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「大丈夫」5秘密

私が誠一郎に出会ったのは2011年。
彼は地方で働いていたけれど、震災の関係で状況が変わり、都内に引っ越してきた、と言っていた。
彼は心療内科クリニックで勤務しながら、自己啓発書の執筆をしていた。
3冊出版し、心療内科の専門医としての箔をつけていたけれど、過去の話はとても胡散臭かった。だからこそ私は、彼の過去に触れないようにしてきたし、極力興味を持たないように努めてきたのだ。
彼の過去を詮索したことは一度もなかったが、今は検索の手が止まらなくなった。田中誠一郎が過去に関わってきた病院が2つ出てきた。2011年までいたのは、茨城にある小さなクリニック。どうやらそこに2000年から勤務していたらしい。
そのクリニックのfacebookの写真を見ていくと、新しい先生紹介として、若い誠一郎が写っている。
2000年! 私の鼓動は高鳴る。ミレニアムとかはどうでもいい。2000年というのは、海くんが生まれた年だ。
誠一郎がそのクリニックに入った年と、海くんが生まれた年が一致している。
それがなんだ、という気持ちは強い。2000年に仕事を始めた人も、生まれてきた人も、当たり前に多い。だから気にすることはないと自分に言い聞かせながら、今度は「2000年 茨城 心療内科 事件」を検索してみた。
無関係な記事ばかり出てくる。
年数を1999年に変えてみる。すると、衝撃的な見出しが出てきた。
「T市立病院、心療内科受診の帰りに自殺」
コメント欄には、それを担当した医師は研修医だったらしい、という情報もある。
当時、誠一郎は27歳くらい。研修医の年齢ドンピシャ。
だから何だっていうの。誠一郎と同い年の医者なんてごまんといる。暴走する頭を、抑えようとする心の声。
海くんもたまたま、茨城出身ではある。でもお父さんは介護士と言っていた。誠一郎は心療内科の医師なんだから、介護士とは関係ないはず。

占いをしていると、世の中の人はなんて思い込みが強いんだろうと思わされることも多い。
事実は白なのに、勝手に黒と信じてしまうような相談者ばかりで、真実は人の数だけ存在するように感じることもある。
でも真実はひとつだ。海くんのお父さんは介護士で、よくエンジェルのTik Tokも見てくれている。海くんのメイク動画も欠かさず見ていたらしい。
海くんのご両親はとても頻繁に連絡をくれるし、私の存在も知っている。それはまあ、海くんがどんなことでもベラベラ喋るからという理由だけど。
海くんのご両親は常に海くんをあたたかく見守っていて、海くんの性的思考に対して、特に探りを入れたりすることもない。親子関係は実に良好だ。
でも胸騒ぎが大きくなりすぎて、私は悩んでいても意味がない、と動き出した。この際だから誠一郎本人に聞いてみよう。

誠一郎とは6年間、音信不通だ。
電話つながるかな、と不安になったが、彼はすぐに出た。
「間違い電話かな」
6年ぶりに聞く彼の声は、昔と同じように笑いを含んでいて、私はその一言にきゅんとした。
「今も私の番号を連絡帳に残してくれているなんて光栄です」
私の名前が彼のスマホに表示されているから、彼は電話に出たのだ。その事実が私を喜ばせる。
「若い子が近くにいないとスマホの扱いもうまくできなくてね」
だから消してないだけ、という意味の返事に、私もスイッチが入る。
「今のお相手は熟女?」
「よく言うね、さんざん俺の事ロリコンって言ってたくせに」
誠一郎との会話は常に緊張感が漂う。突然の電話でも、今お話ししても大丈夫ですかとか言ったら負け。
「あの後、心理学の『ロリータコンプレックス』を読んだわ。日本に初めてロリータコンプレックスって言葉が上陸した本らしいよね。少女が中年男を好きになるっていう、普通とは反対の意味でロリコンが使われてて、悔しかった」
「そこで悔しいというのは、また随分とまどろっこしい告白で」
鼻で笑われたから、私の闘争心に火が付いた。
「誠一郎に、子供はいる?」
甘い告白の後に、爆弾を落とす。海くんの影響だろうか、私史上最強の単刀直入で聞いてみた。
誠一郎の唾を飲む音がする。
「戸籍上はいない」
「遺伝子的にはいるってこと?」
「海はみさの操り人形なのか」
「え?」
予想外の言葉に、私の理解は追いつかない。

「見てるよ、エンジェルの占い。
海の話す内容がいやにしっかりしているし、どこかで聞いたような思想もあるし、かなり心理学に通じてるから、海の言葉じゃないことはわかっていた。
天使からのメッセージをお伝えしているっていう文章がプロフィールにあったね、みさが天使とは、海も贅沢な奴だ」
「ちょっと待って。えっと、何をどう確認すればいい?」
私の連絡帳に登録されている誠一郎が、海のTikTokをよく見ているから、私のアカウントにも海が表示されたのかもしれない。TikTokのアルゴリズムは怖いな、と思った。
「みさはいつどうして気づいた? 海が、俺の存在を知ったのか?」
誠一郎は海という名前を呼び慣れている。たぶん23年間ずっと海を気にかけているからだ。
6年前のあの頃、海くんは17才。12年前のあの頃なんて、海くん11才。
「そうじゃない。海くんは、何も知らない。私がふと、似てるなって思って」
動揺している心に、誠一郎のキスもよみがえってきて、声が上ずってしまう。
「あいつはかなり整形してるのに? しかも顔が似てるだけで、俺とのつながりを考えたりするかね」
「声も、似てるなって」
「顔と声。それだけ?」
誠一郎の下卑た声に、どうしようと思った。誠一郎は私と海くんが身体の関係を持っていると考えているのだろう。そのあたりのことを、答えさせたいらしい。
「あとは、好きな相手に一途なところ」
「まさかのノロケか」
「だといいんだけどね」
私は自分でも驚くことに、いつの間にか涙が出ていた。
当時、誠一郎の女性関係は気にならなかった。誠一郎がどんな女性と繋がっていたとしても、私には私にしかない面白味があると自信があった。私より美人な人も優しい人も頭がいい人もたくさんいるだろう。
でも私は誠一郎に求められている。毎月お金をもらえている。それが大きな安心感に繋がっていたのだ。

それなのに、実の息子がいたなんて。血のつながった息子にも、その母親にも、私が勝てる要素は一切ない。誠一郎の心にはいつも息子の存在と、元婚約者の存在があったことを悟り、私はショックだった。
「誠一郎とあの子の母親は、今も繋がってるってこと? その人から海くんのTik Tok情報とかが、誠一郎に流れてるわけ?」
「そう、海の母親は裕子というんだが、裕子は親切でね。別れた後も俺のこと気にしてくれるし、息子の様子は定期的に教えてくれる。息子がTik Tok始めたときもすぐ連絡くれたよ」
「私と付き合ってる時も、裕子さんと繋がってたわけね。それで海くんが小学校卒業したなとか、中学校の部活はどうしてるとか、私の相手するのと同時進行でそんなこと聞いて、父親気分も味わってたわけだ」
こんなことを言いたいわけじゃない。当時から誠一郎に隠し事が多いことなんて分かっていたし、私は過去に興味なんてない。あの頃誠一郎が女として愛していたのは私だけで、それは日々強く感じられてたのだから、そこに不満は一切ない。
でも、心がかき乱されて、ついどうでもいいことばかり口走っている。
「本当のパパがこっそりパパ活してる話は多いけど、まさかパパ活メインで生活しながらこっそり本当のパパもしてたなんてね。誠一郎のことまた見直しちゃったわ。あ、もしかしてうちらみんな近所に住んでるのも関係あるわけ? 海くんは誠一郎の近くに住むように仕組まれた?」
「ああ正解だ。6年間でさらにパワーアップしたな、みさ。どれだけ海が一途になったって、お前はあんな子じゃ、物足りないだろう」
誠一郎の声が満足げに響いている。私はこんなに取り乱しているのに、誠一郎は余裕綽々なんて、悔しくてたまらない。

「海くんが一途になってる相手は、男よ」
海くんが親に言っていないことは黙っていようと思っていたのに、誠一郎に勝ちたくて、つい口走った。
「看護師のお母さんにも、介護士のお父さんにも内緒にしていることだから、絶対言わないでね」
「悪いけど俺はみさのことを裕子に話すつもりはない。従って海の新情報を俺が入手したなんて話はしない。そこは安心してほしい」
「そりゃそうよね、当時から息子の存在も私の存在も完璧に隠続けてたんだから」
私の嫌味はどうしても止まらない。誠一郎はため息をついた。
「いい加減にしてくれよ。そんなことより、海は、実の父親は違うって、本当に知らないのか?」
「うん、全く知らない。裕子さんがかなりのつわものなんでしょうね、海くんが物心つく頃には完全に介護士のお父さんがいたわけなんだから。それとも何? まさか介護士のお父さんも自分が海くんのお父さんだと思ってるパターン? 誠一郎は遺伝子だけ提供しちゃったパターン?」
「介護士の彼も全てを分かった上で父親になってくれたパターンだよ。裕子の妊娠6か月の頃、初めて俺が担当した患者が、診察の帰り道に飛び降り自殺したんだ。警察にさんざん絞られて、刑事的な責任は問われなかったが、その患者の家族が俺のこと人殺し呼ばわりし始めてね。こんな親のもとに子供が生まれてきたらかわいそうだと思って俺は身を引いた。幸いにも入籍はまだだったし、式も出産後に挙げる予定だったからね、裕子も子供のためを思って、俺の提案に従った。婚約破棄して、2人ともその病院をやめて、裕子は新しい病院で出会った介護士と結婚。海が2歳の時だ」
ネットで見つけた情報は、やはり誠一郎のことだった。どうしても私は、勘がいい。「その介護士の狙いは?」
「そんなこと知らん。さしずめ、人助けが生きがいなんだろう。この事を海に言うかどうかは、みさ次第だ。海を身近で見ている君の判断で、何か俺もしたほうがいいことがあれば、いつでも言ってくれ」
この上なく無責任で最低な男だと思った。海くんを真似て「もういい」と私は電話を切った。

あいにく海くんは極端に隠し事を嫌う人だ。
海くんが隠し事を嫌う性格でなければ、私は迷わずに、隠し続ける。海くんに真実を伝えるメリットはないから。
でも海くんは病的なほどに、嘘や隠し事を嫌う。だから万が一、この先私が誠一郎と海くんの関係性を知っていたとバレたら、海くんは私のことを許さないだろう。
海くんの両親に対しても、その出生に関することそのものよりも、ずっと介護士さんが「本当の父親のふり」をしてきたことに対して、海くんは怒るだろう。でも私が今教えてあげれば、私が責められる要素はない。
私の心の中には「海くんに嫌われたくない」という本音があることに、気づく。
さてどうしようか。私は海くんを守りたい気持ちもある。誠一郎の子供だと知ったせいか、海くんに対しての母性が溢れているのかもしれない。
私はふーっと息を吐いた。
今悩んでも結論が出るとは思えない。とりあえず考え事は保留にして、今日のところは寝ちゃおう。
難問は後回しにしておくことが、私のモットーだ。


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