人生、爆発してからが勝負だったという気づき
こんにちは、愛音です
14歳で人生がドカン!!した娘。そこから始まった精神障がい者としての人生。母には泣きながら叱られて、父には困ったような顔して強めに叱られていました。
時間は戻せない、何度も言わせないで!これは父から。
なんで苦しいこと、ちゃんと話してくれないの!これは母から。
泣きながらカッター手にして《時間戻してよ!もう間違えないから!今度は上手くやるから戻してー!》泣いて、狂ったように叫んで、腕を傷つけてました。その姿を見たら父だって怒ります。母も泣きながら叱りますよ。
10代は本当に手探り状態。なんて言えばいいのか、なにを言っちゃいけないか。何を言ってしまったら愛音を追い込むのか。だけど親として、叱るのも必要。
父も母も私から逃げなかった。逃げようとする私を逃がさなかった。私がどんなこと言っても、どんなことしても、叱るときは叱ってくれました。抱きしめる時は抱きしめてくれました。主治医に相談もしてくれた。
なにより《愛で誤魔化すことはしなかった》これが凄いと今なら分かります。
口先で愛を語ったり、私を全肯定したりしなかったんです。間違ってるときは違うことを教えてくれたし、肯定する時は冷静に話を聴いたうえでの肯定。適当に《愛音が正しいよ、愛音が全部正しい》とは決して言わなかった。《悪いけど、その気持ちは間違ってるからね?》ちゃんと教えてくれました。
不登校になり、優等生から転落して、精神障がい者になった私。
人生終わった!!そんな風に泣き叫んでいました。泣き叫んで、カッター握って、目覚まし時計はぶん投げて壊した。
人生終わった、もう生きてたくない、そんなことばかり叫んで泣いていましたね。生きることに絶望していた。この先どう生きればいいのかまったく見えなくて、誰よりも生きることが怖かった。
《怖いってことは、愛音ちゃんは生きたいんだよ》
《分からないなら考えればいい。みんなで愛音のこと考えるよ、家族なんだから》
うちの家族は、みんな面白い。
その中で一番おかしかったのは私です。
優等生にしがみついて、いい子じゃないと捨てられるとか、家族を甘くてみていましたね。
私がどんな人生でも、どんな障がいがあっても、現状から目をそらさない。
今ある問題を一緒に悩んでくれる。
時に笑い飛ばしてくれるし、時に叱ってくれる。
《そもそも愛音の言ういい子てなに?》
《えー…ちゃんと働いて家族に迷惑かけないとか…》
《分かった。まずその狭く、つまらない思考を広げろ》
兄は的確なツッコミが素晴らしい存在です。
普通とか、一般的とか、みんなとか、
そういうものに軸を置かないのが我が家です。
我慢して爆発するくらいなら、我慢しない道を選べ。
道なんて数えられないくらいある。
自分の道を見つけたらそこを信じて歩け。
いい加減自分になるのを怖がるな。
人生がドカン!しなかったら家族のありがたみを理解できなかったでしょう。人生が数回ドカン!してもそんなのは怖くない。
爆発してからが、私の人生なんだ。
こんな破天荒な人生を今、好きだと思うし、なにより愛おしい。
それに気づかせてくれたのは間違いなく愛する家族たちの存在。
この家族の娘でいられることは、なにより誇りですね。
*愛音*

人生はさ、
多少爆発しても
案外揺るがないもんだよ?
だから怖がらないで
散歩してくれば?
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これからも頑張りますね!