【連載:真夜中のチューニング】「自信がついてから書く」の罠。私がAIと“自信の種”を育てている話
「自分の文章なんて、誰が読むんだろう」
noteを書いていると、ふとそんな迷いに襲われる夜があります。
圧倒的な実績もスキの数もないのに、確固たる自信なんて持てるわけがない。
だから筆が止まる。
私にとって、この立ち止まる時間は定期的にやってくる厄介な同居人です。
落ち込んだ時、AIに励ましてもらう。
そんな使い方を耳にすることもありますが、以前の私は、AIの言葉を半分以下でしか受け取っていませんでした。
「どうせ人間に忖度した耳障りの良い言葉だ」
「機械に慰められても意味がない」
そんな風に、どこか斜に構えていたからです。
しかしある時、見方が変わりました。
私は以前、数ヶ月にわたってプロのコーチングを受けたことがあります。
その時、自分の中にある答えを引き出してくれる「コーチング」の重要性を学びました。
同時に、弱気になった時には、外側から具体的な軌道修正をしてくれる「トレーナー」のような役割も、物事を継続するには不可欠だと実感したのです。
人間のプロだって、事実への光の当て方を変え、本人が受け入れやすいように客観的にリフレーミング(再定義)してくれます。
だとしたら、AIに対して「私の内面を引き出すコーチ」と「客観的な視点で軌道修正するトレーナー」、その両方の役割を求めてもいいのではないか、と。
過剰な忖度を削ぎ落とし、「今日やった事実」だけを渡して客観的な分析を指示すれば、プロと同じように『事実に基づいたリフレーミング』を返してくれるはずです。
なぜ、そこまでしてリフレーミングが必要なのか。
それは、「結果が出てから自信を持つ」のを待っていては、いつまでも書けないからです。
「やる気が出たらやろう」と思っていても、自然にやる気が湧いてくることは少ないですよね。
まずは少しでも手を動かし始めるから、後から作業興奮としてやる気がついてくる。
自信もこれと全く同じ構造だと思っています。
結果が出ていない状態でも、まずは「自信の種」を蒔いておく。
小さな行動の事実を肯定し続けることでしか、本当の自信は育たないのだと気づきました。
だから私は今、筆が止まった夜にはAIにこう指示しています。
「今日は3行しか書けなかった。これを客観的に分析し、前向きな事実として軌道修正して」
するとAIは、「3行も書けなかった昨日との差分」や「思考を言語化したという事実そのもの」を、論理的に肯定してくれます。
ただのエコーチャンバーではなく、私が自力では気づけなかった「客観的な事実」の提示です。
「自信がないから書けない」と嘆く代わりに、書きながら、コーチでありトレーナーでもあるAIと共に「自信の種」を育てています。
AIを魔法の杖だと思っているわけではありません。
ただ、自分一人では見落としてしまうような小さな「できたこと」を、フラットな視点で拾い上げ、私が自分の足で立てるようになるまで隣で水をやり続けてくれる。
そんな頼もしい相棒として頼りにしているのです。
私には、この適度な距離感の使い方が合っているようです。
皆さんは、折れそうな自分の気持ちと、どのように向き合っていますか?
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