掩体「壕」の用語について気になること等
前々から気にかけていたこととして、掩体壕という用語は正しいのかという問題がある。以降につらつらと駄文を綴る。
「壕」と聞くと防空壕や司令部壕といった山や地面を穿って作り上げた穴倉のようなイメージが筆者にはある。大体の辞書も城に伴う堀や深く掘った溝など掘り下げる意味を示している。

掩体"壕"か掩体か…
筆者が初めての研究テーマとして意識したのは飛行機用防護施設の通称「掩体壕」であるが、これは形態や工法が様々であり、筆者には「壕」というイメージを持てなかった例もあった。通時的なものだとか、これまでの研究史の中で揺らぎのようなものを含みつつ、なんとなくで使われてきた言葉は他分野でも多いものと思う。しかし、筆者としては研究材料とする上では考えを明確にしておきたい気持ちがある。
この非常に繊細で些細なことと思われる疑問は筆者も当初は気にしていなかった。ある時、ご高齢で建築分野に詳しい方に筆者の研究を知られる機会があり、その方から掩体壕という言葉に疑問を持たれた。掩体の間違いではないかと。確かに用語として掩體(体)、掩体壕、格納庫、飛行機置き場と様々あるのにはっきりと調べていなかった感があった。なお、現在の自衛隊でも掩体の用語は存在し、掩体掘削機なんてものもあるようだ。
現在はアジア歴史資料センター(以降、アジ歴)など、ネットと閲覧媒体があれば、誰でも、いとも簡単に戦時中の日誌や戦後処理に関する機密資料が読めてしまう。アジ歴で探したある戦中日誌では、「工事箇所、金曜島/工事名称、第一大砲掩体壕/構造、洞窟式(岩磐)…」とあり掩体壕という用語の存在が確認できる。また、この金曜島の最後の欄には「工事箇所、金曜島/工事名称、挺身魚雷格納所/構造、地上式掩体…」と構造に関して壕の付かない掩体のみの用語が表記されていた(アジ歴より引用、C08030305300、『戦時日誌第二二七設営隊、昭和19年12月1日~昭和20年2月28日』)。この他にも洞窟式の速射砲掩体壕の表記もあり、掩体「壕」が付くものは洞窟式、付かないものは「格納所」と明らかに分別したものであった(前線、陣地の意味合いで掩という字を強調するか)。この考え方が海軍設営隊全般に言えるものかは後々の研究課題である(飛行機用についてはコンクリート製有蓋や無蓋ともに「掩体」とする文献がある)。
また、陸軍被服廠関係と思われる資料中には「自動車掩体壕」という名称が表記された資料もあるが(アジ歴より引用、C15120356100、『昭和20年5月』、Xにて当資料を紹介いただきました。)、これは場所や構造については不明である。先ほどの設営隊の考えに合わせればこれも「洞窟式(隧道式)」のものかと推測できるが、陸軍の用語の取り扱いとどう違うか、検証できていない。陸軍では飛行機用を「飛行機用掩体土塁、飛行機用掩体格納庫」だったり、ただ「掩体」と表記するものを確認しているがこれらは全て洞窟式では無く、RC造の有蓋型や土提式の無蓋型である。
『空襲に依る飛行場及諸施設に関する教訓』では「飛行機掩体」とし、コンクリート製を「有蓋掩体」と表記する(アジ歴より引用。C01007863800、昭和20年3月5日野戦経理長官部)。なお、壕にあたる居住及び燃弾庫、陣地に関しては「洞窟」の用語を合わせていた。
以上は戦時中の資料をかいつまんでの紹介であったが、防護施設の名称に違いがあることが理解できると思う。これを通称名で通し、研究を続けることに違和感を覚える。ハッキリと洞窟式に対しては掩体壕としつつ、地上の防護施設については掩体という構造名と格納庫という括りで分類しているからだ。

筆者の考えとしては指定名称、通称名があったとしても遺構の用途と名称は切り分ける必要があると考える(〇〇用掩体)。後世の造語と批判があるだろうが研究する上ではその字の持つ意味をよく理解しないと根本の概念を脅かしかねないものと考える。なので掩体壕という用語は研究では使わず、大きな括りとして掩体と記し、これを補足する形で洞窟式(隧道式)掩体や土提式無蓋掩体などと構造、タイプを付して認識してきた。もちろん、文化財になった掩体壕という指定名称は指定に至る背景まで含めて尊重されるべきだが、調査研究となると遺構の分類を行っていく過程で矛盾が生じるはずである。これは戦跡考古のみならず、なるべく史実に沿いつつ、研究する上での用語の検討を行っていきたいという筆者の思考の一つである。
