「大丈夫」3占い師
結局海くんは翌日、デパートの仕事を休んだ。
「早くみさちゃんと準備始めたいから休んだんだけど、何時ごろならうち来れる?」
「そっちで私がチャット鑑定してても気にしないでくれるなら、何時でもOK」
「なら今すぐ迎えに行くね」
10分後に海くんは現れた。私はレクサスに乗り込み、移動中はまた海くんとのお喋りを楽しむ。
「海くん、急に仕事休んじゃって大丈夫なの? 仮病使ったの?」
「ちゃんと、新しい仕事のための準備をしなくちゃいけないから休みますって言ったよ。急に休むのは申し訳ないとは思ったけど、事情説明してね。昨日の夜から動き出した新しい仕事の話があって、今日もそっちに時間を使いたいから、すいません休みますって言った。Tik Tokはタイミングも大事だからね。スタートさせる時に準備したほうがいいことも、山ほどあるんだ。そういう時に、中途半端に化粧品売りに行ったってさ、どうせ化粧品のほうはもうすぐ辞めるんなら、意味なくない?」
「辞めちゃっていいの?」
「うん、化粧品なんて誇大広告ばっかりでさ、うんざりなんだ。これを使えば女優級の美肌だの、史上最高の美しさになれるだの、そんなのありえないじゃん。誇大広告って虫唾が走るんだよね。そんなことで辞めちゃだめだってお母さんに言われて、今まで我慢してたんだけど。嘘だらけのポスターに囲まれて、僕はもう窒息寸前って感じ」
そんな海くんの言葉に、私流の占いはダメかもしれない、と思った。相談者の願望を汲み取り、肯定し、ご機嫌をとる占い。私のズルがバレたら海くんは、新しい仕事もダメだ、とがっかりするだろう。
私はかなり強引に、相談者をアゲる鑑定ばっかりしているけど、大丈夫だろうか。海くんの純粋な心を傷つけるのは避けたいから、なんとか私の占いスキルを信じこませないといけない。
少し不安になったが、海くんの家に着いて、甘い香りを吸い込むと、勇気が出てきた。
「私は本当にね、鑑定中、天使からのメッセージが聞こえるの。そのメッセージは、私の考えとは違うことも多いんだけど、私は天使からのメッセージを伝えるのが仕事だから、自分の意見ははさまないようにしてるのね。例えば、海くんが仕事辞めちゃうのは、私としては不安。でも天使から、海くんは今の仕事を辞めても大丈夫です、新しい仕事でうまくいきますってメッセージが届いたら、私は自分の意見ではなく、天使からのメッセージを海くんに伝えるの」
「すごいね! ねえ、天使の声ってどんな声なの? 高い声?」
「えっと、耳から聞こえるんじゃなくて、心で聞く感じだから、高いとか低いとかはないかも。例えば漫画のセリフとかも、実際に聞こえてこなくても、心の中には聞こえてくるでしょ?」
「そっか。でも僕だったら、天使よりもみさちゃんの意見のほうが知りたいな。天使ってどこの誰? って感じだし」
とにかく海くんは素直だ。いつでも、考えていることがそのまま声に出てくるみたいで、かっこいい。
「だからみさちゃんに聞きたいんだけど、僕、化粧品の仕事辞めて大丈夫だよね? Tik Tok成功するよね?」
誘導尋問のような質問になってしまうのも、海くんの思考がそのまま会話になっているから。肯定してほしい気持ちがありありと現れていて、私は笑った。
「うん、大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫」
本当に私には、このエンジェルの活動はうまくいくという予感があった。
Tik Tokライブ配信のコメント欄は、二人それぞれのスマホで読める。
私はカメラに映らない位置で、ワイヤレスキーボードを使って、海くんのセリフを打ち込む。
私の文章は、海くんの目の前に用意されたタブレット端末に表示される。海くんはそれを読み上げるだけでいい。
「のあちゃん、こんにちは。はい、昨日の夜、彼と喧嘩をしちゃったんですね、それで、今もまだ既読がつかない。彼は今、私をどう思ってますか? 私はこれから彼と、どうなっていきますか? はーい。分かりましたっ、ではエンジェルオラクルカードの声に耳を澄ませてみますね」
海くんは優しい声で相談内容を読み上げてから、目を閉じ、細長い指でしなやかに、オラクルカードをシャッシャッシャッとシャッフルする。
このカードを切る音が大事だと、占い事務所に言われている。
AIがこのカードシャッフル音をキャッチすると、TikTokを見ている占い好きの人のところに、≪現在鑑定中の占い師≫として、おすすめ表示されやすくなるらしい。
AIの仕事ぶりは本当に恐ろしい。
ネットそのものに凄まじいエネルギーがある。そのエネルギーに飲み込まれてしまうと転落人生もあり得るし、そのエネルギーをうまく取り入れられれば、一攫千金が現実的になる。
私の回答がタブレットに表示されると、海くんは「のあちゃんに送るメッセージはこのエンジェルからのメッセージ。希望のカードです」とカードをカメラに近づける。
このオラクルカードは私がオーダーメイドして作ったものだ。「希望」「願望成就」「成功」「幸せ」「結婚」「夢叶う」「愛」「笑顔」など、おめでたい言葉ばかりが並ぶ。
どのカードが出ても相談者が喜ぶように、作られている。
「のあちゃん、大丈夫です。彼は今ものあちゃんのことばっかり考えているし、のあちゃんへの愛でいっぱいです。昨日のことも本当は自分が悪かった、と思っているみたいです。でも彼は不器用さんみたいで、素直にのあちゃんに向き合うまでには、時間がかかってしまうみたいなんです」
海くんの語りかけに≪そうなんです、彼、不器用なんです≫と相談者のあちゃんがコメントを送る。
「そうですよね、彼の不器用さは理解してあげて、もう少し待ってあげられるといいと思いますよ」
≪彼からいつ頃返事来ますか?≫
「早ければ今日中に、遅くても今週中に来るでしょう」
≪そうなんですね! よかったです! ありがとうございました!≫
のあちゃんは事前に鑑定料を払っているにも関わらず、鑑定後にも投げ銭をくれた。
こちらが請求していない投げ銭を、お礼として払ってくれる相談者はかなり多い。お布施感覚なのだろう。
みんなどうせ独自のやり方だ。Tik Tokでの占いなんて、まだほとんど歴史のない世界。誰もがマニュアルもなく、自分がいいと思うように動いている。現代的で良い世界だ。
配信者も閲覧者も、自然に、自分のやり方で生きていく。
