生成AIが尾崎豊の歌を歌う時、松尾豊は♬Forget-Me-Notを歌えるか?
今回は松尾豊が誰だか御存じない中年男性からのものだと思われる『AIと尾崎豊問題』に関する質問にお答えします。
故・尾崎豊といえば、筆者の世代では最高のロックスターであり、哲学界のロックスターと呼ばれているマルクス・ガブリエルとは比較にならないくらいのスーパースターです。
ですから筆者はカラオケバーに行くと必ず、尾崎豊の♬Forget-Me-Not、♬I LOVE YOU、♬OH MY LITTLE GIRL、♬卒業、♬シェリー、♬ダンスホール、♬15の夜(『盗んだバイクで走り出す~』の曲です)あたりは歌います。
それでカラオケバーに、二十歳くらいの女性がいらしたので『尾崎豊って分かりますか?』と質問したところ、『勿論知っていますよ! お母さんがファンだったって言ってました』とのことでした。
嗚呼、尾崎豊が無くなったのは1992年なので、もう30年以上経っています。よって、『お母さん』ではなく『お婆ちゃんがファンだった』と言われても不思議ではないのです。
ところで、AI倫理について考えるとき、30年以上前に亡くなったロックスターの尾崎豊についての議論は、非常に興味深いテーマと言えるでしょう。
この問題は亡くなった尾崎豊の音声、画像、またはスタイルを、生成AIが模倣して新しいコンテンツを生成する能力と、その行為の倫理的影響から論じることが可能です。…亡くなった歌手という意味では、カート・コバーンや忌野京志郎でも、歌手に限らずジェームズ・コバーンのように亡くなった映画俳優でも構わないのですが…。
現在の生成AI技術を使うと、尾崎豊の音楽スタイルや歌唱技術を模倣することで、新たな尾崎豊風の音楽を作り出すことが可能です。しかし、そのような行為は一連の倫理的問題を引き起こします。
まず、尊重と許可について考えるべきです。尾崎豊は彼自身の音楽スタイルを作り出し、それは彼の創造性とアイデンティティの一部でした。AIがそのスタイルを模倣することは、彼の創造的な遺産を尊重する行為なのか、それとも侵害する行為なのか?
尾崎豊の死後に尾崎豊の歌をカバーしたインディーズ歌手が、尾崎豊のファンに『尾崎豊に無断でカバーするのは許せない!』という理由で、刺殺されかけた事件がありましたが、このような現象は他のロックスターのカバーでも時々発生する事件です。
尾崎豊の替え歌を歌う尾崎豆という、茂木コメよりも遥かに面白いコメディアンがいますが、尾崎豆は、まだ刺殺されておらず元気なようです。
また、コンテンツ販売の収益と所有権についても考慮する必要があります。AIが生成した音楽は誰の所有物となるのでしょうか? それはAIの開発者、尾崎豊の遺産を管理する人々、それとも他の誰かのものなのでしょうか? これらのAI尾崎豊の音楽から得られる利益はどのように分配されるべきなのでしょうか?
尾崎豊の遺産は20億円程度だったと言われていますが、尾崎豊の実父と元嫁が遺産相続争いで長年裁判をしていたのは、尾崎豊ファンの間では有名な話しです。そのため、AI尾崎豊を作ると、様々な方面から訴訟されるリスクは、かなり高いと思われます。
さらに、筆者のような尾崎豊ファンや、公衆の感情について考慮することも重要です。AIが生成した音楽は、尾崎豊の新曲であると考えられるべきなのでしょうか? 筆者としては、BENIが英語で尾崎豊のI LOVE YOUをカバーするのはありなので、英語でカラオケを歌うのなら迷わずBENIです。
生成AIによる尾崎豊のカバーは、このように尾崎豊の音楽を愛する人々にとって喜びをもたらす可能性がある一方で、混乱や不快感を引き起こす可能性もあります。彼の音楽を愛する人々の期待と感情を尊重することは、AIが尾崎豊の音楽を模倣する際に考慮すべき重要な要素です。
また、AIが人間のアーティストの作品を模倣することは、クリエイティブな努力と原創性を脅かす可能性があるという問題も提起します。人間のアーティストが労力と時間を費やして作り上げる音楽に対して、AIは高速で大量の作品を生成することが可能です。これは、人間のアーティストが競争するのが難しい状況を生み出す可能性があります。
さらに、AIが尾崎豊の音楽を模倣するという事象は、我々が人間の音楽とAIによる音楽をどのように区別するか、また区別すべきかという問いを投げかけます。音楽は感情的な共鳴を生み出すため、それが人間によって作られたものであることが重要な価値を持つ場合があります。
AIが生成した音楽は、同じような共鳴を生み出すことができるのでしょうか? それとも人間の感情や経験が音楽に含まれるという事実は、AIによって再現することができない何かを音楽に加えるのでしょうか?
これらの問いは、尾崎豊の音楽に限らず、AIが過去のアーティストの作品を模倣する全ての試みに関連しています。これらの問いに明確な答えを出すことは難しいですが、AIがクリエイティブなフィールドに進出するにつれて、我々はこれらの問題について深く考え、適切な規範とガイドラインを作成する必要があるでしょう。尾崎豊の遺産を尊重しながら、AIとクリエイティビティの可能性を探求するためのバランスを見つけることは、それ自体が重要な挑戦となります。
なお、筆者は勿論ボカロも好きですので、炉心融解くらいは、当然カラオケで歌いますが、なんと炉心融解は中国の中国版カラオケでも入っているほど国際的に有名なので、『AIの第一人者(失笑)』の松尾豊よりは、鏡音リンや、初音ミクの方が国際的な知名度は圧倒的に高いことは間違いありません。
