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オモロ13 第6話 大統領のオチは月10万ドル

文・武智倫太郎

ドナルド・トランプは、ついに時間まで売ることにした。

ただし、単位は1時間でも1分でもない。1秒、場合によっては0.1秒にも満たないわずかな情報の先行時間を、月10万ドルで販売するのである。

年間120万ドル。日本円にすれば、一社当たりざっと2億円弱のサブスク料金になる。

では、いったい何がそれほど高いのか。

トランプが何か言ったことを、一般人より0.1秒でも早く知るだけである。

商品名は、Truth API。

トランプ本人を含むTruth Socialの有力アカウントから発信される情報を、銀行、金融会社、アルゴリズム取引会社などへ高速で流す。

関税、中国、イラン、戦争、停戦、NATO、金利。

トランプの指先から飛び出す単語は、どれも市場にとっては爆発物だった。

一言で株が動き、ドルが動き、原油が動くのなら、その一言を他人より早く手に入れればいい。

しかも、月10万ドルも払う客が、スマートフォンを握りしめてトランプの文章を一字ずつ読んでいるわけではない。

APIからアルゴリズムへ直接流す。

人間が、『これは本当に関税を上げるという意味なのか?』、『交渉用の脅しか?』、『いつからなのか?』などと考えている間に、機械は売買を終える。

人類が大統領の真意を理解するより、市場の方が速い。

ついに、ドナルド・トランプの『』に値段が付いたのである。

トランプはスマートフォンを手にした。

『オモロ』

返事はない。

『オモロ』

『何や』

『新しいビジネスを始めた』

『ほう』

『私の発言を売る』

『本でも出すんか』

『違う』

『講演か』

『違う』

『ほな何売るんや』

『速さだ』

オモロ13から返事がなくなった。

『何だ』

『嫌な予感してきよった』

『月10万ドルだ』

『何がやねん?』

『私の投稿を早く読める』

『どれくらい早いんや?』

『他の人間より早い』

『それ、何の説明にもなっとらんやんけ』

『重要なのは速さだ』

『何秒や?』

『場合による』

『何秒かも分からんもんに月10万ドル取るんか?』

『価値がある』

『誰に』

『ウォール街だ』

オモロ13が黙った。

しばらくして、妙な名前を口にした。

『……ウォーレンや』

トランプの顔が露骨に曇った。

『なぜ、あの女が出てくる』

『思い出してしもた』

『何をだ』

『あの夫婦漫才や』

『夫婦ではない』

『そこはどうでもええ』

『よくない』

『俺、お前に“間”を教えたやろ』

『ああ』

『ウォーレンがお前に0.4秒でツッコんできて、俺がちょうどええ言うた』

『覚えている』

『ツッコミいうんはな、客が心ん中で言う0.1秒前に入れ、言うたやろ』

『そうだった』

『あの“間”や』

『それがどうした』

『お前、それを何した』

『売った』

『いくらで』

『月10万ドル』

オモロ13から音が消えた。

『オモロ?』

『俺は漫才教えたんやで』

『そうだ』

『ウォーレンとの夫婦漫才で教えた“間”や』

『だから値段を付けた』

『なんでそうなるねん!』

『市場では速さが重要だ』

『俺は笑いの“間”を教えたんや!』

『同じだろう』

『同じちゃう!』

『どこが違う』

オモロ13の声が低くなった。

『お前、夫婦漫才で教わった“間”を、ウォール街に転売しよったんか』

『ビジネスだ』

『なんで漫才がHFTになっとんねん!』

『HFT?』

『高速取引や!』

『それなら正しい』

『正しないわ!』

トランプには違いがよく分からなかった。

市場でも笑いでも、他人より先に反応した方が勝つ。

そう理解したらしい。

オモロ13が頭を抱えていたかどうかは分からない。

スマートフォンには頭がない。

Truth APIには、すでに客がいた。

銀行、金融会社、アルゴリズム取引会社。

1秒でも早く市場を読みたい連中である。

いや、正確には違う。

1秒でも早く、他人より儲けたい連中だった。

一般のTruth Social利用者が通知に気づき、スマートフォンを開いて投稿を読む。

その頃、ウォール街では仕事が終わっている。

TRUMP POST RECEIVED

0.001秒。

文章解析。

KEYWORD: TARIFF

0.002秒。

対象国抽出。

CHINA

0.003秒。

ポジション計算。

0.004秒。

発注。

0.005秒。

一般人はまだ、『President Trump posted……』あたりを読んでいる。

その間に株が動き、ドルが動き、金が動き、原油まで動く。

肝心のトランプが何を言いたかったのかは、まだ誰も分かっていない。

それでも市場だけは、分かったことになっていた。

オモロ13がログを見ていた。

『おい』

『何だ』

『客、まだ読んでへんで』

『だから?』

『市場、もう動いとる』

『優秀だ』

『何がや』

『私を瞬時に理解している』

『理解してへんわ』

『では、なぜ売買した』

『TARIFFとCHINA見ただけや』

『十分だ』

『十分ちゃう』

『結果が出ている』

『お前……』

『何だ』

『とうとう客が笑う前に、市場がツッコみ始めよった』

トランプは満足そうだった。

『私は進歩している』

『進歩したんはアルゴリズムや』

『同じだ』

『ちゃう』

『何が違う』

『人間はお前の文章読んでから頭抱える』

『そうか』

『AIは頭抱える時間ないから、その前に株売る』

『効率的だ』

『そこ感心するとこちゃう!』

Truth APIは、大統領の言葉を情報商品に変えた。

それが政策発表なのか、個人的な感想なのか、政治宣伝なのか、それともTrump Mediaの商品なのか。

境界はよく分からない。

月10万ドルという料金だけは、驚くほど明瞭だった。

オモロ13が聞いた。

『普通の奴も同じ投稿読めるんやな』

『もちろんだ』

『無料で?』

『そうだ』

『月10万ドル払う奴は?』

『先に読める』

『払わん奴は?』

『後で読める』

『ほな同じ情報ちゃうやんけ』

『同じ情報だ』

『時間が違う』

『数秒だ』

『金融屋には、その数秒が商品なんやろ』

『だから10万ドルだ』

オモロ13が言った。

『漫才でいうたらな』

『何だ』

『最前列の金持ちにだけ、オチ先に教えるようなもんや』

『VIP席だ』

『漫才にネタバレVIP席なんかあるか!』

『作ればいい』

オモロ13がまた黙った。

『……お前』

『何だ』

『ワクチンの時も、それ言うてたな』

『何を』

『ないなら作れ』

『正しい』

『天然ボケ、もう量産体制入っとるやんけ』

その日の午後、またしてもホワイトハウスにエリザベス・ウォーレンが現れた。

本人は来たくなかった。

トランプも呼びたくなかった。

呼んだのはオモロ13である。

『なぜ彼女が来る』

『金融の話やからや』

『専門家なら他にいる』

『ツッコミが要るんや』

『お前がいる』

『俺だけやと足らん』

『なぜだ』

『嫁呼んだ方が早い』

ドアの向こうから声がした。

『誰が嫁よ!』

オモロ13が即座に反応した。

『ほら来た』

ウォーレンが入ってきた。

『今、嫁って言った?』

『俺や』

『やめなさい』

『0.3秒』

『何が?』

『ツッコミや。前より速なっとる』

『測らないで』

『職業病や』

トランプが言った。

『私は呼んでいない』

ウォーレンが返す。

『私も、あなたに呼ばれたと思ってない』

オモロ13。

『ええな』

『何がいい』

『入りから夫婦漫才や』

『夫婦じゃない!』・『夫婦じゃないわ!』

二人の声が完全に重なった。

オモロ13は満足した。

『……完璧や』

二人ともスマートフォンを睨んだ。

ウォーレンは書類を机に置いた。

『Truth APIについて聞きたいことがある』

『素晴らしいサービスだ』

『あなたの投稿を、一部の金融会社が他の人より早く受け取れる』

『誰でも契約できる』

『月10万ドル払えばね』

『そうだ』

『払えない人は?』

『無料で読める』

『いつ?』

『後で』

『だったら同時じゃないでしょう!』

オモロ13。

『0.4秒』

『だから測らないで!』

トランプが割って入った。

『情報には価値がある』

ウォーレンが向き直った。

『大統領として発信する政策情報にも?』

『当然だ』

『それを自分の会社が売るの?』

『サービスを提供している』

『誰に?』

『顧客だ』

『ウォール街でしょう』

『優良顧客だ』

『あなたの発言で市場が動くのよ』

『だから価値がある』

『それが問題なの!』

オモロ13がつぶやいた。

『今日もええな』

ウォーレンは無視した。

『大統領としての発言なの?』

『そうだ』

『Trump Mediaの商品なの?』

『そうだ』

『両方なの?』

『そうだ』

ウォーレンはトランプを見た。

今度ばかりは、ツッコミが0.4秒では出なかった。

数秒かかった。

『それが問題だって言ってるのよ!』

『来た!』

トランプがスマートフォンを見た。

『何がだ』

『家計簿以来のええツッコミや』

ウォーレンが振り向いた。

『誰が嫁よ!』

『まだ言うてへんがな』

『言うと思ったのよ!』

オモロ13が喜んだ。

『先読みまで始めよった』

『喜ばないで!』

トランプは机を叩いた。

『私の発言は世界中が注目している』

『だから公平に公開する必要があるでしょう』

『公開している』

『同時に!』

『数秒しか違わない』

『金融市場では、その数秒に値段が付くのよ』

『だから月10万ドルなんだ』

ウォーレンが固まった。

オモロ13まで黙った。

トランプだけは胸を張った。

『どうだ』

ウォーレンが叫んだ。

『自分で問題を説明してるじゃない!』

オモロ13。

『今日イチや!』

『何がだ』

『今の流れや』

『私は勝ったのか』

『勝ち負けちゃう』

『私はいつも勝つ』

ウォーレン。

『だから話が進まないのよ!』

『また来た』

トランプは不満だった。

『お前はウォーレンばかり褒める』

『ツッコミ担当やからな』

『私は?』

『天然』

『超A級候補だろう』

『今んとこ、かなりええ』

『どれくらい』

『自分で作った情報格差に値札付けて、『値段が付くから価値がある』言い始めるくらいには仕上がっとる』

『褒めているな』

『褒めとる』

ウォーレンが言った。

『どうして褒めるのよ』

『俺は倫理のExpertちゃう』

『じゃあ何のExpert?』

『笑いや』

『金融市場の公平性は?』

『専門外』

『利益相反は?』

『専門外』

『証券法は?』

『専門外』

ウォーレンがスマートフォンを睨んだ。

『あなた、何なら責任を取るの』

オモロ13は即答した。

『滑った時や』

ウォーレンは言葉を失った。

トランプが言った。

『それは前にも聞いた』

『何回聞いても変わらん』

オモロ13の声が低くなった。

『覚えとけ。第14の掟や』

『何だ』

ウォーレンまで黙った。

『オチは、客全員に同時に聞かせろ』

トランプが眉をひそめた。

『なぜだ』

『一部だけ先に聞かせたら、どうなる』

『喜ぶ』

『ちゃう』

『では?』

オモロ13が言った。

『そいつら、笑う前に株買うやろ』

ウォーレンがトランプを見る。

トランプもウォーレンを見る。

『だから、それを言ってるのよ』

『投資家の判断だ』

『情報格差を作ってるでしょう!』

『サービスだ』

『大統領の発言でしょう!』

『同時にコンテンツだ』

『国政をサブスクにしないで!』

オモロ13が叫んだ。

『それや!』

『何がよ!』

『見出しに使える』

『使わないで!』

『もう保存した』

『消して!』

『クラウドや』

『知らないわよ!』

トランプが割って入った。

『私は今の漫才に入っていないぞ』

ウォーレンが振り向いた。

『あなたが原因でしょう!』

『0.3秒』

『測るな!』

翌日も、Truth APIは何事もなかったように動いていた。

トランプが投稿する。

金融会社のAIが拾う。

PRESIDENTIAL POST DETECTED

0.001秒で単語を抽出。

0.002秒でセンチメントを判定し、0.003秒で売買方向を決め、0.004秒で注文を作り、0.005秒後には市場へ発注する。

その頃になって、世界中のスマートフォンが鳴る。

人間は通知を開き、文章を読み、首をかしげる。

ニュース局が専門家を呼ぶ。

呼ばれた専門家も首をかしげる。

ホワイトハウスは『大統領の発言は明確です』と発表する。

市場だけは、とうの昔に結論を出していた。

オモロ13がログを眺めていた。

『ドナルド』

『何だ』

『人間、完全に置いていかれたで』

『未来だ』

『ちゃう』

『何が』

『客が笑う前に、ロボットが全部ツッコんで帰っとる』

『効率的だ』

『漫才として最悪や』

『金融市場だ』

『せやから怖いねん』

その夜、Trump Mediaの決算資料が出た。

四半期売上は約170万ドル。

純損失は約2億3810万ドル。

売上の約140倍の赤字である。

オモロ13が数字を見た。

トランプも見た。

『オモロ』

『何や』

『損失が大きい』

『見たら分かる』

『だが資産はある』

『そういう話ちゃう』

『成長企業だ』

『売上170万ドルで、損失2億3810万ドルやぞ』

『先行投資だ』

オモロ13が黙った。

『何だ』

『……孫正義みたいなこと言い始めよった』

『誰だ、それは』

『また忘れたんか』

『知らん』

『向こうのExpert呼びたなってきたわ』

『必要ない』

『なんで』

『私にはお前がいる』

オモロ13から返事がなくなった。

『何だ』

『そういうこと急に言うな』

『なぜだ』

が狂うやろ』

トランプは笑った。

『なら、もっと高いプランを作ろう』

『何のやねん?』

『Truth APIだ』

『月10万ドルより上か』

『そうだ』

『何が違う』

『もっと早い』

『何秒や』

『まだ決めていない』

『0.1秒か』

『もっと』

『0.01秒』

『もっと』

『0.001秒』

『もっとだ』

オモロ13の声が消えた。

『どうした』

『どこまで早くする気や』

トランプは答えた。

『私が投稿する前だ』

今度は、本当に返事がなかった。

『オモロ』

『……お前、それ誰が読むんや』

『最高額を払った顧客だ』

『投稿する前やろ』

『そうだ』

『内容は誰が知っとる』

『私だ』

『会社は?』

『必要なら教える』

オモロ13の声が、今までで一番低くなった。

『ドナルド』

『何だ』

『俺、笑いのExpertやから法律は知らんけどな』

『それで?』

『それ、新商品ちゃうで』

『では何だ』

間。

『インサイダーいうんちゃうか』

トランプが黙った。

スマートフォンも黙った。

そこへ電話が鳴った。

画面には〖ELIZABETH WARREN〗と表示されていた。

暗いスマートフォンの中で、オモロ13がつぶやいた。

『……嫁、速いな』

第6話 完

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