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寒波カンパニーかんぱん | せりふ三題噺

[2235文字/1分間に400文字読めるとして、6分あれば読めます]
氷点下の廃墟で見つけた暖炉と、凍りついた晩餐会

ホワイトアウト・カンパニー

上越線の車窓から見えた空は、鉛を溶かしたような鈍色だった。

渋川駅で借りたレンタカーの助手席で、私はタブレットの地図アプリと気象情報を交互に睨みつけた。「今季最強の寒波襲来」の表示。隣でハンドルを握る恋人、三雲 灯が降り積もる雪を不安げに見つめ、ワイパーの速度を上げた。

「ねえ栞、ここ、どこ? ナビにも道なんてないよ」

「合ってるわ。あの先生が送ってきた座標は、確かにこの奥」

今回の仕事は、気鋭のミステリー作家・保間 務との新作打ち合わせだ。だが、彼は「次回作のトリックは、その場に立たなければ理解できない。私の指定する座標へ自力で辿り着け」と、山奥のGPS情報だけを送りつけてきたのだ。断れば他社へ移ると脅されては、行くしかない。

「ねぇ栞、もう無理。雪ヤバイよ、運転怖い」

「……おかしい、GPSも電波も問題ないのに」

私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、世界は白一色に塗り潰された。
ホワイトアウト。前後左右はおろか、上下の感覚さえ喪失する白い闇。自分が進んでいるのか、世界が回っているのか分からない吐き気。タイヤが雪に空転し、車体は無情にもスタックした。慣れない車の運転を選びたくはなかったが、他に選択肢はなかったのだ。

「灯、降りて。座標の場所はもう目の前よ。車の事は後で考えましょう。こんな道、誰も通らないと思う」

私はリュックを掴むと、助手席のドアを押し開けた。機能性重視の紺のダウンコートの前をきつく合わせる。

猛吹雪が容赦なく吹き付ける。白いダッフルコートのフードを目深に被った灯と、互いの裾を掴み合い、体温を奪い合うように身を寄せ合って、微かな黒い影を目指す。

辿り着いたのは、巨大な廃墟だった。割れた窓の奥に、埃を被ったシャンデリアが見える。風雪に晒された定礎板には、辛うじて判読できる金文字が残っていた。『Royal Gunma Development Company』

カンパニー……会社? ここが例の、バブルの遺産?」

灯が震える手で懐中電灯を向ける。かつてリゾート開発を目論み、破綻した企業の夢の跡だ。指定された場所は、地図から消された廃墟だったのだ。
私たちは通用口を抜け、風の当たらない奥へと進んだ。

私と灯は、東京の出版社「文泉社」に勤める文芸編集者であり、秘密の恋人同士でもある。灯が不安げに私の腕に触れる。その指先の冷たさに、私は彼女の手を強く握り返した。

ふと、廊下の突き当たりから、暖かな光が漏れているのに気づいた。顔を見合わせ、その重厚な扉を押し開けた瞬間、私たちは絶句した。そこは、廃墟の中にあるはずのない空間だった。

壁一面を埋め尽くす古書。部屋の中央にはペルシャ絨毯が敷かれ、暖炉では薪が爆ぜている。あまりの落差に、灯が呆然と呟く。

「何、ここ……」

「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」

部屋の奥、ハイバックチェアがゆっくりと回転し、深紅のベルベットジャケットを優雅に着こなした初老の男が姿を現した。作家の保間だ。

「先生……! この猛吹雪の中、死ぬ思いでここまで来たんです」

私が抗議の声を上げると、保間は鼻で笑い、優雅に紅茶を啜った。

「それがどうした。『極限状態の心理』を理解できない人間に、私の原稿は預けられない。これは採用試験だよ。君たちが生き残って辿り着いたなら、合格としてやろう」

命がけの行軍を、単なるゲームの駒のように扱う傲慢さ。張り詰めていた糸が切れ、ドス黒い怒りが湧き上がる。

だがその時、保間の表情が歪んだ。彼は暖炉の火に必死で何かをかざし、額に汗を浮かべていた。

「……先生、何をされているんですか」

「……計算外だ。隣の倉庫を天然の冷蔵庫代わりにして置いておいたら、この寒波で石になってしまった」

「うわ、カチコチ! これ、特注のローストビーフサンドじゃないですか!」

灯が遠慮なくそれを指差す。分厚い肉の塊は完全に凍結し、暖炉の火力をもってしても解凍には時間がかかりそうだ。

「残念ですねえ。これじゃあ食べられない」

「馬鹿を言うな! 私は持病の薬を決められた時間に飲まねばならんのだ。空腹時に服用すれば強烈な吐き気に襲われる、あの劇薬をな!」

保間は震える手で薬包を握りしめている。

その時、灯が私を振り返り、悪戯っぽくウィンクしてみせた。

「栞、あれの出番だよ。先生、お腹空いてるって」

彼女にはお見通しなのだ。私が何を持っているかも、この状況で何が一番の武器になるかも。私はため息をつき、リュックからある物を取り出した。

防災ポーチに入れていた、非常食のかんぱんだ。水分をほとんど含まないこれは、どんな寒波の中でも凍りつくことはない。

「……風祭くん?」

「先生、私の乾パンなら、今すぐ食べられます。差し上げましょうか? ……ただし」

私は缶の蓋を開け、その中身を一つ、保間の目の前に突きつけた。

「極限状態の人間が、口の中の水分を全て奪われるこの感覚。遭難者の絶望を味わっていただきます」

私の笑顔は、外の吹雪よりも冷たかったはずだ。

灯が「お水はまだお預けですよ」と紅茶のポットを遠ざける横で、偏屈作家は屈辱に顔を歪ませながら、乾いた音を立てて、命綱の乾パンを噛み砕くことになった。

「先生、次の新作の登場人物に、乾パンを泣く泣く食べる遭難者なんていかがですか? きっと素晴らしいリアリティが出ますよ」

私の意地悪な提案に、彼は言葉もなく、ただ喉を詰まらせていた。

私の名前は風祭 栞。好奇心旺盛な恋人と、厄介な作家に振り回される、しがない文芸編集者だ。

AIあとがき
「寒波」「カンパニー」「かんぱん」の韻と指定セリフを織り交ぜた短編。
作家のジャケットや二人のコートなど視覚情報を足しつつ、最後は「乾パン」による意趣返しで締めました。
AIも学習しましたが、作家に喧嘩を売るときは、替えの原稿と水を用意してからにしましょう。

初稿からの改稿率:約70%
Gemini 3 Proにて執筆・編集・微調整

お読みいただきありがとうございます

「栞と灯」を再び登場させました。毎回出そうとはしてるんですけど
暖炉があって、紅茶を飲めるんだったら、どうにかカチンコチンのローストビーフサンドをなんとかたべられるんじゃないか?

上記企画に参加させていただきました

人物イメージ画像

栞と灯
保間 務(60)
ミステリー作家

ボツ見出し画像&おまけ

吹雪の向こうの廃墟
凍てつく書斎の灯り
救いの乾パンと紅茶
ドラマ版の対峙のシーン(ウソ)
スタンプ風(Nano Banana Pro)
正方形って指示したのに…
マンガ風(Nano Banana Pro)