はじめまして、Keikoです。【私のことを少しだけ】
人は、生きている間に何度かは「自分は何のために生きているのだろう?」という疑問を持つのではないかと思います。
特に子どもの頃や思春期、若い時ほど、その疑問が重くのしかかる…
私もそうでした。
そして私は出会ったのです。
生きる指針となる、「あんな風になりたい」「あんな風でありたい」という女性像。
アイウォーラおばさま。
…色々と語る前に、私自身の自己紹介をしなければなりません。
「私のことを少しだけ」
はじめまして、Keikoです。
私は昭和24年(1949年)12月、兵庫県に生まれました。
第二次世界大戦が終わって4年が経つ、雪の降るとても寒い日だったそうです。
そういうわけで、私は現在76歳。
同級生たちの半分は77歳になっております。
「Keiko(啓子)」と名付けられた赤ん坊が、77歳になろうとしている。
これもまた、ひとつの歴史だと自負している私なのです。
私の体や心いっぱいに詰まっている経験や思い出。
それを掘り起こしながら少しずつ語っていくことで、同世代の人と思いを共有したり、後から来る若い人たちの将来の参考になったりできるなら、私が生きてきたことも何かの役に立つかもしれないと思い立ちました。
私は、あまり個性や特徴がない、ごく平均的な日本の子どもでした。
それは幼稚園の時から、今に至るまでそうです。
だからこそ、より多くの人々の気持ちと、私の気持ちは共鳴するのではないかと思い始めたのです。
25歳で声楽家の夫と結婚し、27歳で長女、33歳で長男の母となりました。
その後、人並みに家事や育児をしながら、夫の仕事を手伝い、長らく特段の疑問も持たずに暮らしておりました。
ところが、40歳になった頃、「自分に何かできる事はないだろうか」という気持ちが、ムクムクと頭をもたげ始めました。
私はいつも「生きる」ことに興味がありました。
そして、「生きる」ことと「歳を重ねる」ことは、決して切り離せないのだ、ということにも気がついておりました。
たとえ、ほんの些細なことであっても、何かしら意味のあること、小さな幸せを積み重ねながら生きていきたい。
そうしないと、本当の幸せは手に入らないのではないか?と考えるようにもなりました。
大袈裟な話ではないんです。
私の小さな幸せって、こんな感じです。
朝近くの公園でベンチに座る。
近くの馴染みの喫茶店に行く。
時には少し足を伸ばして、知らない人ばっかりの喫茶店に行く。
誰もいない家で本を読む。
夜更かしして、くだらない漫画を読んで笑い死にそうになる。
500円玉貯金をして、こっそりランチを食べる。
外の雨音を聞きながら、部屋に音楽を流す。
これらすべて、ささやかですが、私の至福の時間なのです。
大きな成功でなくても良い、華々しい大舞台に立つ必要もない。
日々、小さな幸せを集めながら、好きなもの、好きな色で、少しだけ「装う」。
それが私の幸福。
そんなごく平凡な私に、娘がInstagramを教えてくれました。
少しずつ、同じ思いを共にするお友達と繋がり、私の世界も広がりました。
そして何より、私より若い世代の人たちが「歳を取るのが、それほど怖くなくなった」と言ってくださるようになりました。
ますます私の幸せが増えました。


皆様はミヒャエル・エンデ作「はてしない物語」をご存知でしょうか。
その物語の第24章に〝アイウォーラおばさま〟という、私が理想の女性とするキャラクターが登場します。
簡単にあらすじを申し上げます。
どちらかと言うとパッとしない主人公、いじめられっ子の14歳の少年バスチアン。
ある日彼は、本屋で一冊の不思議な本を見つけます。
題名は「はてしない物語」。
読んでいるうちに、彼はその本の世界に入り込み、色々な冒険をしながら、やがて栄華を極めます。
しかし同時に、彼は〝傲慢〟に蝕まれるのです。
彼は心身共にボロボロになって飢え渇き、行き場所を求めて彷徨うのですが、やがて中から美しい歌声の聞こえてくる一軒の家にたどり着きます。
その歌声の主こそ、アイウォーラおばさまでした。
もう百年ものながいあいだ
待っていたのよ お客さま。
ここへの道を見つけたのだから、
あなたにちがいはありません。
のどがかわいたでしょう、
おなかがすいたでしょう、
みんな用意ができてますよ。
さがしているものも 欲しいものも、
やすらぎも なぐさめも。
つらいことがいっぱいだったわね。
いい子だったにしろ わるい子だったにしろ、
あるがままでいいのです。
だって あなたは
遠い遠い道をきたのですから。
アイウォーラおばさまは、綺麗な花や果物の服を着て、帽子をかぶっていますが、それらは模様でなく、本物の果物や花なんです。
私は、おばさまは「果物の精」だと勝手に解釈しているのですが、彼女は飢え切ったバスチアンに、自分の服や帽子から、新鮮で美味しい果物をもぎって、与え与え与え続けました。
やがて身も心も満たされたバスチアンが、どうなるのか…?
アイウォーラおばさまは…?
是非とも、第24章だけでも読んで頂きたいと思います。
なぜ私がそれ程までに、アイウォーラおばさまとの出会いに感激し、理想の女性像としているのか。
ここできちんとお伝えするのは難しい…というのが正直なところです。
あえて言うなら、「無私無償」…自分を削って、ひたすら命を次世代に継承していく、彼女の在り方に感動したのです。
私自身、人並みに、生きるのが難しくて辛い時期もあり、この本を読んだ時期、無償の包容力を求めていたのかも知れません。
そして、この本を読んだ上で、今の自分の年齢になってみると「今度は自分が命を繋げる存在にならなくては…」と思えるのです。
日常の小さな事でも良いから…と。
繋げていく。
それが、今の私が考える、最高の幸福なのです。

この写真は、アイウォーラおばさまをイメージした〝優しい老婦人〟に私自身が扮して、知り合いの写真家Keiさんに撮っていただいたものです。
今から10年前、66歳の時の写真ですが…まだまだ貫禄不足ですね。

そしてこちらの絵は、趣味で日本画を習っていた娘に、アイウォーラおばさまのイメージを元にして描いてもらったものです。
絹布に描かれた(絹本)温かい絵で、何億円積まれても譲れない私の宝物です。
もっとも、描いた本人は「え、5万でも10万円でもいただけるなら、喜んで買ってもらうで!」と言っておりますが…
細々と続けてまいりましたInstagramですが、思いがけず様々なご縁も運んできてくれました。
そのうちの一つが、商品開発のアドバイザーとしてお声掛けくださった企業さんとのご縁です。
そのお仕事を通じて、著名な人気写真家の浅田政志さんに、たくさん素敵な写真を撮っていただく機会に恵まれました。
そして、私の宝物であるこの絵と一緒の写真も撮っていただいたのです。

自分でも不思議なのですが、若い頃には想像もしなかったような出会いが、この歳になってから次々と訪れました。
歳を重ねるというのは、何かを失っていくだけではないのだなぁと、その度に思います。
ちなみに私がSNSのアカウント名にしている「aiohura」と言うのは、「〝アイウォーラ〟を日本名にしたら〝大浦愛〟になるな」との、これまた娘の一言から、それをローマ字表記したものです。
完璧なアイウォーラおばさまになるのは、この世に身を置く人間である限り不可能ですが、とにかく「生きていく方向が見えた」と強く思えたのです。
これからこの場所で、私の思い出や日々の出来事、そして小さな幸せについて、少しずつお話ししていこうと思います。
お茶でも飲みながら、気軽にお付き合いいただけましたら幸いです。
