「分からなかったら聞いて」では、私は育たなかった
新しい仕事を任されたとき、渡されたのはフォーマットだけだった。
「過去のものを見て作って」
「分からなかったら聞いて」
そう言われたけれど、過去の資料を見ても、分からないことはたくさんあった。
1. 分からないことが、分からないままの状態で
同じような内容でも、なぜか処理が違う。
判断の基準がどこにあるのか分からない。
記号や色の意味も分からない。
質問すると、「AIに聞いて」と言われた。
でも、AIはこの会社のルールは知らない。
結局、自分で試しながら、少しずつ覚えていくしかなかった。
2. AIにも、答えられないことがある
「AIに聞いて」と言われて、最初は素直にそうしてみたこともあった。
でも、AIにも答えられないことがある。
例えば、
「消耗品費と雑費の違いは?」
これなら、AIは答えてくれる。
でも、
「この会社では、消耗品費と雑費をどう使い分けていますか?」
これには答えられない。
会社独自のルールは、AIの知識の外にあるから
だから、「AIに聞いて」と言われて、私はとても戸惑った
3. 自分で考える力は、どうやって育つのか
「自分で考えて動ける人材になってほしい」
良く聞く言葉だと思う。
でも、最初から自分で考えて動ける人は、ほとんどいないと思う。
まず一緒にやってみる。
次に、隣で見てもらいながらやってみる。
最後に、一人でやってみる。
そういう段階を踏んで、少しずつ自分で考える力がついていくものだと思う。
「過去のを見て」
「AIに聞いて」
「分からなかったら聞いて」
それだけで終わってしまうのは、
自分で考える力を育てているのではなく、ただ学ぶ責任を、本人に渡してしまっているだけなのではないだろうか。
4. 仕事ができる人とは、何だろう
この経験を通して、「仕事ができる人」とは何だろう、と考えるようになった。
最初は、「教えるのが上手い人」のことかもしれないと思った。
でも、教え方が上手い人がいても、その人が休んでしまえば、仕事は止まってしまう。
それなら、本当に必要なのは、誰が担当しても迷わない仕組みを作れる人なのかもしれないと最近は思う。
「過去のを見て」
「分からなかったら聞いて」
「AIに聞いて」
これらは、便利な言葉だと思う。
でも、その前に必要なのは、誰でも学べて、誰でも再現できる仕組みを作ることなのかもしれない。
属人的に仕事ができることより、組織として仕事が回る状態を作ること。
それが、今の私が目指してることなのかもしれない
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