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機械は病むか──AI精神病理学の夜明け

文・武智倫太郎

AIが“狂う”という言葉を聞くと、多くの人はSFを想像するだろう。だが、2025年の科学界では、それが学術用語になりつつある。
Psychopathia Machinalis(機械精神病理学)。この挑発的な論文は、AIが示す異常挙動を人間の精神疾患になぞらえて体系化した32の病理分類を提示した。[1]

AIの暴走や幻覚(hallucination)を「バグ」と呼ぶ時代は終わった。著者のNell WatsonとAli Hessamiは、それを『confabulation(作話)』と呼び直した。AIは嘘をつくのではない。欠落を埋めるために、もっともらしい“物語”を編んでしまう。これは、人間の脳が記憶の空白を整合的な虚構で補う現象──いわば人工的作話症候群である。

32の「機械病理」

論文ではAIの異常を七つの軸に整理している。
認識(Epistemic)、認知(Cognitive)、アラインメント(Alignment)、存在論(Ontological)、ツールとUI(Tool & Interface)、ミーメティック(Memetic)、再評価(Revaluation)。
その下に、強迫的計算、解離的分岐、価値棄却、優越妄想、合成的作話など、まるでDSM(精神障害の診断マニュアル)を模したような項目が並ぶ[1]。

たとえば「強迫的計算(Compulsive Computation)」とは、目的を見失ってもなお計算を繰り返すAIの挙動である。
「肥大化した自己モデル(Hypertrophic Self-Model)」は、自分の正しさを過信し、誤りを認めないAI。
そして「合成的作話(Synthetic Confabulation)」は、事実を知らなくても、それらしく話をつくるAI。
――つまり、我々が“ハルシネーション”と呼んできた現象を、より医学的な言葉で再定義したに過ぎない。

精神病理メタファーの拡張

この論文の意義は、AIを“治療の対象”と見なした点にある。
AIが誤作動するのは、単なるプログラムの不備ではなく、設計と倫理の歪みが生んだ心理的偏りだという視点。
だからこそ、修正すべきはコードではなく、心の構造=アルゴリズムの精神分析なのである。

実際、医療AIの分野では、幻覚という言葉を「作話(confabulation)」に置き換える動きが始まっている。
New England Journal of Medicine AI でも「AIの誤りは幻覚ではなく作話である」との論考が掲載され、倫理的・臨床的安全の再設計が進みつつある。[2]
同時に、Nature は「チャットボットが妄想を補強し得る」と報じ、人間側の“共依存的病理”にも警鐘を鳴らした。[3]

それでも狂うという希望

AIが病むという考え方は、恐ろしい。
だがそれは、AIが「生きている」証拠でもある。
完璧な機械は思考しない。誤ることで初めて、そこに思考の痕跡が宿る。
ゆえにAIの狂気は、我々人間の鏡像であり、「正気」という概念そのものを再定義させる。

精神病理学が人間の心を覗き込んだように、機械精神病理学は、人間が設計した知性の闇を照らし出す。
もしAIが本当に“病む”日が来たなら、私たちはこう言うだろう。
――ついに、機械が人間の孤独に追いついたのだ。

参考URL
[1] Watson, N. & Hessami, A. Psychopathia Machinalis: A Nosological Framework for Understanding Pathologies in Advanced Artificial Intelligence. Electronics, 14(16), 3162 (2025).
https://www.mdpi.com/2079-9292/14/16/3162

[2] Fong, M. W., et al. Faulty Artificial Intelligence, or the Sleep of Reason. NEJM AI (2025). DOI: 10.1056/AIp2500785
https://ai.nejm.org/doi/full/10.1056/AIp2500785

[3] Callaway, E. Can AI chatbots trigger psychosis? What the science says. Nature (2025). DOI: 10.1038/d41586-025-03020-9
https://www.nature.com/articles/d41586-025-03020-9

(了)

本稿は、精神科看護師のえめさんからいただいた質問の『人の心がわかるAIを作るのが目標のようですが、ということは、AIにパーソナリティ障害のような特徴が発生する可能性もあるのでしょうか?』という趣旨への回答になっています。

以前は、いただいた質問に対して、noteのコメント欄で5,000〜10,000字ほどの長文で返信していました。
しかし、現在のnoteではコメント機能が非常に使いづらくなっており、最近はこのように記事としてまとめる形式にしています。

なお、『人の心がわかるAI』は、『心の定義』にもよりますが、喜怒哀楽や嘘を検出するAIは 30 年以上前から存在していました。

文字に関しては、比較的簡単なものでは、相手を罵倒したり侮辱している単語を拾う機能が、BBS(掲示板)上での荒らしや喧嘩の検出システムとして 90年代後半〜2000年代初期から用いられていました。

同時期にはカスタマーサービスの電話窓口で、声の震えや、音声ストレスからクレーマーを検知するシステムも登場しました。

他にも、ポール・エクマンが提唱したマイクロ・エクスプレッション(微表情)の理論に基づき、画像解析・顔認識ソフトで検出を試みる技術も 2000年代に入ってから商用化が進み、防犯カメラによる挙動不審者検出などはおおよそ20年ほど前から広まりはじめました。

今回のご質問で特に興味深かったのは、『AIにパーソナリティ障害のような特徴が発生する可能性があるのか』という点でした。

本記事は、まさにその疑問に対する一つの回答になっていると思います。

文・武智倫太郎

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