「Geminiがやりました」を、IT業界から消す ― AIエージェント時代のQA基盤『CELSIUS』とは何か
神田良輝(かんだ・よしき)/神草経知(かみくさ・けいじ)
はじめに
前回は「AI時代のUIはなぜ消えるのか」というテーマで、IBMの株価急落、マッキンゼーのアクセス権限崩壊、そしてアラン・チューリングが夢見た「柔軟な計算」が、ついに「固定的な計算」を飲み込んだという話を書いた。
UIが消えた後に残るのは「意志」である、と私は書いた。 今回はその続編として、AIGYMが今まさに作っている 「個人の意志を、組織の資産に変えるための基盤」 ——コードネーム CELSIUS について、その設計思想を話したい。
先に結論を言っておく。 CELSIUSは、PM基盤ではない。QA基盤 である。 そしてCELSIUSは、Claude Codeの代わりではない。Claude Codeの「次の一歩」を担う基盤 である。
その目的は、ただ一つ。
「Geminiがやりました」「Claudeがやりました」というセリフを、IT業界から永久に排除すること。 これに尽きる。
「Claude Codeブーム」は、もはやエンジニアのものではない
ここ数ヶ月、私の周囲で起きている変化は、率直に言って異常だ。
去年までは、Claude Code を触っているのは一部の先進的なエンジニアだけだった。ところが今は違う。経営者、事業責任者、人事部長、経理担当、士業の先生——本来「コードを書かない人たち」が、ターミナルを開き、claude と打ち込み、自社の業務を自動化し始めている。
私が研修や個別相談で会う経営者の多くが、こう言う。
「うちの社内ツール、もう自分で作っちゃったんですよ。Claude Code で」
これは比喩ではない。本当に、社長が自分で作っている。 発注書の自動生成、顧客リストの整形、議事録からのタスク抽出、Slack の要約、見積書の下書き。これまで「業務委託のエンジニアに月50万円払って3ヶ月待つ」のが当たり前だった領域が、社長のMacBook の中で、夜な夜な、しかも無料に近いコストで完成していく。
Claude Code は、エンジニアの道具から 「意志を持った人の道具」 に変わった。 これがいま起きている、最も重要な事実である。
そして、ここをはっきりさせておきたい。 作る部分は、もうClaude Codeで十分なのだ。 CELSIUSはここを置き換えない。むしろ、Claude Codeで作られた個人プロジェクトが「ちゃんと動いている」という事実を、出発点として尊重する。
問題は、その次の一歩である。
全員が同じ壁にぶつかる ―「個人で動く」と「組織で配れる」の断崖
社長が一人で Claude Code で作ったAIツールは、確かに動く。 本人のターミナルの中では、完璧に動く。
しかし、それを 「会社として全社員に配る」 段階になると、必ず同じ壁にぶつかる。
「これ、情シスは何て言うんですか?」
「お客様の情報を入れていいんですか?」
「他の社員に配ったとき、その人のAPIキーで動かすんですか?」
「Claude API の従量課金、月にいくらまで膨らむんですか?」
「もしAnthropicが価格を変えたら、うちの業務、止まりますよ?」
「もし間違った答えが出たら、誰が責任を取るんですか?」
「監査が入ったとき、どう説明するんですか?」
ここで、あれだけ熱狂的に Claude Code を触っていた経営者の手が止まる。 個人の神業としては動く。組織の業務としては配れない。 これが、いま日本中で同時多発的に起きている現象だ。
Claude Code で生まれた素晴らしい個人プロジェクトたちが、ターミナルの中に閉じ込められたまま、誰の手にも渡らずに眠っている。これは、日本のホワイトカラー生産性にとって、巨大な機会損失である。
CELSIUSが解く課題は、ここである
CELSIUSが取り組むのは、たった一つの課題だ。
Claude Codeで作られた個人プロジェクトを、組織で安心して配れるWebアプリへとコンバートすること。
ただし、ここで言う「Webアプリ」は、ただのWebアプリではない。 次の3つの条件を満たした、特殊なWebアプリである。
条件1:複数ローカルLLMのアンサンブル駆動
CELSIUSが生成するWebアプリは、Claude API や Gemini API を呼び出さない。 代わりに、Bonsai-8B をはじめとする 複数の軽量ローカルLLMのアンサンブル で動く。
なぜか。 Claude Codeで作ったプロジェクトをそのままWeb化して全社に配ると、何が起きるか。社員100人がそれぞれClaude APIを叩き、月末に天文学的な請求書が届く。あるいは、Anthropicが料金体系を変えた瞬間、業務が止まる。あるいは、特定モデルが廃止された瞬間、社内ツールが全滅する。
これを私は 「従量課金地獄」 と 「ビッグテックの都合に振り回される地獄」 と呼んでいる。 AI導入が進めば進むほど、企業はこの二重の地獄にハマっていく。
CELSIUSは、ここから企業を解放する。 ローカルで動く軽量モデルを、役割ごとに分け、アンサンブルで賢く動かす。ルーティングはBonsai-8Bが担い、専門判定は別のLoRA特化モデルが担い、決定的なルールチェックはルールエンジンが担う。一つひとつのモデルは小さくていい。チームで賢ければいいのだ。
これは、日本企業の哲学にも合う。 一人の天才に依存するのではなく、専門家たちのチームワークで品質を出す。AIGYMが掲げる「日本品質のAI」とは、まさにこのことである。
条件2:セキュリティ境界が明確であること
Claude Code で作ったプロジェクトは、本人のローカル環境にあるあいだは、境界が明確だ。本人しか触れない。本人のファイルしか読まない。
ところが、これをそのままWeb化すると、境界が一気にぼやける。誰がアクセスできるのか。どのデータを読めるのか。どの操作までしていいのか。前回の記事で書いた「マッキンゼーのアクセス権限崩壊」が、ここでも繰り返される。
CELSIUSが生成するWebアプリは、設計の時点で セキュリティ境界が明確 である。 誰がログインできるか。誰がどのデータを見られるか。AIエージェントがどのツールを呼び出していいか。どこから先は人間の承認が必要か。これらが、コンバートの瞬間にすべて定義され、コードとポリシーの両方に焼き込まれる。
「動くものを作る」と「安全に配れるものを作る」のあいだには、深い谷がある。 CELSIUSは、その谷に橋を架ける。
条件3:閉域で完結すること
そして当然ながら、CELSIUSが生成するWebアプリは、社内の閉域環境で完結する。 顧客データも、契約書も、人事情報も、外に出ない。銀行、保険、医療、士業、自治体——「外に出せない情報」を扱う組織でも、安心して配れる。
「Geminiがやりました」という、最悪の免罪符
ここで、私がいま最も問題視している言葉について書きたい。
ここ半年ほど、IT業界の現場で、ある不気味なセリフが当たり前のように聞かれるようになった。
「いや、それはClaudeがやりました」 「Geminiが書いたコードなので、自分は内容まで把握していなくて」 「AIの出力をそのまま入れたら、こうなっちゃって」
これは、業界の死につながる言葉である。私は本気でそう思っている。
なぜか。 このセリフは、表面的には謙虚に見える。だが本質は、責任の放棄 である。 かつて私たちエンジニアは、「自分の書いたコードに責任を持つ」ことをプロの最低条件としてきた。バグを出せば自分の名前で謝りに行ったし、設計を間違えれば自分で作り直した。それが、ソフトウェア産業がここまで信頼を積み上げてきた土台だった。
ところが今、その土台が一気に崩れようとしている。 「AIがやった」と言えば、誰も責められない空気がある。発注した側も、なんとなく「ああ、AIだからね」と引き下がる。こうして、誰も責任を取らないシステムが、誰の検査も通らないまま、現場に流れ込んでくる。
これは、AIのせいではない。 AIを言い訳にできてしまう構造のせい である。
CELSIUSが向き合っているのは、この構造そのものだ。 私たちが作りたいのは、こう言える世界である。
「このAIサービスは、CELSIUSのQAを通っています。だから、安心して使ってください。」 「このAIエージェントの振る舞いは、すべて検査され、記録され、承認されています。」 「もし問題が起きても、何が起きたか、誰が承認したか、すべて遡れます。」
「Claudeがやりました」を、「私たちが、CELSIUSを通して責任を持って出しました」に変える。 これがCELSIUSの存在理由である。
CELSIUSは、PM基盤ではない。QA基盤である。
ここで言葉を厳密に使いたい。 CELSIUSはプロジェクト管理基盤(PM基盤)ではない。品質保証基盤(QA基盤) である。
この違いは決定的だ。 PM基盤は、「誰が、いつ、何を作るか」を管理する。 QA基盤は、「作られたものが、世の中に出していいかを判断する」。
AIエージェントの時代に決定的に足りないのは、後者である。 「誰が作るか」はもう問題ではない。Claude Codeが、誰の手にもある。問題は、それを世の中に出していいかを、誰がどう判断するか だ。
CELSIUSは、3つの層からできている。
第一層:Convert —— 個人の成果を、組織のアプリへ
入口は、Claude Codeで作られた個人プロジェクトである。 ここをCELSIUSは置き換えない。むしろ、そのまま受け取る。
CELSIUSが行うのは、その個人プロジェクトを解析し、責務を抽出し、依存関係を整理し、ローカルLLMアンサンブル駆動 × セキュリティ境界明確 × 閉域動作 という三条件を満たすWebアプリへとコンバートすることだ。
Claude API への依存は、Bonsai-8Bほかのローカルアンサンブルへ置き換えられる。曖昧だった権限境界は、明示的なロールとポリシーへ書き起こされる。手元でしか動かなかったスクリプトは、社内ネットワークの中で誰でも使えるWebサービスへと姿を変える。
「便利だけど自分しか使えない」を、「便利でみんなが使える」に変える。 これが第一層である。
第二層:Test —— 配る前に、振る舞いを検査する
ここがCELSIUSの本体である。QA基盤としての心臓部だ。 コンバートしたWebアプリを、社内に配る前に、自動的に検査する。
プロンプトインジェクションに耐えられるか
機密情報を漏らさないか
想定外の権限に手を伸ばさないか
同じ質問に同じ答えを返せるか(再現性)
嘘をつかないか(grounding)
長い会話で記憶を取り違えないか
業界ルールに違反しないか
これらを、軽量なローカルLLMと、専門化された判定エージェントの組み合わせで、淡々と回す。OWASP の AI Testing Guide や LLM Top 10、NIST の AI RMF といった世界の流れを、現場が使える形に翻訳した、と言ってもいい。
ここを通っていないAIサービスは、社内に出さない。 ここを通ったAIサービスには、CELSIUSの品質印が付く。 「Claudeがやりました」ではなく、「CELSIUSが通しました」と言える状態を作る。
第三層:Govern —— 配ったあとも、責任の糸を切らさない
そして最後に、検査結果を チケット化 する。
AIが見つけた問題は、人間が読める「指摘」になり、担当者がアサインされ、修正され、再テストされ、承認され、公開される。証跡はすべて残る。監査が来ても、上司が説明を求めても、答えられる。誰がどの判断をしたか、なぜ承認したか、すべて遡れる。
つまり CELSIUS は、
「Claude Codeで作る → Convert → Test → 指摘 → 修正 → 再Test → 承認 → 社内公開」
という一連の流れを、ひとつのQAワークフローとして閉じる。 AIがやった仕事に、人間の名前と責任を、ちゃんと貼り直す仕組みである。
チューリングへ、もう一度戻る
前回の記事で、私はチューリングの問いを引いた。 「機械は考えることができるか?」
今回、もう一つの問いを置きたい。
「考える機械に、人間はどうやって責任を持つのか?」
UIが消え、コードが消え、操作という行為そのものが消えていく時代に、人間に最後まで残る役割は、おそらく一つしかない。
何を作るかを決め、それが社会に出ていいかを判断すること。
CELSIUSが目指しているのは、その判断を「気合と度胸」ではなく、「証跡と仕組み」で支えることだ。社長が夜中にClaude Codeで書いたAIツールを、安心して全社員に配れる世界。情シス部長が「うん、これは出していい」と胸を張れる世界。監査法人が「この会社のAI運用は信頼できる」と頷ける世界。
そして、Anthropicが値上げしようと、特定モデルが廃止されようと、業務が止まらない世界である。 ローカルアンサンブルで動くから、ビッグテックの都合に振り回されない。 セキュリティ境界が明確だから、情シスが胸を張れる。 QAを通っているから、エンジニアが「Claudeがやりました」と言わずに済む。
それは、AIを止める世界ではない。 AIを、もっと遠くまで連れていける世界 である。
おわりに
Claude Code が経営者の手にまで降りてきたのは、ほんの数ヶ月前のことだ。 だが、この変化は止まらない。来年には、おそらく新入社員も、パートタイムの方も、誰もが自分の意志を直接Claude Codeに打ち込み、自分専用のツールを作るようになる。
そのとき、本当の課題は「作ること」ではない。 作られた無数の個人プロジェクトを、どうやって組織の資産に変えるか である。
そのとき、IT業界に問われるのは、生成スピードではない。 「あなたが配ったそのAIサービス、誰が品質を保証したんですか?」 この一問に、堂々と答えられるかどうかである。
「Geminiがやりました」「Claudeがやりました」——この言葉を、業界から消す。 私たちが、責任を持って、AIの仕事に名前を貼り直す。 そのためのQA基盤が、CELSIUSである。
次回は、CELSIUSの中核にある「振る舞いを評価するエージェント群」——なぜ私たちが、巨大な汎用モデルを1つ強くするのではなく、Bonsai-8Bを中心とした軽量な専門家たちのアンサンブルを選んだのか、その設計判断について書きたい。
AIGYM株式会社 代表取締役 神田良輝 (Udemy講師名:神草経知)
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