高い衣子をすぐ気に入った。衣子は親の言いなりだった。

 こうしてふたりが結婚したのは昭和4年のことである。同時に吉次郎は柿の木旅館を尚乃助から譲られた。経理を握るについては、代々の習いではなく、吉次郎の性格からだった。経理を握るのが経営者だと彼はそう信じていた。農家出身の衣子は、財布を夫に握られても、旅館とはそういうものかと思うだけだった。

 旅館の土地は細長く、部屋と廊下を一直線に並べるしかなかった。一番南に家族の居間があり、その隣は隠居の祖父、そのまた隣は夫婦の部屋で、客間はその隣から4つ続いていた。夫婦の部屋と客間の間には狭い台所と風呂と便所と井戸があった。子供たちの部屋は北側だった。客間の終わりの次が直也、その次が倫子、その次が次男の克二と三男の敏三、次が四男の輝明と安明の部屋だった。

 それらの部屋をつないで長い廊下が南から北に続いている。廊下の外には少しばかりのスペースがあり、そこは菜園になっている。食事用の野菜はできるだけ自給自足していた。

 便所と風呂と井戸は菜園の中間、台所の向かいにあった。夜の風呂が大変だった。家族だけでも9人いるし、下宿人も含めれば11人。客がいればもっと多い。それを順番に入れるのだが、吉次郎は家族には毎日風呂に入る必要はないといつも言っていた。面倒なせいもあったが、吉次郎が言うと薪代を節約したいからだとしか思えなかった。

 6人きょうだいは上と下がだいぶ離れている。昭和28年のこの時期、直也は22歳で、一番下の安明はまだ9歳の小学生である。輝明は15歳で旅館を手伝い、敏三は16歳で料理屋で働き、克二は18歳で映画館で働いていた。倫子は20歳で、東北大学に勤める研究者と先日見合いをしたばかりだ。みな、中学までしか出してもらっていない。高校を出たのは自力で夜間部を卒業した直也だけだった。

 不思議なことに、直也はじめきょうだいはみな成績が良かった。地頭がいいのかもしれない。なのに高校にさえ進学されてくれない親を直也も他のきょうだいも恨んでいる。特に倫子は秀才と言ってよかった。時代的に女に学歴は不要だと思われていたが、もし倫子に進学の機会を与えれば優秀な大学にまで進学できたことは間違いないと思われた。大学の研究者と見合いをしたのも、実は倫子の希望だった。頭の悪い男とは話が合わないからだ。

 直也はきょうだい思いだった。せめて末っ子の安明には高校に行かせてやりたいと考えていた。一国一城の主人になったからには、稼げるだけ稼ぎ、弟の学費を出してやりたいと思うのだ。

 ところが、それどころではない事態が持ち上がった。

 年明けに久しぶりにキャバレー“ライオン”に足を運んだところ、今井園子がいなかったのだ。指名したらしばらく休みだという。妹のみ津を指名してどうしたのか聞くと、曖昧な返事ばかりでさっぱりわけがわからない。ただ、風邪などの病気で休んでいるのではないようなことだけはわかった。

 では、どうしたのか?

 直也は恵子も指名した。恵子は園子と一番親しいと思われる女給である。ところが恵子は何も聞いてない様子だった。み津は何か知っているようだが、どういうわけか口を閉じている。

 ただ、「隠岐さんもずっと来ていないし」と恵子が言ったことに直也は引っかかった。

 「オキ?」直也は首を傾げた。

 隠岐周平のことは直也も知っている。指名で園子を取り合ったことが何度かあるからだ。ただ、名前までは知らなかった。

 「鍛冶町の隠岐紙屋さんの次男坊よ」と恵子が教えた。「園ちゃんにずいぶんご執心だったんだけどね。去年の11月末ころから顔を見せなくなったの」

 「オキって隠岐の島の隠岐が?」と直也は恵子に詰め寄った。

 「そうだと思うけど…」やや引き気味に恵子はつぶやいた。

 その次の日、直也は隠岐紙屋について調べた。直接出向いて店構えを眺め、近所を回って噂を聞き集めた。

 その結果、次男の周平が正月から姿を見せなくなったことがわかった。園子が店に休みの届けを出した日にちと符合する。

 駆け落ち…。その言葉が直也の脳裏に浮かんだ。

 今井園子は「起業のため東京に行く準備をしている」という隠岐周平の言葉を素直に信じた。すぐ電話を切られたので、東京のどこに行くのかはわからなかった。しかし、東京まで行けば何かがわかるのではないかという気がしていた。

 そこまで思いつめているのは、妊娠していることがはっきりしたからだ。周平の子供だ。妊娠の事実を周平に告げ、結婚してもらわなければ困る。

 生理が来ていないことは、まず母の淑恵に知られた。生理が来たふりをしていたものの、生理帯を使っていないことで淑恵は察した。周旋屋(不動産屋)で働いて5年になる姉の花江は園子の表情を見ただけで「あんた、妊娠してんじゃないの?」と突いてきた。ずばりと言われて園子は言葉に詰まってしまった。それでバレた。妹のみ津にも知られてしまった。

 知らないのは父親の祐太郎だけだった。園子は母親と姉妹に「お父さんには言わないで」と頼み、「東京に行かして」と淑恵に頭を下げた。東京に行きたくても、給料をもらっていない園子には金がなかった。

 「その隠岐さんって人はあんだが妊娠すたと知っだら結婚すてけんの?」淑恵は聞いた。

 「うん」と園子は即座に頷いた。本気でそう信じていた。

 「でも、東京さ行ってもどこさいるのかわがるの?」

 「………」

 「わがらないのに行ぐの?」

 「行かないでいるのが苦しいの」と園子は訴えた。

 しばらく考えてから淑恵は「じゃ、行きんさい」と言った。財布に手を伸ばして取り、中を覗いてあるだけの札を園子に渡した。

 「こんなに?」園子は驚いた。

 「東京さ行っでも探さなにゃならんでしょ。すばらくあっちに泊まって探すてみんさい。ご実家のほうに聞いでもみんさいよ」

 「ありがとう、母さん」園子はお札を押し頂いて涙をこぼした。

 「まんず」と姉の花江が言った。「実家にもう一度電話してみるごどね。いえいえ、訪ねだほうがいいかな」

 「そうよ、姉ちゃん」とみ津も言った。

 園子もそのことを考えないわけではなかった。しかし、考えるたびに思いとどまるのだった。

 隠岐紙屋は老舗の大きな店である。大きな商売をしてずいぶん儲けているようだ。それに比べて園子の実家は小さな駄菓子屋だった。それだけでは家族が食えず、父親の祐太郎が博打に通っている。負けてばかりなので、家計は余計に苦しくなっている。

 その格差を思うと隠岐紙屋を訪れることが分際を超えているように思えてくるのだった。

 それよりも怖いのは、周平に逃げられたのではないかということだった。まさかと思うものの、遊び慣れた周平のことだからわからない。自分は遊ばれたのだと思うことは恐ろしかった。

 「あのころは…」と園子は思い出してつらい気持ちになった。「あのころは幸せだった」

 祐太郎一家は昭和10年、満州(現在の中国東北地方)に移住した。園子は3歳だった。祐太郎が南満州鉄道に就職したからだ。奉天(現在の瀋陽)に住まいを得て、今と比べればはるかに豊かな暮らしを送った。

 食べ物に不自由することもなく、服も好きなものを着た。小学校に上がるとぱりっとした新しい教科書を与えられた。同じ小学校に通う開拓団民の児童たちは使い続けて薄汚れた教科書だった。満人や朝鮮人もいたが、彼らの教科書も同じく汚かった。

 寒いところだったが家はオンドルがあって暖かだった。一層寒くなると学校の校庭に水を撒いて凍らせ、児童たちは下駄スケートを履いて楽しんだ。

 夏は短かったが、涼しくて過ごしやすく、食べ物は豊富で、何より子供にとって嬉しかったのはどこまでも続く広大な大地だった。遊び場は無限にあったのだ。  開拓団の子供も満人も朝鮮人も園子を「ソノちゃん」と呼び、いつも一緒に遊んだ。

 金粉を振りまくように遠い地平線に沈んでいく盛大な夕陽をまた見てみたいと園子は心から思った。

 運が良かったのか悪かったのか、昭和20年の春、祐太郎が南満州鉄道をクビになった。詳しい理由は聞かされなかった。博打に入れ込んだことを会社に知られたのかもしれない。

 家族は仕方なく奉天を離れ朝鮮半島を伝って日本に帰ってきた。園子が13歳のときだった。

 クビになるのがあと数ヵ月遅れたら、日本は敗戦し、園子たちはソ連軍に踏みにじられ、たとえ逃げおおせても、中国残留孤児になったかもしれない。

 帰国した家族は元の通り、仙台に戻った。しかし、家は売り払っており、住むところがなかった。こういうとき、祐太郎は役に立った。昔の博打仲間を頼って貸家をすぐ見つけ出してきた。それが園子たちが今住んでいる家だ。平屋の3間だけの古い家で、玄関がない代わりに家の前面、道路に面するところが広い土間になっていた。

 淑恵はその土間で駄菓子屋を始めた。祐太郎は博打場通いをし、家計は一気に苦しくなった。そして園子とみ津がキャバレーに売られた。姉の花江は周旋屋でいい給料を取っていたので売られることから免れた。

 満州時代と比べれば天と地の差だった。

 そして今は、もしかすると男に騙されて妊娠してしまっている。

 「あのころに戻りたい」と園子は思った。

 そんなことを考えている場合ではなかった。周平を探し出して「あなたの子を身ごもっているの」と伝えなければならない。

 そのためには東京に行かなければならない。短絡的に園子はそう思っている。母親の淑恵からもらったお札を園子は握りしめた。

 東京の1月は仙台と比べて格段に暖かかった。

 隠岐周平は磯崎不動産に就職していた。磯崎不動産は中堅で、都内では老舗といえるほど歴史のある会社だった。周平の主な仕事は、家主探し、家主との折衝である。

 間もなく木戸陽子のアパートを出て自分の借りたアパートに移り住んだ。会社は新宿にあり、アパートは新大久保にある。木造2階建てで部屋数き全部で8つ、1階も2階も真ん中に廊下が伸び、その両側に6帖の部屋が並んでいる。一番奥に小さな炊事場と便所がある。それだけのアパートだ。

 東京空襲でいったん焼けたそうだ。それを建て直したアパートなので新しかった。

 毎晩眠るとき、今井園子のことを思った。おそらく妊娠しているのだろう。なのに自分は逃げた。ちりちりと罪悪感が胸をかすめる。

 しかし、妊娠しているにしても2ヵ月か3ヵ月くらいだろう。であれば園子は堕ろすはずだ。それでいい。それで終わりだ。そう思うことで罪悪感を振り払う毎夜だった。

 仙台での砂糖屋での勤務とは打って変わって周平は仕事に身を入れた。将来は不動産を持つのだと決心したからだ。女遊びも少し控えた。

 1月の末、磯崎から見合いしないかと話を持ちかけられた。また見合いかと思ったが、断るのも悪いと思って受けた。磯崎は目黒の雅叙園に座を取り、見合いを周旋した。相手は森下和子といって森下不動産の令嬢だった。当主の泰造と磯崎は近しい間柄のようだった。

 和子は平凡な女だった。美人でもなく不美人でもない。スタイルも目を引くほどではない。和服姿の和子を見て周平はそう判断した。

 磯崎は乗り気だった。彼にとって周平は義理の息子のような存在になっていた。それほど周平を気に入っていた。それが森下不動産の令嬢と結婚すればどうなるか。夢想してしまうのだ。

 ふたりだけで雅叙園の日本庭園を散策したときも、平凡な女だなと周平は和子をあらためてそう見た。ただ、お嬢様のわりには我が儘ではない感じがした。そこが取り柄かもしれないと周平は思った。

 帰途、タクシーの中で磯崎は「どうだった?」と聞いてきた。

 「まあ、いいお嬢さんでしたね」と周平は当たり障りなく言った。東京弁を使った。

 「結婚を前提にお付き合いしてみたらどうだ」磯崎は言った。「お前の将来のためだぞ」

 「う~ん」と周平は返事を渋った。

 「お前ももう30じゃないか。身を固めていい年齢だ」

 「そうですけど…」

 「和子さんを気に入らなかったか?」

 「いや、そういうわけではないですけど」

 「それなら付き合え」磯崎は語調を強めた。

 「はあ」と周平は困ったような顔で、どちらとも取れるような返事をした。

 「よし!」と磯崎は右手を握りしめて持ち上げた。「明日にでも森下さんに返事をしよう」

 「あ、待ってけろ」周平は慌てて仙台弁を出した。でも遅かった。

 まあいいか、と周平は思うことにした。付き合うだけならいいだろう。そのうち断ればいいのだ。そう考えた。

 このころには周平は仙台の実家に居場所を明かしていた。その実家の兄から手紙が届いた。恐れていた連絡だった。

 園子の姉の今井花江が隠岐紙屋に乗り込んできたという。妹の園子が身ごもった、どう責任を取ってくれるのかと迫ってきたという。

 幸いにして兄は周平の居どころを花江に話さなかった。どこにいるのか知らないと答えたのだという。お前から園子さんに連絡しろと冷たく書き綴っていた。

 園子は本当に妊娠していたのか。周平は罪悪感に苛まれた。

 その気持ちを癒すように周平は和子とのデートを重ねた。次第に和子に惹かれるようになっていった。お嬢様らしくない気配り、情の細やかさといったものに気づいていったからだ。

 和子の実家の邸宅に招かれることもあった。父親の泰造、母親の貴美枝からも周平は好かれた。

 どうも引き返しがならないところまで来てしまったな。周平はそう感じ始めていた。

 園子に連絡すべきかどうか。悩みに悩んだ。その末に手紙を書くことにした。

 「俺は結婚する。別れよう。それがお互いのためだ」

 その程度の短い手紙をキャバレー“ライオン”宛に送った。園子の実家の住所を知らなかったのだ。

 その手紙が、み津を通して園子に渡ったのが2月半ばだった。園子は妊娠4ヵ月になっていた。“ライオン”は辞めていた。重い病気にかかったからというのが退職の理由だった。

 しかし、そのころには“ライオン”内部でも周平と園子の関係がほぼバレていた。逢坂直也が誰かれなく園子について聞き回ったせいもある。恵子がみ津に詰め寄り、み津はついに事実を告げたのだった。

 その手紙を読んで園子は悲嘆に暮れなかった。膨らんできたわたしのお腹を見れば周平の気持ちも変わると園子は思った。

 そして、消印を見て晴れやかな顔になった。消印は「新宿」となっていたのだ。周平は新宿にいる。

 正月、東京に行ったときは五里霧中で何も得られなかった。「新宿」と場所が限定されていれば探しようもあるのではないか。園子はもう一度、東京に行こうと思った。

 実家の裏にある梅の木の蕾がいくつか開き始めていた。

 「また上京するって?」逢坂直也は今井み津に詰め寄った。「いづだ?」

 「知らないわよ」み津は立ち上がって席を離れた。

 み津の手首を掴んで引き寄ると、直也はまた聞いた。

 「いづ東京さ行ぐのか知ってるんだろ? なあ、教えてくれ!」

 キャバレー“ライオン”は暗い照明の下、生バンドがブルースを演奏している。ホールで揺れている男女が10組ほどいる。店は最も忙しい時間帯に入っていた。

 「忙すいの!」とみ津は直也の手を振り払った。

 「なら、実家に行って尋ねる!」直也が言い放った。周りの客とホステスが、何事かと直也とみ津のいるテーブルに向かって視線を注いだ。

 「知ってどうするの?」み津が聞いた。可愛い顔が怖い顔になっている。

 少し考えてから直也は言った。「迎えに行ぐ」

 「東京まで?」

 「いや、仙台駅」

 「はあ?」

 「帰ってくるあんだの姉さんを待つんだ」

 嘘だった。今井園子のあとを追って東京に乗り込むつもりだった。しかし、そう言ってはみ津が本当のことを話してくれないと思ったのだ。

 「あすたよ」しばらくして、あきらめたようにみ津が言った。

 「あすたの何時の列車だ?」

 「そごまで知らないわよ」と答えてから、まずいことを話してしまったようにみ津は思った。やはり直也は園子のあとを追うつもりなのではないか。

 「帰る」と言い捨てて直也は出口に急いだ。

 み津が慌てて走り寄り、直也がレジで料金を払っている間にジャンパーを出して着せてやった。

 「追いかけたりしないでよ」み津が直也の背後から肩越しに囁いた。

 「ああ、心配するな」そう言って直也はすたすたと店を出ていってしまった。

 直也のバイクのエンジン音が聞こえてきた。仕事で使っているバイクらしい。

 その夜、直也は眠らなかった。朝方早く部屋を出て、バイクで園子の実家に急いだ。場所はわかっている。園子からあらましは聞いていた。

 バイクを停めて物陰に隠れ、園子が姿を現すのを待った。

 太陽が昇り、明るくなってきた。やがて家々から人々が出てきた。そうなると直也の存在は奇妙なものになる。ひと目をはばかって直也は仙台駅に行くことにした。駅で待てば間違いないだろう。

 駅前の空き地にバイクを駐め、改札口を見渡せる待合室の長椅子に座った。ここなら怪しまれない。

 園子はなかなか現れなかった。直也は昨夜から何も食べていないことに気づいて、急に空腹を覚えた。けれどこの場所から立つわけにはいかない。我慢するしかなかった。

 午前10時になってようやく園子は改札の前に立った。時刻表を見上げている。直也は近寄った。

 「園ちゃん」

 「あ」園子は直也を見て驚いた。「逢坂さん…」

 小柄な園子は、背の高い直也を見上げる形になった。

 園子は白いワンピースにモスグリーンのウールオーバー、黒いブーツという出で立ちだった。オーバーは隠岐周平に仕立ててもらったものだ。

 「東京さ?」直也は聞いた。

 「み津さ聞いだんですね…」昨夜、直也がみ津に詰め寄ったことはみ津から聞いていた。しかし、まさか直也が来るとは思っていなかった。

 「行ぐなよ」直也は充血した目に力を込めた。

 「………」園子は、直也の気持ちを推し量ろうとして黙った。

 「あいづは逃げたんだ。追っでも探すても無駄だよ」

 園子は黙って窓口に向かった。直也がそのあとを追う。

 「上野まで1枚」と園子は窓口に札を出した。

 急行券も受け取ると園子はそそくさと改札口に歩いた。直也は迷うことなく窓口で切符を買った。もちろん上野行きだ。

 園子のあとに続いて直也も改札をくぐったのを知って園子は立ち止まった。

 「どげなつもり?」口調がキッとなった。

 「一緒に行ぐ」直也がボソッと言った。

 「冗談じゃないわ」園子は撥ねつけた。「これはわたすの問題。逢坂さんに関係ないわよ」

 「関係なぐない」直也は喘ぐように言った。「俺は…」

 「おれは、何よ?」ふたりは向かい合った。

 「きみのこどが好きだ」直也は思い切って告げた。

 「………」園子もそのことは感じ取っていた。しかし、ここまで本気とは思わなかった。

 「困るわ」園子は本当に困ってしまった。

 「隠岐さんを……隠岐さんが好ぎなのか?」言いにくそうに直也が聞いた。

 「そんなこど聞いてどうするの?」

 「きっど幸せにする!」直也はプロポーズまがいのことまで言った。どうしても園子を止めたかった。

 そのときホームに急行青葉が入ってきた。しばらくふたりは見つめ合った。

 園子は目をそらしてつぶやくように言った。

 「そんなことを言われでも困ります。だってわたすは…」

 「何も心配ない。俺についてきでくれ!」直也の言葉はもう完全なプロポーズになっていた。

 そこまで言われて園子は意を決したようなきつい目になって直也を見上げた。

 「わたすはもうお嫁にいげないからだになったの」

 「え?」

 「だから、わたすにはかまわないでちょうだい」と言って園子は列車に乗り込んだ。

 言われた意味がわからず直也はしばし呆然としてホームに立っていた。列車はまだ動いていない。園子は乗車口に立って直也を振り返ったが、すぐ歩き出して座席に向かった。

 もうからだを許したということか。直也はやっと考えを巡らせた。それならすでに覚悟していたことだ。それでも園子と連れ添いたい。

 直也は急いで列車の乗車口に飛び乗った。

 急行青葉に乗り込んだ逢坂直也は、今井園子の姿を探して行きつ戻りつした。

 車内は混んでいる。各ボックス席はだいたい何人かの人で埋まっていた。

 スカーフを被った小さな園子の頭を見つけた直也は走り寄って園子の座席の向かいに座った。そのボックス席だけ園子ひとりだった。

 「園ちゃん」直也は園子を見つめた。「あいつと何があったかは聞かない。俺についてきてくれ。苦労はさせない。頼む」

 園子はツンと澄ましたような表情で座っている。直也の気持ちはわかっている。今さら言われなくともわかる。

 「俺は…」と言って直也は周囲をいったん見回した。ふたりの様子に視線を向けている乗客がいる。

 「俺は」と直也は少し声を落とした。「あんたをきっと幸せにする。自信がある。信じてくれ」

 「………」

 園子には雑音だった。彼女の頭には隠岐周平しかいない。

 無視されていると感じた直也は、話題を変えるため「朝飯食ったのか?」と聞いてみた。

 「食べてない」と園子が言った。

 「じゃ駅弁買っでぐる!」と直也が喜んだ。昨夜から何も食べていないので腹が減っていた。

 幕の内弁当を2つ買ってきて直也が同じボックス席の園子の正面にまた座った。

 「食べよう」と直也は弁当を勧めた。

 「ありがとう」園子は一応そう言ったが、頭の中が腹の子と周平のことでいっぱいで食欲はまったくなかった。

 直也は弁当をほどいて食べ始めた。

 「うん、まあまあうまい。園ちゃんも食べなよ」

 「わたす、食欲がないの」

 「でも食べなきゃもだないぞ」

 「じゃあ」と園子は仕方なく弁当を包んでいる紐をほどいた。

 列車が動き始めた。直也は園子の手元をちらちら見ながら弁当を食べている。園子の手は弁当の蓋を開けたところで止まり、箸を持つにいたっていない。

 「食べなきゃダメだ」と直也は強く言ってみた。

 「………」園子は窓の外を見やっている。

 食べ終えて直也は深呼吸してからまた園子を口説いた。

 「俺は園ちゃんのこどが好きだ。この気持ちに嘘偽りはない。信ずてほすい。必ず幸せにすっがら俺の嫁さんになってほすい」

 どういうつもりかという顔をして園子は直也を見た。

 直也は黙った。どうしたらわかってくれるか考えている。

 園子は思った。どうしらたあきらめてくれるのか、と。いっそ妊娠していることを伝えようかと思うが、そこまでする必要もないかという気持ちにもなる。迷っていると直也が語調を強めてこう言った。

 「断ずて行えば鬼神も避く!」

 「は?」

 「俺の信念だよ。半紙さ書いで部屋の壁に張っである。どんなごどがあっでも負けずに頑張れば鬼だって神様だって道を開けでくれるってごどだよ」

 「キジンって鬼と神なのね」

 「んだ。園ちゃんの過去は問わない。どんな困難があっでも俺は断ずてきみを守る。きみを信ずる」

 「無理よ」

 「そんなことはねえ。俺は約束は守る」

 「何にも知らないからそんなごとが軽く言えるのよ」

 「何も知らない? そうだろうけど、それでもいいんだ。隠岐さんとのごどは何も聞かない。知りたくもない。もう過去のごどだから」

 園子は黙った。過去のことではないのだ、と言おうとしたが言葉が出なかった。

 「そんなこどより」と園子が話題を変えた。「もう福島に入るわよ。どこまでついでくる気?」

 「東京まで行ぐよ」と直也が答えた。「園ちゃんがあきらめがつがないなら、俺も隠岐さんに会うよ」

 「はあ?」

 「会って勝負する! 園ちゃんは俺がもらうべ!」

 園子は本当に困ってしまった。もう言うべきだと思った。妊娠のことを。

 「逢坂さん…」園子は断じて行うことに決めた。「わたす、隠岐の子供を身ごもっでるの」

 「え?」そこまでは直也も考えていなかった。不意打ちを食ったように絶句した。

 「お弁当、あなだが食べて」と、蓋を開けた幕の内弁当を園子が直也に差し出した。「そんな状況だがら食欲なんて湧かないの」

 「………」直也は惚けた顔で弁当を受け取った。

 列車は福島駅のホームに滑り込んだ。

 「だがら」と園子は言った。「こごで降りて仙台に帰って。わたすにはもう関わらないで」

 「………」

 直也は混乱した頭の中を必死で整理した。今井園子は隠岐周平の子供を妊娠している。何ヵ月なんだ?

 「何ヵ月?」と直也はやっと聞いた。

 「3ヵ月よ」と園子はさらりと答えた。もう肚を括った。

 「隠岐さんは知っでるの?」直也は聞いた。

 「………」園子はしばらく黙ってから答えた。「知らない、と思うわ。でも…」と付け加えた。

 「わたすが妊娠していることを知れば…」しかし、そのあとの言葉が続かなかった。園子にはこれまで自信があった。妊娠していると知れば自分のもとに戻ってくれると。その自信がなぜか急に揺らいでいた。

 直也はその隙を突いた。「隠岐さんはそれを知っで逃げたんじゃないのか? そう考えれば辻褄が合うべや。だったら会いにいぐのは無駄だよ」

 「会えるかどうか」と園子がつぶやくように言った。「居場所もはっきりとはわかってないがら」

 「ええ? それで東京まで行っでどうするつもりなの?」

 「何とがなると思って…」

 直也は呆れてしまった。直後、それだけ園子が隠岐周平に思いを寄せていることを感じざるを得なかった。

 「園ちゃん」と直也は少し冷静になった。「隠岐さんに対する気持ちはわがる。でも、あきらめたほうがええ。そのほうが傷つかずに済む」

 「………」

 「3ヵ月なら、…悪いけど堕すたほうがいいよ。あとのごどは俺が引き受ける」

 と直也が言うと園子は急に声を大きくして言い募った。

 「わたすは産むわ! 勝手なこと言わないで。殺人なんてできない。わたすのこどをあなだは何もわかっでないわ。早ぐ降りて消えてちょうだい!」

 押されて直也は少しひるんだが、ここで負けるわけにはいかないと思った。

 「産むというなら産んでもええ。俺の子とすて育てる。だから俺と結婚してほすい」

 そう言われて園子のほうがひるんだ。

 言ってしまってから直也は(本当にその勇気があるか?)と自問した。わからなかった。しかし、ここではそう言わなければ園子をものにできないと思った。

 ふたりは無言を続けた。

 列車は福島駅を滑り出した。

 その日、隠岐周平は目黒にある森下不動産を訪ねていた。森下不動産が所有する土地の売買契約に同席するためだった。その土地は磯崎不動産の周平の周旋によってようやく売れたのである。

 周平は社長秘書を通して社長室に入った。

 「やあ、周平くん」と森下不動産社長の森下泰造が周平に握手を求めてきた。握手をすると同時に周平を抱え込むようにして肩を叩いた。「よくやってくれた」

 「いえ、森下不動産の名前の力ですよ」と周平は謙遜した。

 「いやあ、あの土地は我が社では売れなかった。何しろ危険物質を扱っていた化学工場の跡地で汚れているからね。それなのに、よく売ってくれた。助かったよ」

 「いえいえ、新宿区があの土地を買うことにしたのは、社長の顔で石橋区長を動かせたからですよ。私じゃなくても売ることはできました」

 それは事実だった。石橋区長との間にコネがなかったら、いくらやり手の営業マンでもあの土地は売れなかったに違いない。

 もう何年も売却できなくて森下不動産は困り果てていた。磯崎不動産の周平がその売却を請け負ったのは、もともとは泰造と磯崎の間に話があったからだが、周平が和子と付き合い始めて森下家と深い関係になってきたせいでもあった。

 「しかし」と泰造が周平から手を離した。「土壌改良がうまく行くかだな」

 「なあに」と周平は笑った。「そんなのはいくらでも誤魔化せますよ」

 「頼むよ、周平くん。きみのしゃべりにかかってる」

 当時の日本で公害や土壌汚染を気にする風潮はごく少なかった。

 「では行くか」泰造が周平を促して社長室を出た。契約は会議室で行われる。

 その途中、ふと立ち止まって泰造がつぶやくように聞いた。「和子とはうまく行っているかね?」

 「はあ」こんなときに娘のことを話題にしなくてもいいのにと周平は思った。

 「和子のこともよろしく頼むよ。頼りにしている」

 会議室の前では部長たちが数人、社長を出迎えた。泰造は鷹揚に右手を挙げ、部長のひとりが開いた扉の間に入っていった。周平も続いた。

 会議室ではすでに目黒区の役人たちが待ち構えていた。

 契約自体は簡単な手続きだったが、問題はやはり汚染された土壌をどうするかということで多少の話し合いが行われた。周平は直接の交渉者だったが森下不動産の社員ではないので会議室では隅で黙っていた。土壌問題の解決策については周平があらかじめ担当部長と話し合っている。会議室ではその部長が役人たちと会話している。

 話し合いでは、問題の土地の土壌を地下何メートルまで掘り起こして土壌を入れ替えるか、その深さで少し揉めた。森下不動産は地下2メートルを主張し、区側は3メートルを要求した。科学的根拠はない。結局、地下3メートルまで掘り起こし、新しい土を投入することで両者が合意した。契約は無事に終わった。

 どうせそこにビルを建てるには地下3メートル以上掘らなければならない。とすれば、入れ替えるべき土壌はビル本体が建つ部分以外のところだけでいいとも言える。周平と森下不動産はその考えでいたので、区からの要請をいったんは渋ったふりをして受け入れた。あとは実際の工事でうまくやればいい。

 「あとは頼んだぞ、周平」泰造は周平の背中を優しくなでて会議室を出ていった。

 土壌改良は磯崎不動産屋が請け負うことになっている。さて、どうしたものかと周平は考えた。事は半ば秘密裏に行う必要があった。考えているのは夜間に工事するということだった。

 しばらくは和子とも会えないな。そう思った。

 そのころ、今井園子と逢坂直也を乗せた急行青葉は上野駅に到着した。

 園子は山手線のホームに向かった。直也がそのあとを追う。新宿を目指していることは車内で聞いた。探したって無駄だと直也は思っているが、園子は聞かなかった。気の済むまでやらせるしかないと直也は思っている。

 新宿駅で降りた園子は区役所に向かった。住民課に行って隠岐周平の住民票を取るつもりだった。当時は他人の住民票を閲覧することが可能だった。

 直也は園子がそれなりに考えていたことに驚いた。これは見つかるかもしれないと思った。見つかったら俺はどうすればいい? 場合によっては隠岐を殴ってやろうと思った。

 しかし、隠岐周平の住民票は新宿区になかった。それでも園子はめげなかった。池袋に移動し豊島区で住民票を探し、大塚で北区の住民票を探し…、山手線と中央線を使って23区ほとんどの区の住民票を探ったのである。

 そうまでしても隠岐周平の居場所がわからないとなって、園子は初めて疲れを見せた。渋谷駅のハチ公前に佇み、つきまとってきた直也に弱気な目を投げかけた。  「隠岐さんは」と直也は言った。「住民票を移してないのかもしれない。仙台では役所で調べたか?」

 「いえ…」失敗だったと園子は思った。それを忘れていた。住民票がまだ仙台市にあるのであれば今回の探索行はまったく無駄足だったことになる。

 「帰ろうよ、園ちゃん」

 「………」

 名残惜しそうに周囲を見回している園子を、直也は促そうとした。すると園子が鋭い口調で直也を責めた。

 「探すの手伝ってくれるって言ったのに! 何もしてくれなかったじゃない!」

 園子の両目には涙が盛り上がっていた。直也は何も言えず立ち尽くした。

 仙台のキャバレー“ライオン”は客で賑わっていた。

 今井み津は指名を受けて役人たちのテーブルに呼ばれていた。

 彼女は「みつ」で出ている。今井園子はそのままの名前で出ていた。今は身ごもってしまったため園子は辞めている。み津だけが残された。

 園子についていた客たちはみ津を指名してくることが多い。園子のその後を聞いてくる客が多かった。病気になったとしかみ津には言えなかった。

 そういう客のひとりが、この日の役人の中にもいた。白井という30歳前後の役人だ。鍛冶町に住んでいて隠岐周平とは同級生だったそうだ。

 鍛冶町は隠岐紙屋のある町である。周平の噂を耳にしていた。東京の不動産屋に就職したという。

 「何ていう不動産屋?」何気ない声音でみ津は聞いてみた。

 「そこまでは知らんなあ。ただ…」

 「ただ?」

 「うん。ただ、向こうの何とがっつう不動産屋の令嬢と結婚するっで話を小耳に挟んだよ」

 「へえ~」

 「みつは隠岐にご執心が?」

 「え、違うってばあ!」

 「はははは」

 園子姉ちゃんに早く知らせなければとみ津は思った。

 園子は昨日、また東京に発った。いつ帰ってくるのかわからない。帰ってきたら知らせてあげよう。そう思った。

 東京に行っても周平を探し当てることは無理だろうとみ津は思っていた。新宿というわずかな手がかりだけでは探しようがないだろう。

 その夜、み津は遅くにやってきた安西哲夫とともに帰途につき、彼のアパートに泊まった。

 翌日は店が休みだった。み津は実家に戻り、父親の祐太郎にこっぴどく叱られた。

 「なんでお前はそげなんだ! 相手は誰だ? なに、友達のアパートに泊まっただと! またそんただ嘘こく! 園子はキャバレー辞めて東京くんだりさ遊びに行ぐし、いっでえお前たづは何なんだ!」

 祐太郎にさんざん怒鳴られた後、長姉の花江に昨夜の話をした。

 「そう…」と花江は言った。「あの手紙は本当だったんだなや」

 「姉ちゃんのんとごの不動産屋で調べたら隠岐さんの居場所わがんねがな?」

 「もうそういう段階じゃないべ。もう、あきらめさせんと」

 「姉ちゃん、可哀想」

 「帰ってぎだら病院に連れていがなくちゃ…」

 「堕ろさせるんだべか?」

 「それすかないべ。お父さんにバレたら大変よ」

 「んだな…」

 「あんだも気ィつけんさいよ」

 「うん」

 「母さんに相談しようか。堕ろすにすでもお金かかるからね」

 「母さん、泣くよ」

 「もう泣いてるわよ」

 「え、見たの?」

 「ああすて」と花江は店先のほうを見遣った。乾物屋には客が来ていて母親の淑恵はいそいそと商品を紙で包んでいる。「笑顔で仕事すてるけど、内心は地獄に近いんじゃないべか」

 「姉ちゃんも悪い男に引っかかっだもんだなや」

 「なに言ってんの!」と花江がみ津を睨みつけた。「あんだのこどでも泣いてんだからね!」

 そう言う花江も実は男といい関係になっていた。勤めている不動産屋の社長とだ。ただし、彼女の場合はすでにプロポーズされていた。まだ黙っているのは、妹の園子が男に逃げられて、とても話せる状況ではなくなっているからだ。

 「ああ、そうだ」と花江が思い出したようにみ津に聞いた。「“ライオン”では園子のこど何て言ってるんだべか? 借金、まだ返すきれでないんでしょ?」

 「店長は怒っでる。わたすが代わりに頑張るからってかばってるけんど…」

 「お父さんが園子のこどで怒っでんのはそれもあるがらね…」

 「さでと」と花江は立ち上がった。「お昼の用意をすなぐちゃ。あんだも手伝いんさい」

 「はあい」

 帰りの列車の中でも今井園子と逢坂直也は同じボックス席に向かい合って座った。

 会話はあまりない。園子は落ち込んでいるようで、窓のほうを見ているばかりだ。直也としては慰めてやりたいけど園子が怒ってもいるので話しかけにくかった。

 それでも黒磯を過ぎたころ、思い切って話しかけた。

 「園ちゃん。何の力にもなれなぐてごめん。俺は無力なのかな…。でも、きみを愛す…いや、その好ぎなのは確かなんだ。産むというなら産んでええ。一緒に育てよう」

 「ばかね」と園子ははすっぱに言った。窓から外を見つめたままだ。「あなだの子じゃないのよ。そんなこどできるもんですか。それに…」

 「それに?」

 「それに、うちには借金がたんとあるの。わたすが“ライオン”で働き始めたのもそのため。その借金も返さなぐちゃならない。わたすには関わらないで。そのほうがいいのよ」

 「借金か…。俺に何かできないかな? これでも一国一城の主人だ。少すぐらいの金なら何とがなる」

 「何言ってんの。少すぐらいじゃないのよ」

 「いぐらだ?」

 「知らないわ。とにかく娘ふたりをキャバレーに売り飛ばすほどの額よ」

 「じゃあ、園ちゃんとみっちゃんは売られであの店で働いでるのか?」直也はみ津のことを「みっちゃん」と呼んでいる。

 「わたすはもう辞めたけどね」

 「そうだったのか…」

 直也は考え込んだ。園子を落とすのはかなり難しそうだと感じたのだ。

 「これ…」と直也はジャンパーのポケットから切符を取り出し、それにペンで何か書いた。「俺のうぢの電話番号。柿の木旅館の電話だけんど、直也って言っでぐれれば俺が出る。何かあれば電話すでぐれ。力になるよ。見守っでる」

 「………」膝の上に差し出された切符を見下ろして園子は受け取ろうかどうか迷った。

 「受け取って」直也は園子の胸のあたりまで切符を持ち上げた。

 園子は仕方なくといった風情で受け取った。

 「今度」と直也は言った。「松島に観光に行ごうと思ってるんだ。園ちゃんも来ないが。姉さんとみっちゃんも一緒に」

 松島か、と園子は思った。行ったことがない。何があるんだろうかと考えたがわからなかった。

 「クルマで行くんだ」と直也はなおも誘った。思いつきだった。松島に行く予定もなかったし、まして、持ってもいないクルマで行く予定などありもしなかった。けれど、どうにかして園子の心を動かしたくて言ってみたのだ。

 「クルマ?」と園子は反応して窓から直也のほうに顔を向けた。「逢坂さんの?」

 「いや…。友達に借りでさ」

 「ふーん」園子はまた窓のほうに顔を向けた。

 「将来は」と直也は意気込んで言った。「外車を買って乗り回すたい。今は貯金の時期さ」

 園子はまた無関心そうに窓を向いている。

 しかし、仙台に着くころまでには直也に対する園子の気持ちはだいぶ和らいでいた。直也が一所懸命に園子の気持ちをほぐすことに努めたからだ。

 仙台駅から園子の実家まで、直也はバイクの後ろに園子を乗せて送った。

 夕闇が濃くなっていた。お互いの顔もよくは見分けられない。

 「手紙書ぐよ」バイクを降りた園子のほうに直也は言った。

 園子のうちには電話がなかった。電話くれと言うより、自分のほうから連絡すると言ったほうがいいと思って手紙を書くと言ったのだ。

 「ありがとう」と園子は言った。

 「じゃ」と直也はエンジン音を轟かせてバイクを発進させた。

 それをしばし見送ってから園子は実家に入った。家の前の店舗では母親の淑恵が椅子に座って園子を見ている。

 「今の誰?」淑恵が聞いた。

 「“ライオン”のお客さん」と園子はぶっきらぼうに答えた。

 「隠岐さんはどうなっだの?」と淑恵が少し怒ったように言った。

 「わがらながった」と言って園子は店から家の中に上がろうとした。

 「隠岐さん…」と淑恵は言いにくそうに言った。「結婚するって。手紙のごどは本当だったよ」

 「え…」と園子は靴を脱ぐ姿勢のまま淑恵を見つめた。「また手紙が来だの?」

 「み津が“ライオン”で隠岐さんの同級生から聞いだきだ話だよ」

 「み津はどこさ?」

 「家の中さいるべ」

 園子は靴を脱ぎ捨てて土間から畳の居間に躍り上がった。

 「み津!」

 「あ、姉ちゃん」とみ津が裏の部屋から出てきた。姉の花江も一緒だ。

 「“ライオン”で聞いだごとを詳すく話すて」園子はみ津に迫った。

 「詳すくったっでぇ」とみ津は困った。「ただ隠岐さんが向ごうの社長令嬢と結婚するみたいだっていう話だけだべ」

 「本当なんだべか?」園子はさらに迫った。家族と話すときだけ園子は仙台弁が出る。

 「隠岐さんの同級生の話だから信ずていいんでねすか」

 「その同級生って誰?」

 「園子!」と花江が会話に割り込んだ。「いい加減にすなさい! 隠岐さんのごとはもうあきらめんさい」

 「………」

 「そうだなや」と淑恵が土間から顔を覗かせた。「あきらめんさい。つらいだろんけど、あきらめんさい」

 園子は今の畳の上に突っ伏した。

 翌日、早くも逢坂直也からの手紙が今井家に届いた。郵便受けがないので、乾物屋の両開き戸の隙間に挟まれていた。よく見ると消印がない。バイクに乗って直接、届けたものらしい。とすると昨夜のうちに挟んだのかもしれない。

 東京への行き帰りに話していたようなことを縷々と綴っていた。

 悪い人ではない。園子はそう思った。

 しかし、隠岐周平のことを忘れて身ごもった子を堕胎することにはどうしても抵抗があった。

 手紙はその後も毎日届いた。いつも消印がなかった。

 よほど筆まめな男のようだと園子は感心した。

 何通もの手紙を読んでいるうちに、松島に行ってみたいと思うようになった。姉と妹も一緒であれば、がっつくように直也が迫ってくることはないだろうと思った。

 春が来た。東北大学の構内の桜は満開を迎えた。

 そのころには園子の妊娠が父親の祐太郎にバレていた。意外なことに祐太郎は怒りもしなかったし動揺もしなかった。しかも、「産め」と言った。

 園子の腹は少し突き出ていた。もう5ヵ月になっていた。堕胎はまだ可能だが、母体に危険が伴う。祐太郎はそう考えたようだ。

 「俺の子とすて育てる」と彼は言った。

 「わたすの子よ」と園子は言った。

 「ばか!」と祐太郎は怒った。「その年で子連れになっでは嫁さ行げねぐなるべや」

 産むまで家の中さいて外に出るな、と言われた。

 4月の日曜の朝、直也がダットサンを園子の実家の前に横付けした。5人乗りで、後ろに荷台がついている。幼馴染に借りてきたという。

 今井3姉妹は、揃いの白いワンピースを着て店に出てきた。園子の腹は目立たない。そのためのゆったりとしたワンピースのようだった。直也は新調したらしいグレーのスーツを着ている。

 4人はダットサンに乗った。今井淑恵が見送った。

 春空が澄み渡っていた。行楽日和だ。

 当時の運転免許試験はいい加減なもので、コネさえあればすぐにでも免許を取得できた。コネがなければ試験官の家に一升瓶を持っていけば免許をもらえたという。直也がどうやって免許をとったかはわからない。

 園子は助手席、花江とみ津は後部座席に座った。園子が見る限り、直也の運転はあまりうまくなかった。一升瓶の酒でもらった免許なのかもしれない。

 ただ、直也の運転はよほど慎重だった。外面は利かん気にも見えるが、内面は消極的な男かもしれないと園子は思った。あるいは、身重の園子のことを気遣って慎重な運転になっているのかもしれなかった。園子は少し好意を抱いた。

 松島海岸駅前には2時間もしないうちに着いた。直也は駐車場にダットサンを駐め、港へと3姉妹を促して歩いた。

 「船に乗ろう」と直也は園子たちに言った。「松島遊覧だよ」

 「わあっ」とみ津が歓声を上げた。

 3姉妹は船に乗ったことがある。九州から朝鮮半島に弥ときと満州から引き上げてくるとき関釜連絡船に乗った。しかし、遊覧船というものには乗ったことがない。園子も花江も内心喜んだ。

 4人はレストハウスに入った。長椅子が5列あり、ぱらぱらと人が座っている。

 直也は窓口で切符を買った。3人に渡す。出港は10分後だ。4人はひとつの長椅子に座った。

 「遊覧が終わっだら瑞巌寺さ行くべ」と直也が言った。

 「ズイガンジ?」み津が聞いた。

 「伊達政宗が建てだお寺だよ。もっと前からあっだらすいけど政宗が建て増すた」直也が答えた。「安土桃山様式のきらびやかな寺だったらすいけどね。今は色もはげて古いお寺だというだけ。でも大ぎくて壮大だよ」

 「なーんだ」とみ津が口を尖らせた。「ただの古いお寺なんか行ぎたくない」

 そのとき朝一で出港したらしい遊覧船が戻ってきて桟橋に横付けされた。

 十数人の乗客が次々と降りてきた。みんな笑顔だ。楽しかったのだろう。

 やや間があって直也たち一行が促されて乗船した。船は2回建てで、2階は壁がなく屋根だけの下に長椅子が並んでいる作りだった。4人は誰が言うともなく2階のその長椅子に腰を下ろした。

 すぐ出港した。塩釜方面に南下し、マラソンのように折り返してくるコースを船は走った。女性のガイドの音声がスピーカーから聞こえてくる。

 「松島は八百八島と言われています。松尾芭蕉がこの絶景を見て『松島や ああ松島や 松島や』と詠んだことは有名です。……右に見えますあの2つの島が双子島です……」

 「芭蕉はそんな句を詠まなかったわ」と花江が言った。

 「え、本当?」と直也が隣の花江を見た。左からみ津、園子、花江、直也と並んで座っている。

 「そうよ。芭蕉関係の資料のどごにもそんな句は出てないって」

 「へえ~」と直也は感心した。園子に、花江が秀才だということは聞いていた。本当のようだと思った。

 「左に見える人の頭のような形をしたのが兜島です……」

 船は低速で走っている。それでも4人の髪が風でなびく。園子はスカーフを出して髪を押さえてうなじのところで結んだ。

 「あれが鎧島さ。あっちが鐘島」直也が指差した。

 「ずいぶん詳すいのね」花江が言った。

 「たまに釣りに来るんだ。それで船頭さんに教えでもらってね」と直也が答えた。

 「えー、何が釣れるの?」み津が聞いた。

 「まずハゼだね。それからカレイ。岩場ならネウ(アイナメ)も釣れる。ウナギやフグも釣れるよ」

 「えー、フグ釣れるの?」み津が素っ頓狂な声を出した。

 「ちっちゃなクサフグだけんどね」直也が得意そうに言った。「でも、食べられるよ。うまいぜ」

  釣りの話には園子も花江も無関心のようだった。直也はちょっと残念そうな顔をした。

  遊覧船は松島湾をぐるりと周り、鷺島、夫婦島を経てレストハウス前の桟橋にまで戻った。

  船を降りたとき、直也が言った。

 「ここで記念撮影しよう」

 「そのカメラで撮るのね」み津が珍しそうに直也の首から下がっているカメラを見つめた。乗船のときからそのカメラのことが気になっていたのだ。

 「それじゃあ」と直也がカメラを構えた。「遊覧船をバックにしてして並んで」

 「そのカメラ高そう」とみ津が言った。

 「質屋で買っだ中古さ」直也が言った。

 3姉妹が並んだ。直也は中央の園子の顔を見つめながらシャッターを切った。

 園子は笑顔になっていた。直也は園子にまた一歩近づいた気持ちになった。

 東京は梅雨の季節に入っていた。

 隠岐周平は森下不動産が所有する土地の土壌改良を終えた。新宿区への引き渡しも終え、周平はひと心地ついた。

 周平は磯崎不動産屋で部長の職に就いていた。仕事のため中断していた森下不動産の令嬢・和子との交際が再スタートした。和子の両親との付き合いも深まり、周平はいよいよ身を固める決意をした。

 仙台の実家から住民票を移した。和子との結婚を見据えてのことだ。

 そのとき仙台に帰省し、今井園子の噂を聞いた。東京に来たらしいことを知り、「やるなあ」と思った。

 兄の隠岐周一は園子を妊娠させたことについてはもうあきらめているのか怒らなかったが、別のことで怒り心頭に発していた。今井祐太郎がやってきて暴れ脅され、多額の金を渡したというのだ。

 「まるでヤクザだったよ」と周一は周平に言った。

 「ひとりで来たんだべか?」

 「いんや、目つきの悪い若いふたり連れでぎた。おとっつぁんが怒鳴りまぐり、あどのふだりが近所さ向かっで“ここの次男が女を孕まして逃げだぞー!”とか声を張り上げでな。おとっつぁんは“園子はもうキャバレーさ出られねえ。そのぶんのカネ払え!”とよ」

 周一が拒否すると祐太郎とふたりの若者は店の入口の引き戸の窓ガラスを次々と割った。周一が慌てて遮ると、若いふたりが風呂敷をほどいて紙束を出し、通行人に配り始めた。その1枚を祐太郎が周一に渡した。

 「その紙にはガリ版で“隠岐紙屋の次男周平はキャバレー・ライオンの女給を孕ませて東京に逃げた”“隠岐紙屋もその事実を黙殺してる”ってなことが書いてあっでな…。仕方なくカネ払っださぁ」

 ほれ見ろ、と兄が弟にそのガリ版刷りを見せた。

 周平は受け取り、目を通した。怒りが湧いてきた。  「許すてけろ、兄貴…」周平はガリ版刷りを握りしめた。結婚しなくてよかったと思った。

 周平は隠居した父親と母親のところにも顔を出した詫びた。周一とその嫁も同席していたので、そこで森下和子との結婚について話した。

 「ええ話だべ」と父親が言った。

 「結婚式は東京で挙げるんだべが?」と母親が聞いた。

 「んだな」と周平は答えた。「たぶんそうなると思う。向こうの父親の会社がおっぎいから盛大になるべな」

 「周一」と父親は2代目に目を据えた。「向こうさまに恥ずかすくねえようにカネ用意すとけ」

 「式はいづごろの予定だ?」兄が弟に聞いた。

 「たぶん年末か年明げだべな」弟が神妙な顔で答えた。

 「そんで東京さ住むんだな?」父親が聞いた。

 「んだ」

 「そのほうがいいべな。周平はもう仙台さ帰ってごないほうがええ」

 「周平」と周一が口をはさんだ。「勘当されろ。形だけだ。そのほうがええ」

 「今か?」周平が慌てた。勘当されては結婚に響く。

 「いんや」と父親が言った。「結婚式が終わっでがらだなや。表沙汰にはすねえ。今井家と近所だけさ知らせる」

 「んだか…」周平は少しホッとした。

 「森下家のご令嬢に対すては、絶対に間違いを起こすな。ええな!」父親と周一が周平を睨みつけた。

 「わがった」と周平はうなだれた。

 帰省するときとかはホテルを取ってくんろ、と母親が涙声で周平に頼んだ。

 「ここの敷居はもうまたがれねえだな?」

 「んだ」周一が言い、父親が大きく頷いた。

 「ところで」と周平は聞きにくそうに言った。「園子は堕ろすって言っでだがや?」

 「わがらねえ」と周一が答えた。

 「まさか産まねえべ」と父親が言った。

 「そうだといいんだけんどねぇ…」と母親がつぶやいた。

 「まさか産むってが?」周一が驚いた。

 「わがんねぇけど、もう腹がかなり膨れとるべ」

 「堕ろすさ」と周平が強く言った。「堕ろさねぇはずがねえ。園子はまだ21だ。まだやり直せる」

 「んだな」と父親が言った。

 「式のごとが正式に決まったら連絡おくれよ。仲人さん誰に頼むんだべか?」

 「磯崎社長だ。正式に決まっだら必ずすぐ連絡する」

 こうして周平は東京に戻った。

 園子はそんなことはつゆ知らず、産む決心を固めていた。父親に産めと言われたからだけではない。我が子を殺すなんてできないと思ったのだ。

 仙台も梅雨の季節に入りかけていた。園子の腹は6ヵ月になっていた。

 キャバレー“ライオン”に対する今井祐太郎の借金はいつの間にか返済された。

 どうやって返済したのか今井園子も今井み津もわからなかった。ただ、まだ“ライオン”で働いているみ津に店長からそういう話があったのだ。

 ふたりとも、まさか父親が隠岐紙屋をゆすって得たカネで返済したとは知らない。不審ではあったが園子はホッとした。

 つわりがひどくなってきていた。もう隠す必要がなくなったので園子は気持ち悪くなればすぐ台所に走った。

 裏庭に続く隣の家に産婆が住んでいた。もう70歳近い老婆だが、腕はいいと評判だった。園子も母親の淑恵も彼女を頼っていた。名前を金子スエといった。早くに夫をなくしひとり身だった。

 スエは親身になって園子を診た。「たぶん9月末だべ」と出産時期を予想した。医者の予想とピタリと合っていた。

 「男かな? 女かな?」園子は淑恵に聞いたことがある。

 「女だべ」と淑恵は断定的に言った。

 「なんで?」と園子が聞いた。

 「勘だべ」

 「なあんだ」

 しかし、娘のほうがいいなと園子は思った。娘ならどういう名前をつけようかと考えた。

 誰にも相談せず、「悦子」という名前を園子は決めた。悦(よろこ)びに包まれた娘になってほしいとの願いからだった。息子だった場合の名前は考えなかった。

 初夏になり本格的な夏になると、園子の腹はみるみる膨らんできた。園子は外に出ることを許されず、銭湯にも行けなくなった。仕方なく裏庭でタライに湯を張り湯浴みをするしかなかった。

 そうなるまでも逢坂直也からは毎日手紙が届いた。

 夜になると店の両開き戸の戸の隙間に挟んでいく。それまでは朝になってからそれを見つけて読んでいたが、このころになると園子は夜のうちにバイクの音がするのを待ち、戸の隙間に手紙が差し込まれるとすぐ抜き取って読むようになっていた。

 外に出られないので直也と会うことはできなかったが、それだけに手紙に書かれた直也の気持ちがじんわりと園子に伝わってくるのだった。

 逢坂テント屋は個人事業である。直也はそれを株式会社にしようと考えていた。そのことも手紙に書いた。

 「園子さんとその子供と俺を株主にして会社を起ち上げたい」と。

 そのために直也は父親の吉次郎と毎日のように談判した。「柿の木旅館」の前庭部分の土地を生前贈与してくれないかということで言い争ったのである。

 直也はそこに会社社屋と園子との新居を建てたかった。吉次郎は前庭が失われることを嫌い、反対し続けた。今井園子という元女給との結婚も許しがたいと思って反対していた。

 母親の衣子は前庭を贈与することには賛成だったが、元女給との結婚には反対だった。

 結局、衣子が吉次郎を説得し、前庭の贈与だけは譲った。こうして直也は土地を得た。

 あとはそこに社屋と新居を建てればいいのだが、先立つものがなかった。直也は銀行に日参した。

 秋になり、ようやく地元の小さな銀行が融資を引き受けてくれ、直也は2階建ての小さな家を前庭部分に建てた。

 1階は社屋で、ほとんどが作業場の板敷で、2階に6畳と4畳半の和室を作った。2階は新居にするつもりだ。

 建物が竣工したのは暮れだった。

 そのころには園子はすでに母親になっていた。

 淑恵が勘で予想した通り娘が生まれた。園子は「悦子」と名づけた。取り上げたのは裏隣の産婆スエである。

 出生届は父親の祐太郎が行った。最初に言った通り、祐太郎と淑恵の子として届けた。戸籍上、悦子は園子の妹になった。

 直也からは相変わらず毎日手紙が届いたが、園子は1週間に1度返信する程度だった。悦子のことはすぐ手紙に書いた。直也は祝福してくれた。

 ただ、直也の両親がふたりの結婚に反対しているので、結婚話は前進しなかった。直也は手紙には本当のところを書けなくて、「両親を説得しているところです。もう少し待ってください」とだけ書いてくる。それだけで園子には直也の両親の気持ちがわかった。

 元ホステスというだけで彼らは反対するだろう。子連れということを知ったら大反対するに決まっている。

 毎日そんなことを考えている園子は、直也との結婚を本気で考えている自分がいることに驚いた。手紙攻撃にやられたかなと思った。マメな男はもてるという。本当かもしれないと園子は思った。

 その後、園子は外出できるようになり、直也は手紙で頻繁に誘い、園子とよく会った。ふたりの関係は一気に深まった。

 年が明けて直也は強硬に両親に詰め寄った。というより、言い放ってその場から立ち去った。

 「俺は今井園子を嫁にする! 連れ子の悦子は俺の子として育てる! 何と言われても断じてそうする!」

 そう両親に告げたのだ。

 しかし、両親の反対は変わらなかった。元女給という点に関しては折れたものの、子連れと聞いて猛反対し始めたのだ。

 園子は女学校時代の同級生の親友の土井千恵子によく相談した。

 「園ちゃん」と千恵子は言った。「駆け落ちしなよ」

 「ばか」と園子は一蹴した。そこまで盲目になっているわけではない。

 「じゃ」と千恵子は言い重ねた。「直也さんの子を孕んじゃいなよ」

 「ばか」とは言えなかった。実は生理が来ていなかった。

 園子は恐ろしくて、そのことを親友にも言えなかった。もし妊娠していたら、何と破廉恥な娘だと言われるに決まっている。

 園子は本当に妊娠していた。このことが意外なことに直也の両親を折れさせた。息子の責任なら嫁に迎えるしかないと不承不承受け入れたのだ。

 こうして園子は、昭和30年2月、逢坂家に嫁入りした。

 文金高島田に装った園子は家族や親戚とともに実家から柿の木旅館に歩いて向かい、不機嫌そうな顔で待つ吉次郎と衣子たちに迎え入れられた。

 まだ1歳にもならない悦子は、祐太郎が抱いて柿の木旅館の門をくぐった。もちろん、逢坂家に置いていくつもりだ。

 「園ちゃん…」と同行した千恵子は泣いた。何となく親友の将来が穏やかなものにはならないことを予感したのだ。

 祐太郎も淑恵も姉の花江も妹のみ津も泣いた。みな嬉し涙とは違った。

 (第1章完)