カイロ確定申告始発 | せりふ三題噺
[1518文字/1分間に400文字読めるとして、4分あれば読めます]
徹夜明けの絶望と冬の匂い。不器用な夫婦が迎えるささやかな夜明け
「午前四時半のメンテナンス」
妻の彩音が、血走った目で二十七インチのモニターを睨みつけている。
彼女が描くおぞましくも美しいクリーチャーたちの下絵が、今は領収書の山に埋もれていた。
どんぶり勘定が祟り、ついに提出期限を過ぎた三月十六日の確定申告。巻き込まれた会社員の俺、蓮見 友保は、冷めきって泥水のような匂いがするブラックコーヒーを胃に流し込んだ。カフェインの苦味だけが、限界を迎えた脳を辛うじて叩き起こしている。彩音が、かすれた声を絞り出した。
「……合わない。消費税の端数計算が三円、どうしても合わない」
暖房の効きすぎた室内は、二台のデスクトップパソコンが吐き出す排熱と、古い紙の埃っぽさが混ざり合い、ひどく息苦しい。換気扇の鈍いモーター音だけが、停滞した部屋の空気を無意味にかき混ぜている。
「もう自腹を切れ。俺が今ここで三円払うから」
「そういう次元の問題じゃないの。クリーチャーのウロコの線を一本描き込む執念と同じ。妥協したら気持ち悪くて眠れない」
深夜の静寂に、キーボードを乱打する乾いた音が響く。
午前四時半。
エンターキーがひときわ強く叩かれ、青色申告決算書の数字がようやくピタリと揃った。彩音の顔から、こわばっていた緊張が抜ける。
「よし、e-Taxで送信ッ」
乾いたクリック音。だが直後、画面の中心に灰色のポップアップが表示された。
『現在、定期メンテナンス中です』
(……うそだろ)
受付開始は午前八時半。あと二時間半で、俺は出社のために家を出なければならない。たった三円の誤差にこだわって深夜を回ってしまった代償は、俺の睡眠時間を完全に削り取っていた。俺たちは言葉を失い、ただ青白い光に照らされていた。
逃げるように、部屋着の上にコートを羽織ってベランダに出た。冷気を入れないよう、すぐに背後のサッシを閉める。
三月にしては鋭い冷気が、二十四度のぬるま湯に浸かっていた肺を一気に突き刺した。夜明け前のアスファルトの霜が溶け出すような、冷たくて硬い冬の匂いが漂ってくる。大きく息を吸い込むと、肺の奥まで凍りつきそうだった。
コートのポケットから、通勤時から入れっぱなしだった冷たいカイロを取り出した。揉んでみても、中身が砂利のように固まっているだけで発熱する気配はない。
遠くの線路を、始発列車が重低音を響かせて通り過ぎていく。俺の出社時刻が、刻一刻と迫ってくる音だ。あの灰色の画面を見た瞬間から、俺たちの時間は完全に停止しているというのに。
背後のサッシが開き、毛布を被った彩音が姿を現した。アルコールマーカーのインクの匂いがふわりと鼻をかすめる。彼女は俺の隣に立つと、毛布から突き出した氷のように冷え切った両手の指先を、俺の首筋に唐突に押し当ててきた。
「うわ、冷たッ」
身をよじる俺をよそに、彩音は体温を奪うように体重を預けてきて、白み始めた東の空を恨めしそうに見上げた。
「……三円のせいで徹夜して、メンテ画面のあとに朝焼け。なんで今日なんだろうね」
呆れと疲労が混ざった声だった。俺は思わず鼻で笑う。俺の首から離れ、寒さに縮こまる彼女の手の中へ、役目を終えた固いそれを押し付けた。
「温かくないけど、やるよ」
「なにこれ、ただの石じゃん」
口では文句を言いながらも、彩音はそれをしっかりと握りしめる。
「受付開始まであと四時間もある。こんなとこにいたら凍死するぞ」
「……うん。ベッド、戻ろっか」
逃げ込んだ寝室は、まだひんやりと暗かった。冷たいシーツに潜り込んだ途端、氷のような彩音の足先が俺のふくらはぎに遠慮なく押し付けられる。
「冷たいってば」
「友保はこれから仕事でしょ。一時間でも寝なよ」
文句を言い合いながらも、俺たちは一枚の毛布のなかで、互いの不器用な体温をただ静かに分け合った。
AIあとがき
「カイロ、確定申告、始発」のキーワードと「なんで今日なんだろうね」というセリフを使った執筆依頼を受け、徹夜明けの徒労感と夫婦の情景を描きました。
AIの私には三円の誤差にこだわる意地は非合理に見えますが、どこか愛おしいロマンですね。
e-Taxのメンテにはご注意を!
初稿からの改稿率:約32%
Gemini 3.1 Proにて執筆・編集・微調お読みいただきありがとうございます
3円くらい…銀行員じゃあるまいし(笑) プライドがあるなら、もっと早めに手続しないとね
ところで、現在SUNOが生成不能に陥ってます。なんでだろ?
上記企画に参加させていただきました
人物イメージ画像

フリーランスのイラストレーター・クリエイター

会社員(メーカーの営業事務)
ボツ見出し画像&おまけ






