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資本主義の検死報告書――AIバブルと私募信用が暴く『死なない経済』の末路

文・武智倫太郎(週刊バブルウォッチ編集長)

資本主義は、2008年に一度死んでいる。

これは大げさなレトリックではない。その死が確定したのは、リーマンショックという爆発そのものではなく、その後の『処置』においてだった。本来、市場とは自浄作用を持つ装置である。非効率な企業、過剰な債務、誤った経営判断を淘汰し、その痛みを通じて新陳代謝を繰り返す。その冷酷さこそが、資本主義というシステムの正当性でもあった。だが、米国政府がシティグループ(Citigroup)をはじめとする巨大金融機関を『Too Big To Fail(大きすぎて潰せない)』として救済した瞬間、その前提は崩れた。淘汰の仕組みは停止し、代わりに『延命』という政治的意思がシステムの中核に埋め込まれたのである。

シュンペーター(Schumpeter:20世紀の経済学者)が説いた『創造的破壊』はそこで終わった。資本主義は、『死ぬべきものが死なない体制』へと変質した。そして、死なないシステムは必ず腐る。いま私たちが見ているのは、その腐敗が末期症状に達し、ついに臓器不全を起こし始めた光景である。しかも今回は、単なる一市場のバブル崩壊ではない。AIインフラへの過剰投資と、価格の見えない信用膨張が、同じ未来期待を担保にして同時進行している。そこが過去と違う。

1.崩壊の定義

二つの巨大な歪み、そして2026年3月、現実が動いた
各論に入る前に、私たちが直面している二つの爆弾を定義しておこう。

一つ目はAIバブルである。AIバブルとは、生成AIがもたらす将来の生産性向上に対して、実態をはるかに超える資本が先回りして投下されている状態を指す。その本質は、技術への期待そのものではない。金融の言葉で言えば、『収益モデルが立ち上がっていないにもかかわらず、資本だけが先に膨張している状態』である。供給側では、GPU、データセンター、電力、冷却設備に巨額資金が流れ込み続ける。だが需要側では、それを吸収するだけの収益化がまだ見えていない。

ロイター(Reuters)によれば、ChatGPT開発元のOpenAI社は2030年までに約6000億ドルの計算資源支出を見込み、2025年は130億ドルの売上に対して80億ドルを費やした。さらに、2026年のビッグテック4社だけでもAI関連投資は6300億ドル規模に達する見通しで、関連プレイヤーを含めれば8110億ドルに膨らむ。つまり、いま起きているのは単なる成長投資ではない。計算資源と収益のミスマッチが、国家予算級のスケールで進行しているということだ。

2026年3月、その『まだ期待で持っているだけの構造』に、現実が見える形で傷を入れ始めた。3月24日、OpenAIは動画生成アプリSoraを打ち切った。しかもこの終了は、ディズニー(Disney)との10億ドル案件を道連れにする形だった。ロイターによれば、ディズニー側は直前までOpenAIと協議を続けており、打ち切りを突然知らされた。さらに重要なのは、この案件が最終クローズ前で、資金はまだ実際には払い込まれていなかったという点である。夢の金額だけが市場を熱狂させ、現金そのものはまだ存在していなかった。これは象徴的だ。AIバブルの強度を支えていたものの一部が、実需ではなく『約束されたはずの未来の資金』だったことを、この一件はむしろ露骨に示してしまった。

同じロイター報道では、Sora打ち切りの背景として、動画生成が大量の計算資源を消費し、社内の他チームの計算能力を圧迫していたことも示されている。OpenAIはその資源を、より収益性の高いと見込まれるコーディング支援、法人向けプロダクト、AGI(人工汎用知能)関連領域へと振り向け始めた。

サム・アルトマン(Sam Altman:OpenAI最高経営責任者)も、安全・セキュリティ部門の直属管理から退き、資金調達、サプライチェーン、データセンター整備により重点を置く方向へ移ったと報じられている。ここで起きているのは『一つのアプリが失敗した』という話ではない。AIの中心が、モデル競争から、電力・設備・資金調達をめぐる耐久戦に変質したということだ。技術の話ではなく、土木と財務の話になってきたのである。

しかも、需要側の脆さも同時に露出している。テッククランチ(TechCrunch:IT系ニュースサイト)が報じたところによれば、OpenAIの米国防総省契約が公表された後、ChatGPTの米国内アンインストール数は前日比295%増、一つ星レビューは775%増となり、アンソロピック(Anthropic:OpenAI元メンバーが設立したAI企業)のクロード(Claude:アンソロピックの対話型AI)は、米App Store無料アプリ首位に立った。

もちろん、これだけでOpenAIの業績が崩れるわけではない。だが、ここで見えているのは、AI需要が『圧倒的に強固なインフラ需要』ではなく、倫理、政治、ブランド、規制の揺れに敏感な不安定需要でもあるという事実だ。供給側は重厚長大化し、需要側は感情と評判で簡単に揺れる。この非対称性こそが、AIバブルの危うさの本質である。

二つ目の爆弾が、プライベート・クレジット(Private Credit:私募信用)である。これは銀行規制の外側で膨張してきた非銀行金融機関による直接融資市場だ。リーマン後の規制強化により、銀行が貸しにくくなった高リスクの中堅企業やLBO(借入金を用いた企業買収)案件の受け皿として急成長した。だがこの市場の本当の恐ろしさは、利回りの高さでも、規模の大きさでもない。『価格が見えない』ことにある。公開市場で日々値付けされない以上、傷みは帳簿の外に留まり続ける。損失は消えているのではなく、観測されていないだけだ。平穏に見えるのは健全だからではない。まだ値札を貼っていないからである。

2026年3月、その警告音もまた大きくなった。ロイターによれば、パートナーズ・グループ(Partners Group:スイスを拠点とし、プライベート市場に特化した世界最大級の投資運用会社)のシュテファン・マイスター(Steffen Meister)会長は、AIによる経済攪乱の影響でプライベート・クレジットのデフォルト(債務不履行)率が今後数年で倍増しうると警告した。過去10年の平均デフォルト率は2.6%であり、その倍増は『低デフォルトに慣れきった市場』にとって構造変化を意味する。

ブルームバーグ(Bloomberg)では、UBS(スイスのメガバンク)のストラテジストが厳しいケースでデフォルト率15%近くまで跳ね上がる可能性に言及し、ジェイミー・ダイモン(Jamie Dimon:米金融大手JPモルガン・チェース会長兼CEO)も『愚かなことをしている連中がいる』と述べ、現在の融資競争に2008年前夜の空気を見ている。つまり、問題は一社の不良債権ではなく、『過小評価された信用リスクが市場全体に薄く広く積み上がっている』ことなのだ。

モハメド・エラリアン(Mohamed A. El-Erian:ケンブリッジ大学クイーンズカレッジの学長で、独保険大手アリアンツの首席経済アドバイザーも務める著名なエコノミスト)も、ビジネス・インサイダー(Business Insider:米経済ニュースメディア)とのインタビューで、プライベート・クレジット市場の緊張を『古典的な伝染現象』と表現した。

売りたい私募債が売れないとき、投資家は代わりに売れる健全資産(上場株など)を売る。つまり、中心の病巣が直接爆発する前に、その外側の流動資産から壊れ始める。これはサブプライム危機の初期と同じ型である。

さらに中金公司(CICC:中国の投資銀行大手)は3月の分析で、米プライベート・クレジットの脆弱性を、情報の非対称性、AIによる底層資産への構造的衝撃、流動性環境の引き締まりという三点で整理し、BDC(中堅企業等に投資・融資を行う事業開発会社)直接融資の約三割がテクノロジー分野向けだと指摘した。要するに、AIが期待通りに収益化しなければ、株だけでなく、そこに貸している信用市場まで一緒に傷むのである。

2.複合崩壊のメカニズム

エクイティとデットの同時消失
この二つが同時に崩れるシナリオは、筋肉だけを極限まで肥大させた身体が、内臓不全と関節破壊を同時に起こすようなものだ。

従来の金融危機では、エクイティ(Equity:株式・自己資本)とデット(Debt:債券・債務・他人資本)は逆方向に動くことでリスク分散を担ってきた。株が売られれば、安全資産としての債券に逃げることができた。だが今回は逃げ場がない。なぜなら、株式も債務も、同じ『未来の収益性』を担保にしているからである。AI関連株は、将来の生産性革命を先取りして時価総額を膨らませる。

一方でプライベート・クレジットは、その企業や周辺インフラが将来生み出すはずのキャッシュフローを前提に資金を供給している。つまり、同じ未来に対して、自己資本と他人資本の両方が全力で賭けている。柱が一本しかないのに、屋根を二枚重ねで載せているようなものだ。その柱が折れたとき、株式市場の崩壊と信用市場の収縮は、ほぼ同時に起きる。

この構図をさらに露骨にしたのが、『AI永久機関』とでも呼ぶべき自己参照構造である。台湾の中央銀行は3月の資料で、AIサプライチェーンの一部が、供給者、顧客、株主、融資源を同時に兼ね、『私があなたに投資し、あなたが私の製品やサービスを買う』形で循環取引を形成していると整理した。エヌビディア(NVIDIA:AI半導体の世界的リーダー)とコアウィーブ(CoreWeave:GPU特化のクラウドプロバイダー)、マイクロソフトMicrosoftやAmazonとOpenAIの関係は、その典型例として挙げられている。

これは健全な経済循環ではない。外部からの確かな最終需要が十分でないまま、内部で資金を回して売上と成長神話を維持しているだけの自己参照である。永久機関に見えるのは、外から燃料が入り続けている間だけだ。投機資金が細れば、売上の一部は蒸発し、期待が剥がれ、担保が傷み、信用が締まり、株と債務が同時に逆回転を始める。これが私の言うパーフェクト・ストーム(破滅的な複合嵐)の正体である。

3.SBG麻雀

構造の純化と『最後の博打』
Google、Amazon、Apple、Microsoft、Oracleのようなビッグテックには、少なくとも現時点で巨大な本業キャッシュフロー(現金収支)がある。だが、OpenAIそのものは違う。ロイターで確認できるだけでも、2030年までに約6000億ドルの計算支出を見込み、2025年は130億ドルの売上に対して80億ドルを費消していた。これはソフトウェア企業というより、『未来の需要』を担保にしなければ維持できない巨大設備計画である。そのOpenAIに巨額を賭け、さらに周辺エコシステムにも資金を張っているSBG(ソフトバンクグループ)は、この構造の危うさを最も純粋に引き受ける立場にある。

Soraの打ち切り、ディズニー案件の消滅、計算資源の取り合い、収益重視への急旋回は、SBGの『AI一点張り』戦略の危うさをむしろ鮮明にした。もちろん、OpenAIが黒字化しないことが法廷証拠レベルで確定したわけではない。だが、ロイターが伝えた6000億ドルの計算支出計画と、2025年の収支構造だけでも十分重い。

夢が大きいほど、資本市場からの補給が止まった瞬間の落差も大きい。未来の価値を現在に前借りし、それを担保にさらに資金を引く。この錬金術は、未来が予定通り肥大し続ける限りは正しく見える。しかし現実には、時間は有限であり、金利はゼロではない。期待は無限に膨張できても、実体経済の吸収力には限界がある。SBGは、その非対称性を最も見やすい形で可視化する企業なのである。

4.資本主義の完全破綻

『救済』という名の毒薬、その限界
この複合崩壊が発生すれば、すでに半ば機能不全に陥っていた資本主義経済は、さらに深い不全へと入る。問題は、今回もまた救済があるかどうかではない。救済しても救いきれない領域に、病巣が広がっていることだ。プライベート・クレジットの不安は、AI関連企業の信用劣化、AIによる事業モデル破壊、地政学的緊張、油価上昇、流動性環境の引き締まりと重なっている。中金公司が指摘するように、もはや一企業の救済で済む問題ではない。システムの中核にまで、曖昧な担保と観測されない損失が浸透している。

前述のエラリアンのいう『古典的な伝染』が始まれば、中央銀行による選択的救済はますます難しくなる。問題資産そのものが売れず、代わりに健全資産が売られるなら、危機は『悪い箱』の中に閉じ込められない。市場全体に広がる。そうなれば、市場は価格発見の場ではなくなる。損失を先送りし、利益を配分し、破綻を管理するための巨大な帳簿になる。2008年以降の資本主義は、『何かあれば助ける』という前提の上で延命されてきた。だが、その救済がもはや何を救っているのかさえ判然としなくなったとき、資本主義は制度として死ぬ。残るのは、価格ではなく配分であり、市場ではなく管理である。

結語

管理された資本主義、あるいは帳簿の時代へ
資本主義は、映画のような大爆発を伴って終わるわけではない。自由意志と競争原理が、管理と延命に置き換えられることで、静かに、そして不可逆に役割を終えていく。

すでに市場は、自由な価格形成の場ではなくなりつつある。そこにあるのは、損失を見えなくし、利益を割り当て、破綻を先送りするための巨大な帳簿である。AIバブルは、収益より先に計算資源を積み上げることで、この帳簿を未来に向かって膨らませた。プライベート・クレジットは、価格の見えない信用を積み上げることで、この帳簿を現在から見えなくした。前者は未来を前借りし、後者は現在を隠蔽する。両者が同時に崩れるとき、自由市場という名の幻想は、ついに自分自身の重みに耐えられなくなる。

資本主義は死んだ。
いま私たちは、その検死報告書を読み上げながら、新しい不自由の時代が始まるのを、ほとんど無言で見ているのである。

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