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ド文系でもわかるオーディオ批評(3):Appleエコシステム起因聴覚縮退症候群(AESH)

音の削減が耳を鈍らせる日本固有の音感性病理

文・武智倫太郎(民明書房刊『聴覚変性外典』編纂者)

序論:グローバル基準と日本の異形

 2019年2月。WHOとITUは共同で『Safe Listening: Devices and Systems』、すなわち国際規格 ITU-T H.870 を制定した[1]。
 若年層が音響機器を『大音量で』『長時間』使用することで生じる難聴リスクを抑制するために、音量・曝露時間・環境音圧という三つの変数を管理する、いかにも真面目な聴覚保全政策である。

 世界標準だけを見れば、ここまでは極めてまっとうな話だ。
 しかし、日本では、この規格が想定していない異形の危機が静かに進行している。

 それは、Apple系統の機器による『音圧の削減』ではない。
 もっと深刻な、音情報そのものの削減である。

 特定のコーデック(AAC)、特定の端末(iPhone)、特定のイヤホン(AirPods)が圧倒的なシェアを占めた日本市場において、聴覚環境は量的ではなく質的に単一化されつつある。
 多様な音が選択肢として存在するのではなく、ひとつの聴取体験のひな型が社会全体を覆い、耳の感度そのものが『標準仕様』に揃えられていく。

 その結果、人間が音から受け取るべき刺激は、均され、削がれ、再構成され、やがて『耳の可塑性』そのものが薄れていく。

 私はこの現象を『Appleエコシステム起因聴覚縮退症候群(AESH)』と呼ぶ。

 耳が痛むのではない。壊れるのでもない。
 音の空間が狭まり、感性の余白が静かに削ぎ落とされていく。

AAPLとSBG──耳の構造が映す株価のゆらぎ

 ここまでの話は一見、オーディオ好きだけの世界に見えるかもしれない。
 だがマーケットは、すでに『耳の構造』の変化を株価のノイズとして織り込み始めている。

 2025年11月13日現在、Appleの株価は1株あたり約273ドルと、ここ1年で二桁台のリターンを維持しつつ、小幅な反落の範囲で推移している(年初来プラス、直近は前日比マイナス0.数パーセント程度の調整)。

 直近の四半期決算では、売上高は約1,024億ドルと過去最高を更新し、ついに利益の主役がiPhoneから『サービスとAI』に移ったと報じられた。

 Appleは今や『スマホの会社』というより、『AIとサービスで耳と時間を占有する会社』へと構造転換しつつある。

 一方、日本のAI関連象徴銘柄として個人投資家におなじみのソフトバンクグループ(SBG)はどうか。
 NVIDIA株の5.8億ドル分の持分を全て売却し、その資金をOpenAIやスタ―ゲート計画など、リスクの高い巨大AIインフラ投資に振り向けると発表した直後、SBG株は東京市場で一時10%安まで売られ、日経平均の足を引っ張った。

 決算そのものは2.5兆円超の黒字と過去最高級なのに、株価は急落する。
 テクニカルを見れば、短期線が長期線を下抜ける『デッドクロス』が個人投資家の間で話題になり、『またSBGがAIバブルの象徴になっている』という声も出ている。

 同じ『AI銘柄』とラベルされながら、Appleは緩やかな右肩上がり、SBGは乱高下と急落。
 この対比は、ビジネスの違いだけでなく、耳の使い方の違いとしても読み解ける。

Apple:サービスとAIを組み合わせ『ユーザーの聴覚と視覚を、1日数時間ずつ静かに占有するビジネス』。iPhone+AirPods+サブスクにより、AESH的な『均質で安全な聴覚ゾーン』をグローバルに広げている。

SBG:NVIDIAやOpenAI、Stargateなど、巨大な『AI幻想』のボラティリティを束ねてレバレッジをかけるビジネス。どちらかと言えば、人間の耳ではなく、GPUとデータセンターの聴覚を買っているような構造だ。

 前者は『耳の可塑性をじわじわ均一化するビジネス』、後者は『AIバブルのボラティリティを売買するビジネス』である。
 AESHは、単に日本の耳の退行を描いているようでいて、実はAAPLとSBGの値動きの質的差を説明する、もうひとつのレンズにもなりつつある。

関税とiPhone──日本人はAppleを買えなくなるのか

 では、トランプ政権の関税問題はどうか。

 2025年春、トランプ大統領は中国からの輸入品に対する関税を段階的に引き上げ、一時は『iPhone価格が3〜4割上昇し、フラッグシップ機が2,000ドル超になる』といった試算が飛び交った。
 実際、一部の発表時にはApple株が1日で7%超下落する場面もあり、関税は事実上の増税としてマーケットの神経を逆なでした。

 ただし、日本の店頭価格という意味では、状況はもう少し複雑だ。
 iPhoneは日本向けに直接米国から輸入されているわけではなく、サプライチェーンの分散もあって、トランプ関税が即座に日本の価格へ100%転嫁されるわけではないと指摘されている。

 それでも、ドル高・円安と関税リスクが重なれば、『次のiPhoneはさすがに高すぎて買い替えをためらう』という心理的ハードルは確実に上がる。

 つまり関税問題は、単に『iPhoneがいくらになるか』という家電量販店レベルの話ではない。

 日本人の耳の可塑性が、為替と関税と賃金停滞のトリプルパンチでどこまでAppleに預けっぱなしでいられるのかという、構造の問題なのである。
 AESHは、この先の日本市場が『Appleを買いたくても買えない』、あるいは『買えてもバージョンアップの度に心が折れる』未来の前兆とも読める。

第一章:圧縮の支配構造

 日本では、スマートフォンの普及とともにAppleとiPhoneが支配的地位を築いた。
 その結果、再生形式としてのAAC(Advanced Audio Coding)が、事実上の標準として機能し続けている[2]。

 AACは、聞こえにくい周波数成分や重複情報を心理音響モデルに基づき省くことで、データ量と通信・ストレージ容量を削減する。
 その代償として、再生時には聴覚モデルによる『脳内補完』が行われ、CPU負荷・バッテリー消費・RAM使用量が増加する。
 つまり『ファイルは軽くなる』が、『端末と人間の処理負荷』は静かに増していく。

 AESHが既存研究と異なるのは二点ある。
 第一に、既存研究が『音量(dB)』『曝露時間(hour/day)』という量的変数を中心に据えてきたのに対し、AESHでは『何を』『どの音質形式で』聴いているかという質的変数を導入する点。
 第二に、既存研究は機器ブランドやエコシステムの集中度を、ほとんど分析対象としてこなかった点である。

 端末・コーデック・イヤホンが同一企業系統で揃う日本のような市場は、世界的にも稀である[3]。
 この『稀な歪み』が、日本の耳と、Appleの将来収益を同時にかく乱している。

第二章:規格の落とし穴と七年前の矛盾

 ITU-T H.870が想定していたのは、『大音量+長時間』という古典的な構図である[1]。
 しかし、Bluetoothコーデックの細分化、エコシステムの偏り、そしてiPhone優勢という日本市場の現実は、2019年当時の議論では十分に反映されていなかった。

 既存研究が扱ったのは、量的蓄積による『耳が壊れるリスク』である。
 AESHが指摘するのは、質的均一化による『耳が鈍くなるリスク』である。

 WHOの『Make Listening Safe』キャンペーンでは、若年層10億人が難聴リスクに晒されていると警鐘を鳴らしているが、そこには『どのコーデックを使い、どのエコシステムに依存しているか』という聴取体験の構造はまったく書き込まれていない。

 医療統計で測れるのは『聞こえなくなった耳』だけであり、『鈍くなった耳』『差を感じなくなった耳』は、制度設計の段階から切り捨てられてきた。
 この盲点こそ、AESHを提唱する根拠であり、同時にAppleのエコシステム依存型ビジネスの、静かなリスクでもある。

第三章:日本‐Apple‐AACの連鎖

 日本のスマートフォン市場では、iPhoneのシェアが約7割を超える[5]。
 端末の統一性が音質体験を均質化し、同じ圧縮方式とイヤホン構成が音の多様性を削ぎ落としている。

 この構造が意味するのは、『聴いている音が磨かれすぎていて、刺激の振れ幅が小さい』ということだ。

 人間の聴覚は、差を感じ取ることで活性化する。
 しかしAAC+AirPods+iPhoneという組み合わせは、差を削り、揺れを消し、『安心できる音』だけを提供する。

 結果として、耳で感じるべき揺らぎが減り、思考を刺激する余地が減少する。
 これは難聴ではない。むしろ、聴覚可塑性の鈍化という、新しい退行現象である。

 既存研究が『耳が壊れる』ことを扱ったのに対し、AESHは『耳が鈍くなる』ことを扱う。
 そして鈍くなった耳は、やがて市場の『リスク感度の鈍さ』として、株価チャートの上にも薄く影を落とし始める。

第四章:快適さと社会のリンク

 この傾向は、音響の領域を越えて、社会構造と経済構造にも波及している。

『効率化』された圧縮音源と、『選択不要』のエコシステム。
 この二つは、社会全体の黙認構造と連動する。

 声が削られた音の海で、人々は角のない言葉を選び、目立たない意見を安心とし、騒がないことを美徳とする。
 WHOが訴えるsafe listeningは、『安全だが平滑な聴取環境』を肯定してしまう危険を孕む。

 AESHの視点から見れば、そもそも安全の定義自体が問題である。
 安全=刺激の欠如という構図は、耳だけでなく、社会の耳をも鈍らせる。

 そして、鈍った社会の耳は、AIバブルの過熱や、関税リスク、SBGのような巨大レバレッジの危うさを、『なんとなく大丈夫そう』というノイズに紛れ込ませてしまう。

結論:耳を取り戻すとは、未来のポートフォリオを取り戻すこと

 本稿が指摘するのは、耳が壊れているのではなく、削られ、均され、鈍らされているという現象である。
 AESHは単なる技術依存の問題ではない。
 それは、社会の聴覚構造であり、ひいては投資家のリスク認識の構造を映し出す鏡でもある。

 聴くことが、思考する行為から離れていく。
 音がクリアであることが、意味を失う。

 耳を取り戻すとは、Bluetoothを外すことではない。
 音源形式を選び、圧縮の構造を理解し、『選択されない音』に意識的に耳を傾けることである。

 日本人がiPhoneを手放せないのではない。
 iPhoneの音が、日本人から音の余白を奪ったのだ。

 耳を守るとは、思考回路を守ることであり、そして、AIと関税とバブルの時代に、自分の未来のポートフォリオを守ることでもある。

参考文献

[1] ITU-T Recommendation H.870: Guidelines for safe listening devices/systems, WHO/ITU Joint Report, 2019.
[2] Apple Inc. About AAC Audio Format. Apple Developer Documentation, 2023.
[3] 総務省統計局, 『通信利用動向調査』2024年度版.
[4] World Health Organization, Make Listening Safe, 2019.
[5] MM総研, 『スマートフォン出荷台数・OS別シェア報告書』2024年度Q2.

著者・武智倫太郎

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