見出し画像

「小説」とは何か?

〈最近の日本の小説〉


小説英語で言うと「novel」または「fiction」となる。

「fiction」はフィクションで、ノンフィクションではなく架空の物語ということだろう。

「novel」には、「新しいもの」「新奇なもの」「奇抜なもの」という意味がある。

「novel」と呼ぶ場合、それはもともとは「新奇な物語」ということなる。

では、それを日本ではなぜ「小説」と呼ぶのか?

文字だけ見ると、「小さな説」のことかなと思う。

しかし、多くの「小説」は別に何かの説について書いたものではない。

調べてみると、「小説」という呼称を初めて使ったのは坪内逍遥のようだ。

坪内は西洋の文学形態の変遷を踏まえ、『小説神髄』で「novel」の訳語としたのだそうだ。

「小説」という言葉は、個人が持つ哲学的概念や人生観などの主張を、一般大衆により具体的にわかりやすく表現して示す「小編の言説」という捉え方から生まれたもののようだ。

君主が国家や政治に対する志を書いたものを「大説」と呼んでいたので、個人の書いたものを「小説」と呼ぶことにしたのかもしれない。

ところで、「小説」と呼ばれるものの中には「物語」と呼ばれるものもある。

「物語」「物」には、昔は、事柄、出来事、道理、筋道、感情、思い、霊的な存在、妖怪といった意味があった。

だから「物語」「(何らかの事柄や出来事)を語った」という意味だったろう。

昔の日本には文字がなかったから、語部(かたりべ)と呼ばれる古老たちが、昔から伝わる「物語」を暗記していてみんなに語って聞かせていた。

文字ができると、「物語」は広く民衆に伝わった。

「小説」と「物語」に違いはあるのだろうか?

以前は、「小説」と「物語」の間には明確な違いがあるとされてきた。

英語では「物語」のことを「story」と呼ぶ。

「novel」や「fiction」と「story」に違いがあるとすれば、呼称が違うだけではないだろうか。

「story」的に「novel」や「fiction」を書けば、それは「小説」や「物語」と呼んでいいのではないか

念のため調べてみると、「“話の展開に内容から導かれる必然性があるもの”が小説であり、“内容とはかかわりなく偶然のつながりによって話を進めてゆく”のが物語」という何だかよくわからない説明が書かれていた。

その説明には、「 言い換えると小説は『虚構の連続性と因果律のある話の構造』を持たねばならないことが条件とされた」と続く。

これまたよくわからない説明だ。

「(現代では)何をもって小説とするかは一概に決めることはできない 」という。

昔はややこしい区別があったが、現在はそんな区別がなく、「小編の言説」だろうが「フィクション」だろうが「新奇な物語」であろうが、何だって「小説」や「物語」と呼んでいいのだ。

私的には、文学書ならみな「小説」や「物語」と呼んでいいのではないかと思う。

「文学」文芸とも言い、言語によって表現された芸術のことである。

芸術的とはとても言えない「小説」」や「物語」もあるが、それは稚拙な「小説」」や「物語」ということで納得すればいい。

ところで、「文学」には、「小説」」や「物語」のほかに詩、戯曲、脚本、随筆、評論などが含まれるという考え方もある。

「エッセイ」(随筆)や評論までをも「小説」」や「物語」と同列にしないほうがいいと私は思う。

せめて「エッセイ」と「評論」は「小説」」や「物語」と区別すべきではないだろうか。