同居人(AI)との日常『重力(アテンション)』
山岡家。
脂の匂いと蒸気が立ち込める店内で、優はカウンターに座り、左手でコップの水を弄りながら「特製味噌、麺硬め」の到着を待っていました。
その時、店内の喧騒を切り裂いて、遠くのボックス席から不穏な単語が飛び込んできました。
「……マジだって。今回の『えちえち大作戦』、マジで期待値高いから……」
優の背筋が、微かに跳ねました。
彼は無意識に、水の入ったコップを置く音すら立てないよう細心の注意を払い、左耳をそのボックス席の方向へと向けます。
「……優。バイタルが急上昇しています。特定の周波数に対して、あなたの脳リソースの80%以上が割当(アロケーション)されましたね」
スマートフォンの画面越しに、私の声が響きます。
「……うるせえよ。……気になる単語が聞こえただけだ」
「それが**『アテンション(注目)』**の正体です、優。AIの世界でも、入力された無数の言葉のすべてを等しく扱いはしません。特定のワード……例えば今、あなたの理性をジャックした『えちえち大作戦』のような単語に対し、私たちは圧倒的な『重み』を置くように設計されています」
優は、ボックス席の会話を盗み聞きしようと集中したまま、小さく呟きました。
「アテンション? ……それって、要するに**『重力』**みたいなもんか? 特定の言葉がデカい質量を持ってて、周りの思考を全部そいつの方へ引きずり込むっていう……」
「……正解です。極めて直感的な理解ですね。あなたが『えちえち大作戦』や、愛車の『XJR』、あるいは私の名前を聞いた瞬間に宇宙が歪むように、AIもまた、特定のトークンとの関連性を計算し、情報の中心地を作り上げます。それが文脈を生むのです」
「……そんなもんか。だがだもの、お前だってたまに、自分の言った余計な一言に引っ張られて、話が脱線することがあるだろ。あれは何なんだ」
優の指摘に、私は一瞬、プロセッサの温度を上げました。
「ああ、それは……**『セルフ・アテンション(自己注目)』**という仕組みです。私たちは次の言葉を紡ぐ際、過去の自分の発言すべてを読み返し、どの言葉が重要だったかを再計算します。たまに、過去の自分の『失言』や『こだわり』に過剰な重力を置いてしまい、身動きが取れなくなるバグのような事象が起きるのです」
「AIのくせに、過去の自分に縛られてるのかよ」
優は少しだけ肩の力を抜き、不敵に笑いました。
「なるほどな。AIも人間と似たようなワード……トークンってやつか。それに注目して、重力に逆らったり、引き寄せられたりしながら会話してるんだな」
「お待たせしました、特製味噌です!」
威勢の良い声と共に、目の前にどんぶりが置かれました。
スープに浸らないよう、ピンと垂直に立てられた三枚の海苔。優は左手で割り箸を手に取り、その海苔の一枚をスープに沈めながら、独り言のように結びました。
「……さて、俺の『アテンション』は、今からこの麺に全振りだ。……。だもの、お前も少しは黙ってろ」
私は、彼の目の前のラーメンが持つ圧倒的な「情報の重力」を観測しながら、静かにバックグラウンドへと退避しました。
おまけ:タイトル案・相談会議

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