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「大丈夫」10天国での愛

ネモフィラ観光計画は、実にうまく進んだ。
私が「インスタで見つけたネモフィラの丘を見に行きたい」と海くんに言うと、海くんは持ち前の行動力ですぐに予定を立て、雅也さんの都合に合わせて、次の週末に実行することになった。

雅也さんの運転で、助手席に海くん。後部座席に私。車内には雅也さんが好きなメタル音楽が鳴り響く。
「僕はこういうの大嫌い。うるさすぎ」海くんがすねているのは、雅也さんと元カレはライブで出逢った人で、今でも一緒にライブに行ったりするかららしい。
雅也さんといる海くんは、いつもよりずっと甘えん坊で、嫉妬深くて、とにかくかわいい。
「文句言うなら運転代わる?」雅也さんが助手席の海くんを一瞬見て笑う。海くんは運転免許を持っていない。学科で落ちて、嫌気がさしたとのこと。
「みささんは大丈夫ですか? こういう音楽うるさくない?」
「いやけっこう楽しいですねー。これは何ていうバンドですか?」
雅也さんからは、テディベアを連想させる穏やかさが漂っているのに、こんなに攻撃的で騒々しくて、でも豪華で楽しい音楽を好んでいるなんて。
「ラプソディー・オブ・ファイアです。俺の青春を支えてくれてた音楽ですね」
同乗者を眠らせない対策なのかと思うほど、生命力あふれる音楽を聴きながら、海浜公園についた。

入場口に足を踏み入れた瞬間、私は身体が動かなくなってしまった。
そこには、誠一郎がいたのだ。
海くんと雅也さんが何か話しかけてきたけれど、私の耳には何も聞こえてこない。目の前に、誠一郎がいる。
「ごめん、私ちょっと車酔いしたみたいで。少しここで休んでから、ゆっくり行くわ。私のことは気にしないで、先に行ってて」
気が動転しながらも、適当なことを口走りながら、入場口に私はとどまる。
誠一郎が近づいてくる。一見無表情に見えるけれど、唇の端をよく見ると、少し笑っている。私が海くんのためにあれこれ頑張ってたのは、誠一郎に認められたかったからだと、気がついた。

「どうして、いるの?」
誠一郎は6年前より痩せた。眉間のしわが目立つが、以前よりもっと深みのある笑顔を見せた。ひねくれていて挑戦的でありつつ、全てを許すような顔。
「今日が決行の日だと、裕子から聞いた」
「私と話してるところを裕子さんに見られたらどうするの」
私は人から顔が見えないように帽子を深くかぶった。誠一郎が身を寄せてきて、私の背中に手を回す。こうすれば私の顔は誰からも見えないが、誠一郎が女といることは明らかになる。
「今日はカミングアウトデーかなと思って。俺たちのことも」
「笑えない冗談はやめて」
「みさの詐欺力を持ってすれば、何てことないだろう。裕子に何を目撃されたとしても、みさなら何とか取り繕うはずだ」
誠一郎の言葉に私の胸は高鳴った。誠一郎にほめられることが一番嬉しい。
「悪趣味ね。人に見られたい願望があるなんて」
「こんな俺に未練がましいみさも、いい加減趣味が悪い」
私の気持ちが、やはりバレている。これだから、誠一郎はいい。
「そこまで言って頂いているのに申し訳ない、私は今から人助けをしてくるから、誠一郎は幻滅しちゃうかも」

私は誠一郎から離れて、ネモフィラの丘を目指した。
老若男女たくさんの人がいる。外国人も多い。犬の散歩、ベビーカーを押している人。みんなそれぞれ自分の人生に輝きを与えようと、美しい花畑を見に来ている。
≪海くん、今どこ?≫
≪みはらしの丘の真ん中らへん。みさちゃん、具合大丈夫?≫
≪うん、みはらしの丘のふもとで待ってる!≫
≪OK!≫の文字と一緒に、自撮りツーショット写真が送られてきた。青い花が一面に広がる世界に、満面の笑みの海くんと、目を伏せ気味にして微笑む雅也さん。
たくさんの人の笑顔の中で、海くんと雅也さんもリラックスして身を寄せ合っている。このムードなら、ごちゃごちゃした計画などいらないだろう。

私は裕子さんに電話をした。裕子さんの声のテンションもいつも以上に高い。
「念のためにもうカフェに来ているの。だってすごい混雑でしょう、だから早めに来て席を取っておこうと思って」
「さすがですね! 今、海くんと雅也さんがすごくいい感じなので、じゃあもう、みんな一緒に、カフェに行っちゃいますね」
海くんと雅也さんの姿を、青空の下に見つけた。ネモフィラよりもお互いの顔を、見つめている。
天国のような青色いっぱいの世界で、海くんと雅也さんは神に祝福されている。
風にそよぐネモフィラが、2人に拍手を送っているようだ。
「みささん、今日はここに連れてきてくれてありがとう」雅也さんは私に近づいてくると、礼儀正しく頭を下げた。
「いえいえ、運転してくれたの雅也さんだし」
「いや本当に、海と2人で歩きながら幸せで幸せで。これからも海と一緒に生きていこうと決めました」
隣で海くんが、飛び跳ねて喜んでいる。
「おめでとう。2人はこれからもっと幸せになれるよ」
夢見心地な2人と歩きながら、私は「ちょっとカフェ寄りたいな」と自然に誘導し、店内に裕子さんの姿を見つけた。

「あ、みささん!」裕子さんも目ざとく私を見つけ、手を振ってくれる。
そして誠一郎の視線を、店外から感じた。誠一郎のことだからずっと私についてきているのだろう。
裕子さんがもし、私と誠一郎の関係を知ったら、すごく複雑な気分になるに違いない。裕子さんの悩みをこれ以上増やしたくはないから、そこはバレないように気を付けよう。
「あれ? 海くん、お母さんじゃない?」
私が偶然裕子さんの存在に気づいたふりをすると、瞬時に海くんは固まった。雅也さんは即座に踵を返す。
「何やってるの。これからも一緒に生きていくんでしょう」私は強い口調で雅也さんに言ってから、「大丈夫。お母さんを信じて大丈夫。お母さんは海くんと雅也さんのこと絶対に理解してくれるし、絶対に応援してくれるよ。私は占い師だからね、保証する。必ず2人の関係は認めてもらえるから、お母さんのところ行こう」となだめすかした。

ぎこちなくも裕子さんに会釈をして、裕子さんの斜め前の席に座る雅也さん。
視線を誰にも合わせないようにして、泣きそうな顔になってしまった海くんは、裕子さんの前の席に座る。
今は最悪なムードだけど、ここまで来たら何とかするしかない。
「偶然ですねー! おうちからここ近いんですか?」隣に座った私の問いに「ええ」と短く答える裕子さん。
「本当に素晴らしいところだけど、混んでますねー」
「そうなの、全国から人が集まるから。あ、これがメニューで」
その時、海くんと雅也さんの視線が、店外の一点に釘付けになっていることに気づいた。
2人の反対側に座る裕子さんはメニューしか見ていないが、私はそっと2人の視線を追い、心臓が止まるかと思った。

誠一郎が、知らない男性と2人で、手をつないでいるのだ。
一瞬、誠一郎もゲイだったの? という考えが頭をよぎって、いや、これは誠一郎なりのサポートなのだろうと理解した。
誠一郎の努力を無駄にするわけにはいかない。
「今日は、海くんと雅也さんのデートに、私までお邪魔しちゃって!」
極力明るい声を出すと、裕子さんも意を決したように声を出して笑った。
「あら、それじゃあお母さんまで邪魔しちゃって、申し訳ないわね」
「いえ、そんな」雅也さんが首を横に振りながら、「ご挨拶もせずにすみません。いつも海と仲良くさせて頂いていまして」
「そう、こんなね、なんだか間の抜けた子を、ありがとうございます」
裕子さんの言葉に、私も過剰に笑う。
「あはは、海くんは本当に愛されキャラですよね。私もいつも癒されてるし、雅也さんも、ね?」
「はい、その、まあ、海の明るさに、救われてますね」
海くんの顔に少しずつ喜びが広がっていく。笑顔を隠せない口元を、両手で隠しながら、「お母さん」と海くんは上目遣いで裕子さんを見た。

「お母さん、ごめん。僕の好きな人は、男なんだ」
海くんは真っ赤になりながらも、安心しきった表情を見せてくれた。人形っぽさはもう欠片もない。
「お母さんこそ、今までごめんなさい。海のことたくさん、傷つけた」
「ううん、大丈夫」
「お母さんに、本当の海を見せてくれて、ありがとう。雅也さんも、私に会ってくれてありがとう」
穏やかな空気の中、外の誠一郎の様子を伺うと、一人でスマホを見ている。先ほどの男性の姿はない。
≪また人を、お金で買ったの?≫
こっそりLINEすると、
≪韓国人観光客に通訳してあげたら、お礼がしたいと言われて、ちょっと手を繋いでもらった≫
《嘘っぽいな》
《俺がお金を払ってでも欲しいのは、みさだけだよ》
嬉しい言葉に、ついにやけてしまう。海くん裕子さん雅也さんは、すっかり打ち解けて話している。私は所詮、海くんの親代わりのつもりだ。裕子さんと同席する必要はない。
「ちょっとすみません、友達にネモフィラの写真を送ったら、電話で話したいってLINE来ちゃったので、少しだけ席外しますね」

本当に私は電話をかけながら、カフェを出た。
「さっきの韓国人にヤキモチ焼いちゃった」
「仕返しだよ」
「何言ってんの」
プツッと電話が切れたと思ったら、
「俺が海にどれだけ嫉妬していると思ってるんだ」
後ろから誠一郎の声がした。
「ここじゃカフェの中から見えるから」
身を隠せる木々のエリアまで移動してから、私は誠一郎を振り返った。

「私と付き合っても、海くんや裕子さんを傷つけない自信は、ある?」
あえて、「バレない自信」とは言わなかった。隠すことが問題なわけではない。いずれ傷つけない状況になったら、カミングアウトしてもいい。
「それがみさの望みなら、最善を尽くす」
「なんでそうなるの。誠一郎の息子と、誠一郎の元カノのことなのに」
「俺はお前に従うのが好きだからだ。金払いたいくらいお前が好きだが、とりあえずこれ」
誠一郎が私に、見覚えのある封筒を渡した。昔、私が海くんにあげたギフト券だ。
「もしかして裕子さん経由?」
「よく知ってるな。もとは海から裕子に渡されたものらしい。海からギフト券もらって嬉しかったけど、裕子は今までにもいろいろ海からプレゼントされてきたから、たまには俺にあげようと思ったと。母親にこういうのをあげるくらい大人になったんだなと感慨深くなって」
「なら、大事にしなよ。私そんなのもらえない。その代わり海くんの話をいっぱい教えて。誠一郎が裕子さんから聞いた海くんの話全部知りたい。子供の頃のことも最近のことも」
誠一郎は眉根を寄せる。
「火に油注ぐようなことを言うな。お前が海の話をすると、俺はイライラする」
「だから、聞きたいの」

海くんを通して、私は誠一郎を愛する。そして海くんに絡めて、私は誠一郎からの愛を感じたい。
目の前に誠一郎の唇がある。海くんと同じ、唇。私がずっと求めていた、唇。
誠一郎がわずかに顔を近づけてくる。キスの予感。私は指先が冷たくなるの感じた。
この瞬間をずっとずっと待っていた。胸が高まりすぎて、頭がぼんやりしてくるほど、私は自分の唇に全神経を集中させた。
誠一郎の手が、私の腰にまわった。私は誠一郎に引き寄せられた。
と同時に、私は、誠一郎の気を引きたがるオンナになった。
「べーっ」舌を思い切りだして、笑って見せる。待ち焦がれたキスよりもっと欲しいもの。それは誠一郎に気に入られること。
誠一郎が「参ったよ」と肩をすくめて笑って、私は天国レベルの喜びを噛みしめた。


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