「大丈夫」9準備
海の電話も終わったらしく、「雅也さんね、コインランドリーに行ってて、乾燥待っている間が暇だからって電話くれたの。冬用のシーツを洗って、今日からは冷感シーツに変えるらしい。でもまだ冷感は寒くない? あったかくもなく寒くもない、普通のシーツも必要だよね」と、『今日の雅也さん』報告が始まる。
私は一応掃除をしながら、
「そういえば雅也さんって映画に詳しいよね? 最近のお客さんで、占いが取り上げられている映画の話をたくさんしてくる人がいてね、雅也さんにちょっと情報頂きたいなって思ってるんだけど」
まずは雅也さんともっと話さないと、と思って話を振ってみると、
「じゃ、明日の夜、ここに呼ぶ?」
海くんは即座にLINEをし、雅也さんからも即座に返事が届き、「明日仕事終わったらうち来るって!」と海くんは目を輝かせた。
翌日、雅也さんはクッキーの詰め合わせとチョコレート2箱とマシュマロを持って、来てくれた。全て海くんの好物だ。
雅也さんはとても姿勢がよくて、終始穏やかで、おっとりしていて、海くんが惚れるのも納得がいく。
「いつも雅也さん情報を海くんから聞いているから、私もお友達気分になっちゃいます」と言うと、「俺も全く同じです」と雅也さんは笑った。
「海から、みささんは英語も話せることとか、掃除好きなこととか、ヨガが得意なこととか、聞いてますよ」
「きっと私の悪口は、その10倍くらい聞いてるんでしょうね」
私たちの隣で海くんは、ニコニコうなずいている。
みんなでお菓子を食べながら、私は雅也さんに言う。
「私が海くんからよく聞くのは、雅也さんにコソコソされてて寂しいってことかも。ツーショットもダメ、夜でも手つなぎデートはダメ、ペアルック系、お揃いもダメ。
もちろん、雅也さんの社会的な立場もあるでしょうから、海くんのリクエストすべてに応えることはできないと思いますが、なぜそこまで徹底しているのかなと思ったりもしてて」
私の非難をしっかりと受け止めたらしく、雅也さんは頭を下げて「すみません」と言った。
「その理由は、まず、会社など表向きは、完全にストレートのふりをしているからです。俺は子供のころからずっと、自信がなかった。ゲイであることに関して、俺は間違っている、他の子とは違う、でも誰にも相談できない、そういう気持ちが昔からありました。
大学ではゲイであることをひた隠しにしましたが、周りもみんな若かったせいか、女性に興味がないことがバレて、明らかに浮いてしまったりして。
就職を機に、自分は完全にストレートのふりをすることにしたんです。会社ではいつも、彼氏のことを彼女と偽って、周りに話してます。海のことも、また彼女から電話で……みたいに言ってます」
雅也さんの身体は大きいのに、すっかり小さくなっている。
「そのおかげか、会社ではゲイとバレずに、今まで無事に過ごせています。
ただストレートのふりをすることって、意外と難しい。だって、私はストレートですなんて、わざわざ誰も自己紹介しないじゃないですか。
それで俺のやり方としては、恋人と付き合っているアピールをさりげなくすること。それはつまり、彼氏と常にラブラブでいないといけないというわけです。職場の人間にわざわざ恋人の写真を見せたりする必要はないですが、恋人からの電話だとか、恋人からの影響だとか、なにかそういった恋人の存在を醸し出す必要があるのです。
でも今までの恋愛を振り返ると、倦怠期が来たらもう連絡は減るし、取り立てて変わったことも起きなくなってしまって。職場で話せるようなことはなくなってしまって。
そうなると俺は不安になるんです。最近恋人の話題ができてない、ゲイだとバレたらどうしようって。そんな気持ちだと、彼氏との関係もぎくしゃくしてきてしまうもので、俺はどんどん新しい出会いを求める傾向にあるんです。
恋愛には真剣に取り組んでいるのですが、その恋愛を利用して、社会的立場を守っているようなところもありますし。
海のことは本当に好きだしね、心から大切にしたいって思っている。でも今までの自分を振り返ると、どうしても自信がなくて。海といつまで恋人でいられるのか、自分でも不安なんです。それが写真一つ撮れない理由にもなってるかな」
海くんと雅也さんの交際はほぼ一年。バースデーもクリスマスもお正月もバレンタインも一周楽しんで、そろそろ海くんが雅也さんの「元カレの一人」になってしまっても不思議ではない。
「なるほど。大変ですね。けど」雅也さんはパッと見、全然ゲイっぽくないですよ、普通にストレートに見える、だから大丈夫と言おうとした。それが彼の求めている言葉だと感じたから。
でも私の心がそれを拒否した。それを言おうとしたら胸が痛くなって、言葉が出てこなくなった。
こんなことは初めてで、私は戸惑った。
今までは、相手が求めている言葉を話すことに、何の抵抗もなかったのに。明らかに黒でしょと思うことでも、相手が白と言ってほしそうなら堂々と白ですねって言えるのが、私の武器だと思っていたのに。
「けど、海くんなら何年たっても鬼電してきそう」仕方なく無難な言葉を選んだ。
海くんは雅也さんに、猫みたいに身体をすり寄せて「そんな話聞いたらもっとイチャイチャしたくなっちゃう」と顔を赤くしている。雅也さんは海くんの頭を愛おしそうに撫でて、お互いを見つめ合っている。
私は少し離れた場所に行き、そんな二人の姿をスマホで隠し撮りした。最高のツーショットが撮れた。
隠し事を嫌う海くんは、こっそり撮られたことに怒るかもしれない。それならそれでいい。私は海くんが怒ることなんてちっとも問題視していない。それよりも結果的に、海くんを喜ばせたい。
部屋を出て、私は誠一郎にLINEした。
≪私の依頼、進んでますか?≫
≪順調です≫とすぐに返事が来た。
≪裕子には、世間話のようにLGBTの話をしてみたら、現代の日本において同性愛者は実際どのくらい生きやすくなっているのか、という事を聞いてきた。環境は一人ひとり違うものだが社会は差別をなくそうと取り組んでいるし、近年では実際に同性愛者の人権が守られている事を実感する。性的マイノリティに悩む患者は今も多いが、若年層になるほど生きやすいようだと俺は答えた。
裕子は、お前から海に同性愛者の友達がいると聞いて、考えれば考えるほど、やっぱり海が同性愛者なのかもしれないと思ったらしい。
みさにしては、嘘が下手だったようだぞ≫
そのメールを読んで、私は嬉しくなった。これで、カミングアウトが随分と楽になるだろう。
私の存在が海くんの役に立った。純粋にそのことが、とても嬉しかった。
≪過去に起きたことを振り返っても分かることだが、裕子は強い。海がきっと同性愛者なのだと認めてからは、旦那と一緒に、ゲイが登場する小説や映画に夢中なようだ≫
なんて素晴らしい両親だ。
≪海くんの彼氏の親は、全然理解ないみたいだけど、裕子さんたちだけでも応援してくれたら、きっとその彼氏も喜ぶよね?≫
そうなれば、雅也さんと海くんの関係も長続きするよね? と心の中で続ける。
≪彼氏の性格による≫
誠一郎からの言葉は、もう会話の余地がないほど正しくて、私は返信するのをやめた。
それよりも、裕子さんがゲイを理解していることを、早く海くんに伝えたかった。
雅也さんは2時間くらいの滞在で帰っていった。
「雅也さんすごくいい人ね」と言うと、海くんはただ笑ってうなずいた。うっとりと、幸せを噛みしめている様子だ。
「この前海くんのお母さんと電話したとき、お母さんは海くんがデパートやめちゃって大丈夫かな、友達とかいるのかなって心配してたの。だからさ、雅也さんって本当に誰からも好感持たれるタイプだし、今度雅也さんと一緒に、お母さんに会ってみたら?」
海くんの顔から一瞬で笑顔が消えた。
「なんで」
「きっと、海くんと雅也さんが仲良くしているの見たら、お母さん喜ぶよ。安心すると思う」
「無理」
「じゃあ、会わなくてもいいから、恋人ができたって言ってみたら?」
「みさちゃん」
海くんに見つめられて、驚いた。海くんの目からは、涙が溢れている。
「みさちゃん最低。言えるもんならとっくに言ってる。いつだって僕はお母さんに分かってほしかった。でも分かるでしょ。お母さんは僕に言わせたくないの」
「ごめん」
「親子だってさ、言えないことも聞けないことも、絶対あるよね」
海くんの声が柔らかくなる。ふっと海くんは口元をゆるめて、笑った。
自分で乱した空気は、自分で整えておかないといけない、と思っているのだろう。
「僕の両親って本当に仲いいんだけど、僕、どうしてもあの2人がエッチするところ、想像できなくて」
「えっ」
予想外の発言に、私は心臓が止まるかと思った。もしかして血縁関係を疑ってる? と思ったが、海くんは無邪気に続けた。
「あ、こんなこと想像すること自体、キモイよね」
「いや、そうじゃないけど、そうね、確かにそれは、聞けないわね」
「そうでしょ、僕だいぶ前から気になってるんだけど、もう今更絶対聞けないよね。この際中学くらいの時に聞いておけばよかったなって思ったりして」
いつもの明るさで海くんは笑うから、私も安心して、思い切り笑っておいた。
「そうだ、海くんにプレゼント」
私は先ほどのツーショット写真を海くんに送った。海くんと雅也さんが肌を寄せている写真。
「ヤバッ」
海くんは写真を拡大したり、明るさ調整をしたりしているが、指が震えている。
「え、すごくない? いつの間に撮ったの? わ、本当に嬉しい、ヤバい、泣きそう」
もうすでに海くんは泣いていたが、私が「泣いていいよ」と言うと、わんわん泣き出した。
今までためていた悲しみ全てを放出させるような、深い泣き声。しゃくりあげる海くんの頭をぽんぽんしながら、私は決心した。海くんと雅也さんの関係を、最高の方法で、裕子さんに披露する。
私は翌朝、海くんがまだ寝ている間に、裕子さんに電話をした。
「この前は、失礼な態度になってしまって、すみませんでした」
「いえいえ、こちらこそ無神経なことを言っちゃってごめんなさいね。私あのあとすごく反省してね、今ゲイに関して勉強中なのよ、今まで私、ゲイのことを何も知らなかっただけで、知っていくと面白いわね。ゲイの恋愛見てると、まあ男女の恋愛と同じとも言えるし、やっぱり男同士だから違う感じもするしね」
裕子さんもよく喋る。これでは海くんが父親似なのか母親似なのか、分からない。
「勉強ってどうやって? 私も勉強したいんですけど、なにかオススメあります?」
「オススメはね、なんと言っても韓国のゲイの子たちの番組よ。ほら最近流行りの、リアリティー番組っていうの? あれが一番おもしろかったわ。映画やドラマもいいんだけど、やっぱりリアリティー番組のリアリティーさったらないものね」
きっと裕子さんも長年の悩みから開放されて、それを分かち合える相手がいることが嬉しいのだろう。
「私ねちょっと心療内科医の知り合いがいるんだけど」
誠一郎のことだ! と思い、心臓がドクンとなる。
「その人に、子供にとってお母さんからの愛と支えがどれほど大切か考えなさいとか、子供が自分のありのままの姿を認められて、愛されていると感じることが、子供の自己肯定感やメンタルヘルスの向上に必要だとか言われたの。同性愛は病気でもないし、自分で選ぶものでもない、生まれつきのものだって」
自分は赤の他人に父親業を押し付けておいてよく言うわ、と思いながら、「深いですね」と返事する。
「極めつけの一言が、親として、まずは子供が誰であるかを受け入れることが大切だって。そんなこと分かってる、海は海よ、と思っていたけど、私は海に自分の願望を押し付けちゃってたのね。だから、海の偽物を愛していたに過ぎないのかもって思ってね」
誠一郎のLINEには描かれていなかった経緯が見えてくる。物事がとても良い方向に向かっていることに、私は安心した。
「海くんは、ゲイのこと以外は、めちゃくちゃ正直、完全に本物ですしね。なんていうか、私なんてけっこうその場しのぎでごまかしちゃうから、偽物時間が長いんですけど、海くんはいつ本物の海くんで生きてますよね」
「そうね、ちょっと開けっぴろげすぎるところもあるけど、それがあの子だからね」
裕子さんの声がとても自信に満ち溢れていて、きっとこの作戦はうまくいくと私は確信した。
「ちょっと伺いたいんですけど、海くんのご実家の近くに、有名な観光地とかってあります?」
「ええ、そりゃもう、ネモフィラで有名な海浜公園ね。絶対に見に来たほうがいいわよ。毎年ゴールデンウイークごろが見ごろなんだけど、今年はあったかかったからもうお見事らしいの。お友達もついこの前見てきて、Facebookに投稿してたわ。ゴールデンウイークになったら混みすぎるから、早めに来たほうがいいわよ。うちから車で10分くらいのところにあるんだけど、よかったら案内するわ」
確かにネモフィラの丘は有名だ。でも裕子さんの猛プッシュは、観光案内をしたいだけとも思えない。海くんと直接話したいんだろう。
「素敵ですね。ぜひ行きたいです! 実は海くんにね」
私は緊張して、唾を何度も飲み込んだけれど、声が震えた。
「海くんにはね、彼氏さんがいるんです」
裕子さんは少し咳払いしてから「そう。いいことだわ」と自分に言い聞かせるように呟いた。
「はい、すごくいい人で、2人の相性もばっちりなんですけど、どうしても、羞恥心のような、なんとも言えない感覚が、どちらにもあるみたいで。ネモフィラの丘で、のびのびとデートできたらいいのになって、今ふと思って」
「ありがとうございます。海のために、そこまで考えてくれて、本当に、みささんがいてくれて、本当によかったわ。感謝してもしきれないっていうのはこのことね。それなら、どういう段取りがいいかしらね、まずは」
裕子さんは感謝を幾度も口にしながらも、とても冷静。早速しっかりと計画を立ててくれた。
まずは海くんと雅也さんがネモフィラデートをする。
せっかく近くに来ているのだから海くんのお母さんにご挨拶したいと私が言い出し、お母さんに海浜公園内のカフェに来てもらう。
雅也さんはカフェには入らず、海くんとお母さんと私の3人で話す。ここで何とか海くんにカミングアウトさせる。
私が「実は今日は彼氏さんとデートなんだよね」と打ち明け、雅也さんをカフェに呼び、ご対面。
「こんな感じでいいかしらね」裕子さんはしっかりとメモをとったようで、何度も読みながら確認した。
「はい、大丈夫です。きっとうまくいきます。私、勘だけはめちゃくちゃいいんです」
「そりゃそうよね、占い師さんだもんね」
裕子さんがとても安心した声を出してくれたから、占い師やっててよかったと思った。
