「大丈夫」7母親
≪今日は機材不調のためTikTokライブをお休みします≫
とお知らせをしたら、たくさんのコメントが届いた。
海くんの努力の賜物で、エンジェルにはファンが多い。そしてなんと、その中には海くんのお母さんからのコメントまであった。
≪エンジェルちゃんの体調不良ではないですよね?≫
昨日のライブ配信は、雅也さんの浮気発覚直後に行った。お母さんから見れば、いつもの海くんとは少し様子が違ったのかもしれない。
海くんのお母さんとは、今までに三回、顔を合わせたことがある。一度は、お茶を飲みながらTik Tokの話をした。彼女は海くんのためにTik Tokを見始めたらしいが、自分が学生時代に見ていたテレビ番組なども楽しめることが嬉しい、自分の興味のある内容ばかりが出てきてくれてついつい見ちゃう、というようなことを明るく語った。
いつも笑顔を絶やさず快活で、一緒にいるとこちらまで楽しくなるような人柄だ。
海くんのお母さんというのは、誠一郎の元婚約者でもある。
この人は誠一郎の赤ちゃんを産んだんだ。自分でも飽き飽きするほど、私は何度もそれを思った。
裕子さんはいつでも軽やかに、母親業に徹している。
いまだに誠一郎のことを海くんに隠し通しているのは、母親としての覚悟がなせる業だろう。
海くんも開放的に見えて、両親にはゲイであることを隠し続けている。
正直者の海くんでさえも、相手を傷つけないためなら、隠し事をしているのだ。だから私も海くんに、誠一郎のことを隠し続けないといけないと決意した。
裕子さんからのコメントに、エンジェルちゃんは恋の病ですよーと返信するわけにもいかず、でも裕子さんの優しさを無視するのも気が引けて、個別DMにて連絡した。
≪こんにちは。みさです。本当に機材の調子が悪いだけで、海くんは元気なので、心配しないでくださいね≫
≪みささん、連絡ありがとう。よかった。いつかまた、みささんと2人でお話したいなって思ってたんだけど、みささんはお忙しいでしょうし、難しかったら気にしないでね≫
裕子さんの優しさが強く伝わってくる。
誠一郎といたころの私は、自分の能力に自信があった。気遣いも、誠一郎のフォローも何もかも、自分はうまくできていると思っていた。
でも良妻賢母で看護師の裕子さんと比べたら話にならなかっただろう。
まあきっと、それはそれで誠一郎は私のことがかわいかったに違いない、とも思う。仕事に疲れて帰ってきた誠一郎は、うぬぼれの強い若い女の子に癒されていたのだ。
つまり、こういうプラス思考なところが、私の武器。
≪私もぜひお話したいです! もし電話でもよければ、今でも全然大丈夫なので≫
海くんの実家からこの家までは、3時間くらいかかる。わざわざ私と会うために来てもらうのは申し訳ないし、私が一人で海くんの実家に行くわけにもいかない。
すぐに裕子さんから電話がかかってきた。
「最近、海と電話していても、話の半分くらいがみささんのことなんですよ」
「え、恥ずかしい」
「みさちゃんみさちゃんって、海が本当に楽しそうにしてて、もう、親としてはありがたくて」
「海くんは私と関係なく、人生エンジョイしている感じがしますけど」
「そんなことないのよ、本当にみささんのおかげ。でもね、結婚とか、そういうんじゃないって海は言うんだけど、本当にそうなの?」
「んーまあ、今はまだ、そこまではっていう感じですかねー、海くんは若いし」
この返事は裕子さんの誤解を深めてしまうだろう。まずかったなと思ったけれど、裕子さんの望みがありありと伝わってくるから、つい乗ってしまった。
「海はちょっと変わってるでしょう」
「そうですかね……」
「男の子なのにメイクなんかしちゃって、本当子供のころからおしゃれが好きで、女の子の友達が多くて、一時期は本気で、同性愛者なんじゃないかって悩んだくらいだったんだけどね」
私と半同棲することになって、その悩みから解放された、と喜ぶ裕子さん。
あんなになんでも話したがる海くんが、ゲイということだけはどうしても言い出せない件。その苦しみが、よく分かった。
「そうですよね、でも私の大切な友達にも同性愛者がいて、すごく幸せな恋愛をしている人もいますし、人それぞれですよね」
「もちろんそうだけど、海は、あなたという素敵な女性に出会えて、良くしてもらえて、本当によかった」
「それはもちろん、こちらこそって感じなんですけど、あ、でもその同性愛者の友達って、海くんの友達でもあるので、なんていうか、海くんに、同性愛者じゃなくてよかった、みたいなことは言わないであげたほうがいいかもしれないです」
「ええ、そうよね、昔から心配していたせいで、みささんの話が出るたび、海が同性愛者じゃなくてよかったって言っちゃってたけど、今後気を付けないとね」
そんなこと言ってたのか。私は胸がつぶれる思いがした。
「はい、そういうことは絶対言わないでください」
この際、私が同性愛者だっていうことにしてやろうかと思ったくらいだったけれど、そうなると海くんと私の関係が幻だったこともバレてしまうから、我慢した。
夕方になって、海くんはご機嫌なまま帰宅してきた。海くんからは、香水の香りが消えて、シャンプーの香りが漂っている。
「ずっと雅也さんとイチャイチャしたかったんだけど、Tik Tokでいいことがひらめいたから帰ってきた」
意外にも仕事熱心な海くんに、私は噴き出してしまう。これではTik Tokをお休みにしてあげた意味がない。
「いつもの30分の他にもさ、もう1枠作んない? そこは毎日テーマを決めるの。例えば月曜はエロいことについて鑑定しますとか。エロい日はね、もうそうゆう質問ばっか選ぶの。彼と身体の関係になれるのはいつですか、彼に抱かれるためにはどうすればいいですか、彼と私の身体の相性は? みたいなやつね。で、火曜は略奪愛について鑑定します、水曜は片想いに関して、木曜は復縁に関して、金曜は結婚に関して、みたいに」
項目のバランスが悪く、『エロいことについて』だけが異色だと思ったが、「いいね、そっちはもっと料金上げてもいけそう」というと、海くんはすごく嬉しそうな顔をした。
この流れで、私は軽く話してみる。
「そういえばさっき海くんのお母さんと電話したのよ、今日ライブ配信なしってことを心配されて、その流れで」
海くんの顔がこわばるのが分かった。
「お母さん、なんか変なこと言ってなかった?」
「そんなにたくさん話してないから」
「みさちゃんのこと、彼女じゃないって何回も言ってるんだけど、多分、お母さんの願望なんだ。みさちゃんが僕の彼女ならいいのになっていう」
声が低くなった海くんに、「そうね、お母さん、本当に海くんのこと愛してるね」と言うと、
「雅也さんには、誤解させとくのが親孝行だって言われた。それもあって雅也さんは、僕とみさちゃんとの同居が羨ましいみたい。雅也さんは親にカミングアウトしたんだって」と海くんは声をひそめた。
「そうしたらさ、お父さんは、同性愛を治す方法はないか一緒に考えよう、調べてみようって言ったらしい。雅也さんはすぐに実家を飛び出したみたいだけど、自分のそんな経験をふまえて、僕には、絶対親に言わないほうがいいよって、教えてくれたんだ」
同性愛を治す、か。
ひどい親だと言う人もいるかもしれない。でも同性愛だと生きにくいだろう、治せるものなら治してあげたいという心配も、立派な親心なのだろう。
親というのは、本当に苦労が耐えないものだ。
海くんのお母さんも、海くんが生まれる前から今もずっと、大変な人生だなと思う。きっとあの様子だと、本当は海くんがゲイであることに気づいているはず。
それでも認めたくないし、否定してほしいし。
カミングアウトなんて絶対させたくないし。
もしかしたら、この微妙なバランスはいつか崩れて、いつの日か海くんの正体が露呈するかもしれない。
もしかしたら、海くんの出生を海くんが知ることになったり、私と誠一郎とのつながりに、周りが気づくかもしれない。
自然にバレるときはバレてしまうだろうから、バレるまでは言わなければいい。日進月歩のこの時代、難しいことは先延ばしにしておけば、何かの新兵器が解決してくれるかもしれないし。
私は私の親に対しても、その考え方で対応してきて、現在に至る。
私は18歳のときに心療内科クリニックの事務の仕事に就いた。そして3か月後に辞めた。誠一郎との関係が始まったからだ。
でも親には今も、クリニック勤務ということにしている。
万が一、親が私のことをクリニックに問い合わせてきても、誠一郎は邪険には扱わないはず。
なにか問題が起きてしまったら、その時に考えればいいや、というゆるさで、私は今まで生きてきている。
私の母親も「彼氏はいないの?」とたまに聞いてくるけど、「うん」と答えれば、それ以上の会話にはならない。
ちょうどいい距離感で、いつでも私のことを気にかけてくれている。
だから私は過剰に愛を求めないでいられるのかもしれない。
恋愛相談にくるお客さんは全員、愛へのエネルギーが凄まじい。
彼氏からの返信が半日来ないだけで半狂乱になる50代主婦。中学生と高校生の子供2人と旦那の4人暮らし。
好きな彼の一挙手一投足を全て記憶して、逐一相談してくる30代主婦。2才の子供と旦那の3人暮らし。
キャリアウーマンの美人さんもいれば、両親に溺愛されている独身貴族女性もいて、みんなに共通して言えるのは、占いに高額を支払えるくらい経済力があること。
私の占いは30分1万円で、ほぼ毎日相談にくる人もいるし、一度に3時間くらい鑑定する人もいる。誰もがみんなお金持ちであり、恋愛をする余裕があり、長々と相談するほど暇。
つまり占いに来るのは、お金と時間があり、旦那も子供もいる女性が多数。そういった女性が、占い師に相談しないと生きていけないほどの悩みを抱えていて、苦しんでいる。
その悩みが、例えば健康に関することとか、姑問題とか、子育てノイローゼとか、そういった問題ではなく、「女性として愛されたい」「いつまでも男性を魅了したい」「彼氏に大切にされたい」「運命の人と結ばれたい」といった類の願望なのだ。
幸せって本当に難しい。
私は女性として愛されたことはないし、男性を魅了した経験もない。現在彼氏と呼べるような男性もいないし、運命の人なんて探す気にもならない。
お金だって、30分1万円なんてもったいないわと思っちゃうし、旦那も子供も一生縁がないと思われる。
それでもいつも、本気で楽しい。
海くんに隠し事をしていることなんて忘れてるくらい、いつでものびのびとリラックスして生きている。たまに悩んだり無気力になることもあるけれど、短ければ10分くらい、長くても半日もすれば、気が変わる。
もしもメンタルに点数をつけられるのならば、私のメンタルは百点満点を取れるだろう。
