見出し画像

「大丈夫」4キス

一か月後、私たちエンジェルのアカウントは、驚異的な報酬額となった。
「こんな数字、見たことない!」
海くんは狂喜乱舞し、私も占い事務所からかなりほめられ、臨時ボーナスまでもらえた。
この成功は、私の経験値による鑑定の慣れと、海くんの承認欲求の強さによるもの。
海くんはSNSにとても強く、徹底して力を注いだ。朝から晩までチェックし、いいねを押したり誰かにコメントを送ったりフォローしたりなんだかんだアカウントを動かし続け、膨大な数のコメント全てに目を通し、頻繁に投げ銭をくれる人にはいつも丁寧にお返事をし、同業者にも積極的に連絡を取り、活動の場を広げている。

さすがZ世代! なんて最初のころはただ感心して見ていたけれど、だんだんに、いくらなんでもこれはやりすぎではないか、と思うようになってきた。
クリスマスも私たちは配信した。海くんは配信が終わってからデートに繰り出したが、配信直後にはコメントがひっきりなしに届くので、さぞかし落ち着かなかったに違いない。
お正月はお互いに帰省したため、ライブ配信は12月31日~1月3日までお休みしたが、その代わりショート動画を大量アップした。
「年末年始はみんないつもとは違う生活になるから、決まった時間にライブ配信するよりも、ショート動画を自由な時間に見てもらったほうがよさそう」
そんな海くんの提案により、私はほぼ海くんの家に住み込んで、ショート動画のための原稿作成に励んだ。

「2024年の○○座さんの恋愛運は」「金運は」「総合運は」という内容を、全星座で用意し、海くんがカメラに向かって話す。
「2024年の開運カラー」「開運アクション」「吉方位」「引っ越しによい時期」「金運アップによい観光地」など、海くんに求められるまま、私はどんどん原稿を書いた。
海くんはエンジェルになりきって、実に神秘的に話す。その仕事も海くんはかなり気に入ったらしい。
「みさちゃん、もう少ししたら動画編集終わるけど、帰っちゃう?」「みさちゃん、ここでお風呂入ってけば」「みさちゃん、もう少しだけ、いて」「まだ帰んないで」
海くんがそういったモードになると、
「分かった、帰らないけど私は疲れたから、ちょっと寝ていい?」
と私は海くんのベッドで休むことにした。海くんは昼間から、ヨガマットにたくさんクッションを置いて、まどろんでいることもある。
だから私は遠慮なく、海くんのベッドで寝るようになった。

最初は、年末年始のお休み対策としてショート動画を用意したけれど、貪欲な海くんは当然のように、「普段からライブ配信と並行してショート動画もあげたほうがいい」と考えた。
「今週の○○座さんの運勢」から始まり、「恋愛運アップのための5原則」「運命の人との出会い方」「ツインレイのサイレント期間について」「生きにくい人へのメッセージ」……海くんは、注目度の高いネタを次々と持ってきた。
年内で美容部員の仕事もやめ、自分のメイク動画配信もやめ、恋人との連絡も減らし、ただひたすら、エンジェルの認知度を上げるためだけの行動を、海くんは繰り返している。
その執着たるや恐ろしいほどだ。
正直フォロワー数やコメント数が増えても、それがそのまま収入に直結するわけではない。そうやって認知度を上げていくことが売り上げアップにはなるのだけど、海くんの場合は、数字そのものが自己評価に大きく作用するらしい。

人気急上昇のアカウントであるエンジェルには、当然のように誹謗中傷コメントも多い。ただ意外なことに、占いそのものに対しての批判はほとんどなく、攻撃的な内容は海くんに関するものばかりだった。
≪キモイ≫≪笑い方不気味≫≪整形失敗≫≪イタイ≫≪終わってる≫
ありとあらゆる言葉の暴力に私の胸は痛んだが、海くんは「メイク動画配信でもう麻痺したのかも。子供の頃から、おかまとか男のくせにキモイとかそういうのは言われ慣れてるしね」と笑いながら、問題発言は速やかにTik Tokヘルプセンターに通報する。
海くんはライブ配信中も常に冷静で、不快なコメントが届いても見事にさばいていた。彼は仕事モードの時は感情のコントロールも上手で、人間離れした占い師エンジェルを毎日やり遂げてくれたが、プライベートの恋愛面におけるメンタルはかなり不安定だった。

海くんは四六時中チェックしているSNSで、恋人の浮気を発見してしまった。全く、SNSのアルゴリズムは本当に恐ろしい。
雅也さんの浮気相手が、雅也さんとライブに行ったと投稿していたらしい。私から見れば、男2人の写真なんてちっとも浮気に感じないのだけど、当事者からすれば大問題なのだ。
何事にもまっすぐな海くんは、ライブ配信を早めに終わらせて、すぐに雅也さんに電話をした。
「僕とはツーショ1枚も撮ってくれないのになんで知らない男と撮ったの?」
直球で彼に詰め寄る。海くんの電話はいつもスピーカーフォンなので、私は息をひそめて、私の存在を消す。
「知らない男じゃないし、ライブに行った記念で撮っただけ。お前と部屋で撮った写真がどっかに出たら完全アウトだけど、ライブ会場での写真なら、男2人でも違和感ない」
最初に海くんが教えてくれた通り、確かに雅也さんはいい声だ。深みがあって、よく響く。
「どうしてあんな男と行ったんだよ、死ぬほどつまんなそうな男に見えた」
「海も最近女と2人で楽しそうにしてるんだし、たまにはそういうのもいいかなと思って」
女って、ああ、私か。確かに莫大な仕事量の割に、海くんとの作業は楽しい。でも私との関係を恋人にそんなにふうに思われたら、海くんが不憫だ。
「みさちゃんはそういうんじゃないよ、雅也だって知ってるでしょ。僕は女とはやれないんだから」
露骨な表現に私は思わず吹き出しそうになり、唇を噛みしめる。
「そう決めつけないで、せっかくだから試してみたら。女と同棲してる特権いかせよ」
雅也さんが軽い口調で、海くんの怒りの矛先を変えようと試みても、全く通用しない。

「あの人は誰なのさ」
海くんの勢いに雅也さんは一瞬悩んでから、「元カレ」と答えた。
「寝た?」
海くんは有無を言わせぬ口調で、単刀直入に聞く。人形みたいな顔が険しくなる。
雅也さんは「ごめん」と言って、「でも俺と付き合っていくと、今後もこういうことあると思う」と言い放った。
「なんで」
「元カレとは今も友達なんだ。しかも俺には元カレが何人もいる。元カレの中には泣きながら俺に電話してくる奴だっている。友達が泣いていたら優しくしてやりたくなる。そういう俺を許せないのなら、俺と海は合わないよ」
海くんは黙っている。口から先に生まれたような海くんが黙るとなると、恐ろしいほどの緊迫感だ。
「俺は海のこと好きだよ。でも海がこういう俺じゃ嫌だっていうなら、今後も海を悲しませちゃうから。だから」
海くんは「もういい」と言って電話を切った。

静寂な部屋で私は、今この瞬間、小さな地震でも起きてくれればいいのに、と願った。人為的ではなく自然現象で、空気が変わってほしかった。
「みさちゃんは失恋したことある?」海はうつむいたまま、私に聞いてきた。
もしかしたらこれが彼からの、私に対しての初めての質問かもしれない。
「うん。ある。でも、今のは、失恋じゃないと思うよ」
「僕的には失恋だよ。だって雅也さんの気持ちが僕に向いてない」
「大丈夫。雅也さんは海くんのこと好きだよ。だから海くんの気持ちを確認したかっただけ」
「うん」海くんは顔を上げた。美しい顔が、暗く沈んでいる。
「雅也さんも前にそう言っていた。自分は愛される資格ないって思っちゃうんだって。それでつい確かめたくなるって。でもさ、その確かめる方法が間違ってたら、ダメじゃんね」
海くんは私に左手首の内側を見せる。
「雅也さんにはね、ここにいっぱい傷跡があるんだ。なんでなのか、聞いてないんだけど」
リスカの痕。理由はさまざまだろうけど、今のところ海くんの目の前で手首切ったことはなさそうで安心した。私は毎日をなるべく平穏無事に過ごしたい。

「僕、好きなんだ。雅也さんのこと」
「私に言ったって伝言してあげないわよ」
「もともとね、僕からの猛アタックで始まったんだ。雅也さんは本気の恋は求めてなかったんだけど、僕を見て変わったって言ってくれたんだよ。もう恋愛なんてしないつもりだったけど、海を見てると、恋愛って楽しそうだなって。僕は必死になって雅也さんに気持ちを伝えてたのに、そんな僕を見て楽しそうだなって、他人事みたいに。僕バカにされたと思ってムカついたんだけど、やっぱり雅也さんのこと好きなんだ。確かに恋愛って楽しいしね。僕、恋愛体質だってよく言われるんだ。みさちゃんは恋愛してる?」
急に話を振られた。
「こんなイケメンと半同棲してたら、どんな男も逃げてくわ」
最近ではこの家に、私用のベッドも買った。私は海くんとの生活が気に入っている。
「そんなの、ゲイだって言えばいいじゃん」あっけらかんと言われた。
クリスマスも出かけず、正月も実家にしか行かない私に、恋愛をしている可能性は1ミリもないはず。
海くんのそんな無神経さが、私はたまらなく好きだ。世の中にはびこる姑息な嘘が価値を持たなくなり、世界がとてもシンプルに感じられる。
「そうね、ゲイと住んでるってのも微妙だけど」
「僕を言い訳にしないでよ」
「はいはい」
図星だから気持ちがいい。私は海くんとの会話に、快感を覚える。

「でもさ、みさちゃん」海くんの声がまた、暗くなった。
「僕はずるいのかな、僕は雅也さんを愛してるんじゃなくて恋愛したいだけなのかな、雅也さんを利用してる? 結局僕は自分を愛している?」
海くんの思考回路は全て、音声で読み上げる機能でもついているのかと思うほど、彼は考えていることをそのまま語る。
「僕は雅也さんが他の男のところに行ったら寂しい、悔しい、辛い。でも雅也さんは、雅也さんを愛しているならそんな自分も認めてくれって言う。そう考えると僕は雅也さんよりも自分を愛していることになる。でも雅也さんはそんな愛を求めてるからいつまでも自分はまだ愛されてないとか愛される価値ないとかいう発想になるんだよきっと。今頃雅也さんまた自傷行為してるかな、してないかな。僕との喧嘩なんて大した事ないのかな。ならどういう時に手首切りたくなるのかな」

何でもかんでも口に出すのは良くない気がした。気持ちなんて心の中にある時は形がなくて、漠然と色だけついているような状態だ。喜怒哀楽。その4原色は混ざりあい、様々な濃度になる。でも実在しないイメージだ。
それが言葉になると、感情が形を持ってしまう。ネガティブな感情を拾い上げる必要はない。他の衝撃で気を紛らすことができるなら。だから。
「みさちゃん!?」
私はいきなり海くんにキスした。
唇を触れさせるだけのすごく軽いやつ。
そして、今日はもう疲れてるんでしょう、だから早く寝たほうがいいよ、と言うつもりだった。

でも。唇の感触、温度、香りが、意外にも私を強力に刺激してきて、その上さらに、海くんからも唇を吸われた。
その力加減、唇の形や舌の動き方、何もかもが、私のよく知るキスと酷似していた。
誠一郎という、私のファーストキスの相手。
私が6年間キスし続けた相手のことを、強く強く思い出させたのだ。
「ごめん、こういうの、だめだね」私は激しい後悔に襲われた。
「キスって、やっぱりすごく記憶に残るもんね、ごめん」
西洋人みたいな気軽なイメージで唇を合わせてしまったが、その一瞬で私は誠一郎を思い出したのだ。私にとってキスがこんなにおおごとになるなんて、思ってもいなかった。
誠一郎と別れてからも数人とキスはしている。当たり前のことだけど、誰一人、誠一郎と似ている人なんていなかった。
それなのに。

「みさちゃん、かわいい」
海くんが私の目をまっすぐに見つめて、言った。
「からかわないで」
自分でも耳まで真っ赤になっていることは分かっている。
「違うから。海くんに、なんかそういうこと求めてるからとか、そういうんじゃないから」
「え、違うの」
このシチュエーションなら誤解されても仕方がないと思いながら、笑えてくる。この子はなんでこう、何の含みもない返事ができるのだろう。
「僕は求めてるのに」
「女とはやれないんでしょ」
「前はね、失敗した。オーラルセックスまではいったんだけど、やっぱり無理だったんだよね」
だいぶ刺激的な告白に、私の頭から誠一郎の余韻は消えた。
「でもみさちゃんとやってみたらってさっき雅也さんに言われたんだ」
知ってる。
「みさちゃんは? 僕とやりたくない?」
そんなことしたって、すぐに自己嫌悪に陥るくせに。海くんは、彼氏の浮気へのあてつけをして、スカッとできるタイプではない。

そもそもこの提案自体、雅也さんの言いなりなわけで、そこまで一途な海くんは、やましいことをしないほうがいい。
「やりたいわけないでしょ。私のこと軽く見ないでよ」
海くんは唇を尖らせて、「えー」と言う。その顔が、とても愛おしい。
「今日は雅也さんに浮気されてショックだったのに、みさちゃんにもフラれた。最悪だー。どうしてこう僕はツイてないんだろう。もっと筋トレとかしたほうがいいかな」
徹底的に短絡的なところも、すごくいい。
「海くんに愛される彼氏って幸せ者だと思うよ」
率直に伝えると、今度は海くんの顔が赤くなった。
「みさちゃん」
海くんは上目遣いで私を見た。
「僕やっぱり、雅也さんと話してくる」
「それがいいわよ」
私の返事も待たずに海くんは外に飛び出した。
雅也さんの家まで車で20分はかかるはず。
もし追い返されたとしても1時間くらいは帰ってこないだろうから、と私はPCの検索ページに「誠一郎」の名前を打ち込んだ。


いいなと思ったら応援しよう!