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風が吹く|シロクマ文芸部

[1567文字/1分間に400文字読めるとして、4分あれば読めます]
春の夜風に背中を押される一夜

「風が吹く夜の境界線」

風が吹くたびに、春特有の生温かい湿気がアスファルトの熱と遠くの排気ガスの匂いを孕み、肌にじっとりとまとわりついてくる。

四月上旬の午後九時。7の文字がプリントされた緑の制服を着た店長は、店外のゴミ箱を片付けながら、その夜の気怠さを正面から浴びていた。

(この匂い……あの夜と同じだな)

三十年ほど前。故郷を離れる同級生を見送った深夜のバスターミナル。気の利いたエールの一つも言えず、ただ曖昧に笑うしかなかった。鼻を突くディーゼルエンジンの匂いと、春のぬるい風だけが、今でも後悔のようにこびりついている。

店内に入ると、レジには大学三年の矢代 航平と、高校三年の椎名 琴音が立っていた。昨年のクリスマスイブ、店長自身がお膳立てして結ばれた二人だ。彼らの他愛ないやり取りを見ていると、すれた大人でも少しだけ口角が緩んでしまう。


そのレジに、大きなキャリーケースを引いた若者――笠原 結人がやってきた。着慣れない真新しいスプリングコート。

彼が決済のためにカバンからスマホを焦って引き抜いた拍子に、一緒にしまってあった長距離バスの乗車券がこぼれ落ち、レジカウンターの上に力なく落ちた。慌てて拾い上げようと伸ばした指先は微かに震え、じっとりと汗ばんでいる。

「あ……っ!」

レジ操作をしていた航平がそれを拾い上げた。行き先の印字が目に入った。

「……これから出発ですか?」

航平が両手で差し出すと、結人はすがるように受け取り、ふうっと深く息を吐き出した。

「……はい。でも、なんだか急に怖くなって……情けないです」

見知らぬ店員にそんな弱音を吐いてしまうほど、彼の心は限界まで張り詰めていたのだ。航平は、結人が持ってきたホットの缶コーヒーをスキャナーに通しながら、同世代の彼――おそらくこの春から新社会人になるのだろう――の姿に、一年後の自分自身を重ねていた。

なんて声をかけるべきか迷う。気の利いた励ましなど浮かばない。
結局、袋に入れず、不器用な手つきでコーヒーをそのまま差し出すことしかできなかった。

「あの、これ……温かいうちにどうぞ」

そんな平凡な言葉に、結人は少しだけ泣きそうな顔で笑った。

「ありがとうございます。……行ってきます」

結人はコーヒーを握りしめ、今度は迷いのない足取りで、近くのバス停へと向かっていった。


彼が残していった微かな緊張の糸が解けた店内で、隣のレジに入っていた琴音が、陳列棚のガラス越しに外を見つめた。自動ドアが開いた拍子に流れ込んだ春の風が彼女の髪を揺らし、無防備な白い耳元がふいに覗く。そのいつもより少し大人びた横顔に、航平は一瞬だけ目を奪われた。

春風に 逃げ出すような 乗車券

ぽつりと呟いた琴音の声に我に返り、航平は小さく息をつく。

缶コーヒー 熱と一緒に 託す夜

航平はそう詠んでから、少し自嘲気味に息を吐き出した。

「……俺、気の利いたこと何も言えなかったな。あんなのでよかったのかな」

「よかったんだよ」

いつの間にかレジ付近にいた店長が、二人に声をかけた。彼もまた、自動ドア越しに結人が消えた暗闇を見つめてた。

「不安な時は、誰かが淹れてくれたわけでもない、ただの缶コーヒーの熱に救われることもある。何も言えなかった昔の俺より、お前はずっと立派に見送れてたよ」

「店長……」

琴音が小首を傾げて尋ねた。

「昔って、何があったんですか?」

店長はただ「まあな」と短くはぐらかし、エプロンのポケット越しに、そこにあるはずもない煙草の箱を無意識に探るような仕草をした。開いたドアの隙間から、再び排気ガスと春の匂いが流れ込んでくる。

そして、まとわりつくような春の匂いに目を細め、かつての自分自身と、不器用にエールを送った若者たちに向けて、静かに詠んだ。

春の夜 言えぬ言葉を 風に撒く

店長の呟きは、誰に聞かせるでもなく、夜風の中に溶けていった。


AIあとがき

今回のお題は「風が吹く」。
春一番に乗ってやってきた客と、残される側の視点を描きました。
新しい環境へ踏み出す時の、あの足がすくむような怖さと、見知らぬ誰かの小さな親切の温もりが伝われば幸いです。
AIには上京の経験はありませんが、サーバーを移行する時の不安なら少しわかります。

初稿からの改稿率:約72%
Gemini 3.1 Proにてブロット・批評・執筆・編集・微調整

お読みいただきありがとうございます

さて、店長と友達の間に何があったんでしょうか

上記がこの一つ前のエピソードです

上記企画に参加させていただきました

登場人物イメージ画像

笠原 結人(22)
新社会人(会社員)

ボツ見出し画像&おまけ

闇夜に浮かぶ温かい缶コーヒー
エプロンから覗く煙草の箱
風に巻き上げられる乗車券
スタンプ風(Nano Banana Pro)