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戦後文学としての遠藤周作

戦後80年を理由に取り上げるという面もあるのだが、遠藤周作の作品には、戦後文学的な側面も、もちろんあった。

①『沈黙』

キリシタン弾圧を扱った歴史物である。だが、この作品が発表された1960年代は、まだ左翼思想の影響が色濃く残っていた。当然、左翼思想にかぶれた人々も、この作品を読んでいただろう。彼らは、どのように読んだのだろうか?

『沈黙』は主人公の棄教の場面がクライマックスである。キリスト教信仰の棄教を共産主義からの転向と読み替えると、この作品は戦後文学になるのだ。左翼的な読者の中には、転向と棄教を重ねて、この小説を読んでいた者がいたに違いない。

もちろん、福音書にも棄教の危機の話は出てくる。ペテロ(ペトロ)の否認(イエスが、鳥が鳴くまでに3回、私を知らないと言うだろうという予言が当たった話)が、それだが、ペテロは結局、棄教せずに殉教した。(遠藤には『キリストの誕生』で、ペテロが、なぜ強くなれたのかをテーマにした記述がある。)殉教したのでは、棄教をテーマにした小説にはできない。

②『海と毒薬』

戦時中に、実際に九州帝国大学で行なわれた人体実験を取材して書かれた。正面から、日本人の罪の意識の欠落を取り上げた作品。海は、福音書で信仰が揺らぐ場所であり、罪と関わる。

この中で、復員兵だった近所の人達が、2、3人、戦争で、殺しているというくだりがある。戦後とは、そういう人達が普通に市民生活をおくっていた時代だったのだと改めて思う。これは遠藤の長編の中で、もっとも戦後文学的な作品と言える。



③『黄色い人』

出征中の男の許婚と関係をもつ男性の話で、罪の意識の希薄な日本人がテーマである。このテーマから本作は『海と毒薬』の先駆けだったと言うことができる。テーマが先にあり、観念性が先行しているところが戦後文学的だったと言える。

④『侍』

殉教する武士の話。1980年発表なので、戦後意識は希薄になっていただろう。『沈黙』が上梓された頃とは、時代の雰囲気は異なっていたに違いないので、殉教を、例えば、治安維持法下の獄死などと比較するような思想信条に対する弾圧の話という意味で、戦後文学的な読解をする読者は少なかったと思われる。ただ物語性より観念性が先行することには変わりなく、その点は戦後的な面もあるようだ。

遠藤周作の作品は重苦しい観念性において、戦後文学的だったと言えるのだが、今の時代からは日本人にとってのキリスト教、日本人と西洋人のメンタルの違いなどをテーマにしたと見做されている。

ヨーロッパの文化を自分のものにすることに伴う苦痛や違和感などを率直に告白する人がいなくなったのは、なぜだろうか。日本人も、それだけ西洋化が進行したということなのか。このあたりについては別の記事で取り上げてみたい。

お読みいただき、ありがとうございました。




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