一筋の涙を流した父は「おかあさん…」とさいごに囁いた
私が29歳の春、父は空の上に旅立った。
穏やかな春の光が病室にやさしく入る昼下がり。
桜の花びらがゆっくり地面に降りていく…
「ねぇ…お父さんが、泣いてる…」
動かなくなった彼は、一筋の涙を流していた。
それはそれは穏やかな幸せそうな顔で
(おかあさん…)と小さく
けれど確かに言った後、
父は静かに旅立った。
父は亭主関白で、かんにさわると剣幕で怒鳴る人。
入院する前の数年はすっかりまぁるくなり、私もやっと安心して会話が出来るようになっていた。
父がギャンブルで借金をしてる事を私が知ったのは、10代の頃。
仕事はしていたが、ギャンブルは続き返済が追いつかない。
母はパートの掛け持ちをしながら必死に働き、借金返済の日々。
母に苦労ばかりさせる父を、当時の私は許せなかった。
父のせいで私は「結婚」に夢がなかったし男は皆、女をコキ使う憎き者というレッテルが潜在意識にこびりついた。
結婚なんて女ばかり苦労するだけ。
昔はそう思ってたのに、
私は結婚した。
好き勝手やって散々家族を振り回して逝った父だったが、
根は優しい人だった。
それが救いだったのかも知れない。
しばらく経ち、母と話をした。
「あの時お父さん最期に(おかあさん)てお母さんのこと呼んでたよね。何か言いたかったのかな?」
母が静かに口を開いた。
「あれは、私のことを呼んだんじゃ無い。
あのときお父さんが呼んだ『おかあさん』は、
お父さんのお母さんの事だと思う。
お父さんすごく嬉しそうな表情で涙流して、穏やかで安心した表情だった。
あの時
お父さんのお母さんが、迎えにきてくれていたんだと思うよ。
お父さんはやっと、自分のお母さんに会えたんだよ…」
そう母は話した。
私の父は幼い頃に母親を亡くし、とても寂しい幼少期を送ってきたという。
きっと父は、その満たしきれない心の隙間を、ギャンブルをする事で埋めようとしていたのかもね。
母とふたりで、おかあさんが迎えに来てくれてよかったよね、としみじみ語りあった時から、
父も辛くて寂しくてもがいていた人だったんだと、私もやっと気づく事が出来た。
お父さん、元気ですか?
そちらでは、おかあさんの側で一緒に過ごせていますか?
愛をたっぷり感じられていますか?
今の私はもうすっかり、あなたを許せてます。
結婚生活色んな葛藤はあるけど、それも学びなんだと思えるし。
だから安心して。
お父さんの分まで
私は愛を体現して生きれる人になる。
自分も周りも、愛で満たせる人になる★
いいなと思ったら応援しよう!
応援していただけると、とても嬉しいです★いただいたチップはクリエイターとしての活動費として大切に使わせていただきます。