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「大丈夫」2自己紹介

彼のレクサスの助手席に乗り、ふわふわのひざ掛けを使わせてもらいながら、立派なマンションに案内された。
「わーお、海くんもすごいお金持ちなのね」
ウッド調の部屋には、観葉植物や小さな噴水が置いてある。壁には絵画。大きな加湿器からは、甘い香りも漂う。
「まあね! かなりライブ配信頑張ってるから!」
あははっと彼は笑いながら、私のコートを受け取り、ハンガーにかけてくれる。
そしてバッグからおにぎり2つ出し、テーブルの上にミネラルウォーター2本と、ポテトチップス、チョコ、クッキー、いろいろなスナック菓子を出した。
「僕、夕食はお菓子しか食べないから、みさちゃんおにぎり食べてくんない?」
「そうなんだ、じゃあ遠慮なくもらうね」
ペットボトルを開けながら、どこにも毒が入っていたりすることもなさそうだし、と確認した。
「ちょっと着替えてくるから勝手に食べてて」
海くんはウェットティッシュを渡してから、部屋を出て行った。

部屋の奥には、ライブ配信用スペースがある。大きな化粧台に大量の化粧品が並び、その脇に配信用の照明があり、壁には背景用の大きな黒カーテンが目立つ空間だ。
「配信頻度はどうする?」
スーツから、緑の大きめニット+スキニーデニムに着替えた海くんは、どこかピーターパンを思わせる美しさがある。立ち居振る舞い全てが身軽で、空でも飛びそうな雰囲気があるのだ。
「本当は毎日やったほうが稼げるんだけど。僕はほぼ毎日21時から24時くらいまでの間で30分くらい、やるようにしてるんだ。
夜に30分くらいなら余裕で作れるし、どうしても用があるときは、撮りだめしてた動画を投稿したりとか、別のアクションを起こして、ファンを逃さないようにしてるんだけど。だいたい稼げる人は2日に1回はやっているのね。みさちゃんの都合はどう?」
「私はここに毎日来ることはできるよ。基本チャット鑑定しかしてないから、自由なの」
「じゃあ決まり! 毎日やろう」

私がおにぎりを食べている間に、海くんは占い師エンジェルのTikTokプロフィールをほぼ完成させた。
「毎日20時から23時くらいまでの間にライブ配信しま~す!
チャット鑑定でのべ10,000人超えの鑑定を誇るエンジェルが、ついにTikTokライブに登場! 
投げ銭は……」
占いサイトの私のプロフィールを見ながら、彼は占い料金なども上手に決めていく。
まさにZ世代ってやつだなあ、と思いながら、いくつなんだろう、と年齢を聞いてみたくなった。でも、年齢の話になると自分のことも言わなければいけなくなりそうで、躊躇した。
私は30歳という年齢そのものが嫌なわけではなくて、彼から見てかなり年上になってしまうだろう、というところが、引っかかる。

そこで、ひらめいた。
「そういえば海くんの彼氏さんってどんな人?」
「けっこう体格がよくて、たまにダイエットして少し痩せるけど、すぐ戻っちゃうみたい。でもそれがなんかかわいいっていうか、包容力あるっていうか、うん、一緒にいるだけで幸せになれるんだ。あと声がかっこいいの。すごく響くの。歯並びもよくてね」
うっとりした顔で説明してくれる海くんこそとてもかわいかったが、私は自分の質問の仕方が悪かったと反省した。
「お仕事は?」
「会社員。だからあんまり休みが合わないんだよねー。僕の休みは不定期なんだもん。TikTokでもっと稼げたらデパートなんてやめるんだ」
「そう、彼氏さんいくつなの?」
「30歳!」海くんは彼氏さんの写真を見せてくれた。ふっくらとした頬で、優しそうに幸せそうに笑っている写真。
「すごくいい人そうね。30なら私とタメだわ」彼氏と同い年ならイメージいいかも、と思って、あえて自分の年齢を言ってみた。
「えーみさちゃん若く見えるね! 肌きれいだし」
「海くんはどっからどう見ても若いけどいくつ?」
「23歳!」
「じゃあ結構年齢差カップルだ」
「年なんてどうでもいいよ、普段全然気になんないもん。よかったらこれ後で使って」
海くんはマウスウォッシュを持ってきて、「あとトイレはあっちね」とさりげなく示す。
じゃあ、と私は立ち上がり、マウスウォッシュで口をゆすいだ。

何から何まで気が利く。年上の彼氏にもこうして尽くしているのだろうか。なんだか昔の私を見ているみたい。私の相手は22歳年上だったから、実際は全然違うけど。
私は18歳の時に、40歳の医者と付き合った。私は小説家を目指しているふりをしていて、小説をこよなく愛する彼に気に入られた。彼はさまざまな小説に関しての意見を語り、私は7割ほどの割合で反対意見を言い、でも最終的には「誠一郎の言う通りね」で切り上げることにしていた。

「今日もメイク配信するんでしょ?」
「できたらね」
「じゃ私はそろそろ帰ろうかな」
時計を見ると20時を過ぎたところだった。
「えー寂しいな。僕、明後日休みだから、明後日テスト配信する?」
海くんは車のキーを手にして立ち上がった。私を家まで送ってくれるらしい。
「うん、分かった。あ、海くん、デパートってJCBギフトカード使えるでしょ? これこの前もらっちゃったんだけど、私あんまりデパートで買い物しないから、よかったら使って」
スマホ乗り換えのキャッシュバックでもらったギフトカードが5000円分残っていたから、渡した。
「えーマジで? いいの? ラッキー!」海くんは両手でギフトカードを持ったまま、飛び上がって喜んでいる。

23歳のテンションってこんなだったか。それとも演技か?
私がもし海の立場だったら、この5000円で私へのプレゼントを買う。私はいつも、誠一郎からもらったお小遣いで、誠一郎へのプレゼントを買ったものだ。
「みさが欲しいものを買いなさいよ」と彼は口癖のように言ったが、
「だってAmazon見てたらこのタブレットケースが出てきて、欲しくなったんだもん。本革なんだよ。誠一郎に似合うじゃん」
18歳の私はそんな調子で、誠一郎から毎月30万円もらう生活が、6年続いた。お手当がもらえることで自分に自信が持てるし、不愉快なことがあっても許せる。心理学の教科書には、何も与え合わなくても、そばにいるだけで安心できたり癒やされたり、エネルギーをもらえるような存在を作ることが大切、と書いてあり、私も占いの相談者相手には、そのようにアドバイスする。
こちらもまた、お金を頂いた上での発言なのだから、私のゆがんだ思想を押し付けてはいけない。多くの人々にとって有効とされる精神論を伝えないといけない。

23歳で私はチャット占い師を始めた。それがとても順調に進み、月収70万円になったとき、誠一郎との付き合いには魅力を感じなくなった。
それまではほぼ同棲していたのに、だんだんに自分の家で過ごすようになった。占いで稼いでいて、ばつが悪くなったこともある。
誠一郎に呼ばれても仕事を理由に断る事が増え、誠一郎は私の浮気を疑うようになり、24歳の時に別れた。
浮気を疑われたことで、逆に、私は誠一郎しか男を知らないなんて不健全なのかもしれない、と思った。
誠一郎と別れてから一応、出会い探しをしたりもした。出会い系サイト、交流パーティー、街コンの類。
参加すればそれなりに楽しいし、女友達も増えるけれど、自分がいい加減なプロフィールで参加していたせいもあって、相手のことも何一つ信用できず、心を開ける相手には出会えなかった。

その頃収入はますます伸びて、月収150万円以上稼げるようになっていたことも、出会いに消極的になる要因の一つだっただろう。
収入を期待されるのは嫌なので、私は月収40万円で登録していた。
登録職業は心理カウンセラー。
どうせ相手の正体も目的もなんにも分からない。お金が発生しない人付き合いは苦手だ。お金をもらったり払ったりする相手のほうが、安心できる。
もしかしたらあの頃から、私の夢はいつか、愛人を囲う側の人間になることだったのかもしれない。

海くんは、何一つ秘密がないかのように、よく喋る。
帰りの車で、私は海くんのプロフィールを一通り書けるレベルの情報を得た。
TikTokで自分の顔をメイクしている時が一番自分らしくいられること。
恋愛をしていると自分が自分ではなくなる感覚になること。
恋人とはゲイの出会い系で知り合うこと。
恋人には重いと言われがちなこと。
高校卒業までは実家で両親と仲良く暮らしていたこと。
お母さんは看護師さん。お父さんは介護士さん。一人っ子。
家族にはゲイであることを言う気はないこと。
「近親相姦するわけじゃあるまいし、カミングアウトする必要ないかなって感じ」
海くんは明るく言っていたが、初対面の私にはもっと、カミングアウトする意味なんてなかったと思う。

ここまで一気に自己紹介をしてくれるのは、生まれつき開けっ広げな性格なのか。
それとも実家では隠し事があったから、その反動なのか。
あるいは、私がまだ海くんを信用しきれていないことを、どこかで察しているからなのか。
すべて偽のプロフィールなのか。
分からない。
私はかなり勘が鋭いほうで、直感的に「海くんは大丈夫」とは感じている。
でも本当に自然体な子なら、こんなに整形しなくてもいいような気もする。
ただこれは完全なる美容整形で、ライブ配信でもビフォーアフターを見せてくれたり、整形の内容も具体的に話してくれたりするのだから、やはり整形に関しても正直ということかもしれない。 

翌朝海くんは、それはそれは美しい自撮り写真を送ってきた。
「エンジェルのプロフ写真、これでどう?」
「悪いわけがない。メイク動画のほうとも違う印象受けるし」
「うん、あっちはセクシーさが売りだから、色使いも多めにしてるし、艶感を出してるけど、エンジェルのほうは神秘的にしようと思ってリップを薄くして、眉と目は寄せ目にしてグレーのカラコン入れたんだ」
海くんはLINEも長文でくるタイプ。
「さすがだねー」細かいところはほぼ読まないまま、私は海くんの写真に見とれる。

昨夜海くんと別れてから、海くんの投稿動画をいくつか見た。
顎にはボトックス、目も鼻も整形していて、この後ほうれい線もとる予定、というようなことを、くったくのない口調で話していた。
親はどんな器量なんだろう、とふと思った。そして親とのつながりは今、どのくらいあるのか。
私の両親は、今の私について何も知らない。悪いのは完全に私だ。
両親は私のことを、心療内科クリニックの事務スタッフをしていると思っている。実際私は18歳でその仕事を始めて、誠一郎に出会った。そしてすぐにクリニックの事務はやめた。
23歳からは占い師一筋だ。でも占い師なんて仕事は我ながら怪しすぎて、両親に告げるのはどうにも気が引ける。

私の占いにおいて、占いの知識は活用していない。占い師の資格を取得した直後、本当の鑑定結果を伝えていても稼げないことを、私は悟った。
たいていの相談者は、鑑定をしてほしいわけではない。自分の願望をひたすら肯定してほしいだけだ。
「私は韓国アイドルに恋をしています。この前ライブで5列目の席だったから、目が合ったんです。私は韓国語話せないけれど、彼と結婚できますか?」
「職場の同僚と一度も話したことがないけれど、お互いに両片想いの感じなんです、でも彼は変な女につかまって結婚させられちゃったみたいで、彼は私と結婚したほうが幸せなのですが、いつ私と彼は結婚できますか?」
どれもこれも強烈な相談が多くて、「住む世界が違う人との結婚は難しい。韓国語を話せないで結婚しても結婚後に苦労すると思う」なんて返事をしようものなら、
「それじゃ占いができていない。私の親でも言えるようなことを言っている。こっちは金払ってるんだからちゃんと占いしてください」と苦情がくる。
つまり、「お金出しているんだから、私が言われたいことを言ってください」というわけだ。

これなら、実は私の天職である。
「そうですね! あなたが韓国語の勉強を頑張れば、あまり韓国語を話せなかったとしても、彼と結婚はできますよ」
(勉強を頑張れば、のところに、保険をかけている)
「確かに彼は今の結婚生活に苦しんでいますね、彼の様子を見ながら、よきタイミングで彼との関係を深めていけると、あなたたちは幸せに結ばれるでしょう」
(彼の様子を見ながら、のところに、保険をかけている)
これでもし、まだアイドルと結婚できない! と言われれば「もっと韓国語の勉強を頑張ってみましょう」だし、まだ彼と結婚できない! と言われれば、「彼は気分の浮き沈みがありそうなので、彼の様子を見ながら、もっと距離を縮められるといいですね」というような返答ができる。
こんな手法を自分なりに身につけていって、私は占い師として成功した。


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