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松下村塾

今日も🌴夏🍍🏊☆.。.:*・🍍真っ盛りです👏
今月もありがたいことに、Saka.先生の記事に紹介して頂きました。

⬇️👘🏮お祭りを楽しむ🏮🍧🎇このような感じで紹介してくださいます🙇‍♀️🙇‍♀️

必ず記事の紹介と共に、Saka.先生がコメント💬を書いてくれます!
そのメッセージに元気をもらい、交流をしてる感じがあるので嬉しいです👏👏

今日の記事の要訳は、
🍧学問を受講し、その内容をまとめただけでは現実は変わらない。
🍻語っているだけ、意見を出しているだけでも現実は変わるわけではない。
🎆クリニックで実行した人にのみ、実は学びがある。

今日は、ちょうど一週間前に山口県の萩市にある松本村という片隅の小さな「松下村塾」から輩出された若者たちが日本を、時代を大きく変えたことから学びましょう✌


松下村塾へ

松蔭先生は、萩城下の東のほうの松本村の松下村塾で
子弟を教えていた。3年ほどの存続でした。

高杉晋作が、さすがにその建物の粗末さにおどろいたという‼️😲
おそらく前身は農具小屋にちがいない😱😱とあります。

松下村塾の建物

もともと塾舎が8畳一間だったが、松蔭先生が建物を建て増ししようと言い出し、
売り出した古家の畳約12畳分の広さの建物を大工も雇わず塾生と古材を運び、皆でキレイに建てあげたそうです。
高杉晋作もその労役に くわわったとあります✨

10畳分の畳を敷いて、土間1坪の部分は増築です。

 松蔭先生の松下村塾の始まりですが、
松蔭先生は27歳の書生で、藩の罪人であり、藩命によって野山獄から出され、実家の杉家で「禁錮」ということになったときから始まります。

実家杉家の横にある!農具小屋が松下村塾

村塾に入門する高杉晋作との出逢いの場である
松蔭先生の実家の杉家ですね。

小説にもある門に門扉などもなく、敷地のなかの様子が門をとおしてよく見える杉家の門

高杉晋作が松蔭先生へのこの時の期待は、
学者としての松蔭についてではなく 、
 ――ーなにやら おもしろそうな男。

あたらしい学問の師匠につくときのしきたりで、高杉晋作は自分の詩文集を差し出し、
松蔭先生はその冊子に顔を伏せ、熱心に読んだとあります。
そして読み終わりーー奇士が2人になったと。

「松下村塾の目的は、奇士のくるのを待って、自分(松蔭)のわからずやな面を磨くにある」
かねて友人たちに洩らしている自分の塾の目的にみごとにかなった人物が、久坂玄瑞のほかにいま1人増えたという思いが、松蔭をひそかに興奮させたとありました。

師匠との出逢いの場。
もともと仏間であった3畳半の「幽囚室」
その体は実家において禁錮されており、外出の自由すらない。

なぜ⁉️入門する際に自分の詩文集を渡すしきたりがあるのか❓というところですが

「詩は志なのだ」

とあります。つまり詩文集がその人の志。
松蔭先生の詩というのは、
「心胆のもだえ、ふるえ、あつさ、そのものが詩に凝ってここにある」と、宮部鼎蔵は声をふるわせていったと小説にありました。

その人の書いた詩のパワーは、脚光を浴び、わかる人の目に留まり、藩外の人にも一躍注目を浴びるのが"自分の詩集"という存在だったのです。
今はPCでスライドなど、媒体変わりましたが「志を書く」というのでは同じような存在です。

私は、司馬遼太郎の長州藩の人々について描かれた小説が好きでして、
幕末で彼らは最大の革命勢力となり、長く続いた徳川幕府の時代を終わらせ、新しい国づくりを主導しました。

革命の初動期

まず「初期」には、時代の矛盾を深く見抜き、
言葉で理想を語る“予言者”の存在がある。
その代表が吉田松陰です。
彼は自ら大きな行動を起こす前に命を落としました。
その思想や教育は、後の多くの志士たちに強い影響を与えました。

松蔭神社
ここもすごく良い波動が流れてます👌光と虹🌈

「革命の中期」には、松陰の思想を受け継ぎ、それを実現しようと行動に移す“実践者”たちが活躍します。

萩の道の駅にあった銅像

たとえば高杉晋作や久坂玄瑞は、討幕運動の先頭に立ち、命をかけて新しい時代を切り拓こうとしました。革命はこの「行動」が大事!
世の中が動くのですから。彼らは実際に血を流しながら、革命の動力となりました。

松蔭の生涯にかかわってくる読書は、王陽明の「伝習録」で、その中で

「実行の中にのみ学問がある。行動をしなければ学問ではない」

そして「終期」には、実現された変革を制度として定着させ、国をまとめる“処理者”たちが登場します。伊藤博文や山県有朋といった人物たちは、維新後の明治新政府を組織し、近代国家としての日本を形作っていった。理想を現実に落とし込み、社会を安定させる役割を担ったのです。

このように、松本村の松下村塾で、革命を起こした3種類の人間群をそなえることができたのが
極めて"まれ"です。。
この松陰を起点とする松下村塾の人々は、それぞれの段階において重要な役割を果たし、日本という国の大きな転換点を支えたのでした。

世界遺産🌍明治日本の産業革命遺産

世界遺産に登録10周年㊗️🎂となり、特別な御朱印が頂けました。

そして、おみくじは松蔭先生の有難い言葉書かれてます。
私は「幽囚録」一文でした。

大吉でした〜

「隠してしまえばどうにでもなると知りながら、それでも黙っていられないのが日本人の精神(大和魂)である」という意味です。
 → 不正や不誠実を見過ごせず、正義感から行動してしまう、という強い精神性を表していますと!

ちょうど参院選の投票日でしたので我々が参拝しお土産や、ひと休憩した後、車が神社の駐車場に入れず車渋滞起こしてました💦

高杉晋作は夏みかん味〜

政治家の方も開票前に祈願しているのかもしれません。


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