アンチヒーロー 【創作短編】
父親から押し飛ばされた体が、台所の床に転がった。その後すぐに蹴りがきたので、できるだけ体を丸める。でも、痛いものは痛い。大人と小学3年生じゃ、体の大きさが違い過ぎる。
「こんなんだから、母さんから逃げられるんだよ」
ぼんやりと思った。暴力を受けている間は、気を紛らわせるために意識を外に向けるようにしている。今日は電車の走り去る音に加えて声が聞こえた。
「私にお任せください!あなたの暮らしを必ず良くします」
通り過ぎる選挙カーから流れてくる演説だった。
「任せるから、今すぐやってよ」
痛みで薄れていく意識の中で呟いていた。
意識を取り戻したのは夕方四時半を過ぎた頃だった。起き上がると、体の色々なところが痛む。父親は酒で酔い潰れていた。奥では、点けっぱなしのテレビの音が聞こえる。手前にあるテーブルの上には、レシートと一緒に小銭と千円札が一枚放ってある。それを目にした時、衝動的に机の上から千円札を取って外に駆け出していた。もちろん行くあてなんてない。ただ、ここから逃げたかった。
「私にお任せください!あなたの暮らしを必ず良くします」
あの声が聞こえてきたのは、大通りの交差点だった。肩から青色のたすきをかけたおじさんが、マイクで喋っている。話が終わると、そのおじさんは周りの人たちとにこやかに握手を始めた。
「皆さんの悩みは、私が必ず解決します」
力強く訴える声に、自然と引き寄せられていた。
「…助けてください」
気がつけば、くしゃくしゃになった千円札を差し出して震えるような声で訴えていた。そのおじさんは、こちらを見て目を丸くしたが、笑顔は崩さなかった。
「君、お父さんやお母さんは?」
僕は何も言えなくなり、その場で下を向き首を横に振る。おじさんは、何事もなかったかのように言葉を続けた。
「そうか、そうか。こどもも大変だな。また親と一緒においで」
そう言うと、その場をいったん離れて近くにいた黒いスーツの人を呼んだ。
「君、困るよ。ああいうこどもを近寄らせないでくれ。イメージに関わる。あんな汚い千円ぽっちで私を動かせると思っているのか。安くみられたものだな」
その言葉に、もう立っている気力も無くなり膝をついた。ポタポタと地面に落ちて黒いシミになっているのは、こぼれてくる涙だった。その時だ。近くで花火のような音がした。
2024年12月24日、午後5時23分。
パン!パンパンパン!
「キャーッ!」という悲鳴が聞こえ、「逃げろ!」と怒声が飛んだ。
周りを見ると、たくさんの人達が倒れていく。みんな血を流していた。心臓の鼓動が速くなる。今、何が起こっているのかが分からない。
選挙活動中だった自立民新党の候補者 丸先田吾郎氏が銃撃され死亡。
他 負傷者多数。
「…助けて、誰か」
その場から動くこともできず、祈るように拳を固く握っていた。
「…お?今『助けて』って言った?」
顔を上げると、そこには真っ黒な衣装を着たサンタクロース姿の男が立っていた。右手には大きな銃を持ち、それを肩に乗せている。
警察は「ブラック・クローズ」と名乗る反政府組織の犯行と断定。
「おい!目的は果たした。ズラかるぞ」
近くにいた真っ黒な衣装のヒゲもじゃ男から声が飛ぶが、目の前の男は動かない。僕の手を取り、握りしめていた拳をゆっくりと解いた。そしてクシャクシャになった千円札をつまみ上げる。
「お、大金発見〜!でも、こんなに握りしめたらお前も千円札も痛いだろ」
不思議と、嫌な感じはしなかった。
「あ、ごめん!盗ろうとしたわけじゃないから」
千円札のシワを伸ばして、僕の手の中に戻そうとしている。
「…助けてください」
泣きながらその手を押し返すと、男はキョトンとした顔をした。
「おい、テン!早くしろ!」
仲間の男がもう一度叫んだ。その声には焦りが滲んでいる。でも、目の前の男は気にしなかった。ニカッと笑って僕の頭にポンと左手を乗せる。
「いいよ。この千円で、確かに請け負った」
男は右肩から銃を外し、空に向けて一発だけ発砲した。パァン!と響く乾いた音と共に、男の後ろから走ってきたジープが急ブレーキで止まった。男は僕をそのままひょいと抱えて、近くにいたヒゲもじゃ男と一緒に後部座席に乗り込む。それと同時に車はまた急発進した。
尚、現場に居合わせた9歳の男児が連れ去られ、行方不明。
「合図がおせーんだよ!ってか、そいつ誰だよ」
運転する長い黒髪の男は、本気で怒っている様子だ。
「こいつは、俺の友達の〜…」
テンと呼ばれる男は、僕の方を見ながら少し考えた後に言った。
「…セン。千円札の千!しばらく一緒に行動するから」
ヒゲもじゃ男と、長い黒髪の男は、こちらを見ながら目を丸くした。
「はぁ?!本気で言ってんのか?」
「なんか長々と話してんなと思ったら…」
2人の男が頭を抱えているのに対して、テンは笑っている。
「いいじゃねーか。大勢のほうが楽しいだろ?なぁ、千」
政府は警察庁広域重要指定事件として、各都道府県に広域捜査官を設置。捜査が開始された。
たくさんの声に囲まれて、こんなに賑やかなのは久しぶりだった。
毎日ずっとひとりで、笑い方なんて忘れてしまっていた気がする。
「お?なんで泣いてんだ」
でも、今の涙がこれまでとは違うのは分かった。
きっとぎこちなかったと思う。
「なんか、あったかいんです」
でも僕は今日、心の底から笑えた気がした。
今回はコチラの企画に参加してみました。
・テーマは「こえ」
・ジャンル不問(エッセイ、日記、小説etc.)
・1000字〜2000字程度
・「#モノカキングダム2024」のタグを付けて投稿
今日誕生日を迎えた、新しい自分が踏み出す一歩として。
