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事業か趣味か。迷子になってnoteを続けるのが苦痛になった私が、noteを続ける目的を考え直したときの話。

1. 迷子の始まり

noteを始めた当初、目標は月収1万円。
現実的で、手が届きそうな数字に見えた。
そのはずだった。

だけど、全然うまくいかない。
売れない。

いや、売れないだけじゃない。
最近じゃ、書くことすら、ままならない。

書き続けていくうちに、私は迷子になってしまったから。

noteを始めた日は「気づきを売りたい」と思っていた。
けれど、気づきは売れなかった。
読まれもしなかった。

スキはつかないし、コメントも来ない。
私にとっては渾身の内容だったのに。

その一方で、反応があったのは「私の人柄」がにじむ記事だった。
共感され、スキされ、コメントが来る。
気づきじゃない。ノウハウでもない。人柄だった。

「私のnoteで認められているのは、私の気づきじゃない。私自身なんだ。」この事実を、私は受け入れ難い。

だって、それはつまり

「やりたいこと」は求められてない

ということだから。

2. 「向いている」こと

私は気づきを売りたかった。だけど売れない。
だったら、路線変更をすればいいじゃないか。
人柄を以て共感を得る記事を書けばいい。

頭ではそう分かっている。だけど、心が拒む。
「向いてる道」に進むのは、何かに負けた気がした。

だって、やりたいことは「気づきを売ること」だから。
これはきっと、プライドの問題なのだろう。

路線変更をすることは、

「やりたいことを諦める挫折」

そう感じてしまって、足がすくむ。


どっちに行こうか

3. noteの市場は「承認」で回っている

noteは承認の市場だ。共感=スキ=承認。
この流れがある限り、

「求められてないもの」を無理に出しても響かない。

人柄に惹かれてフォローした人に、
仕事のノウハウを提供しても、
喜ばれはしないだろう。

だからこそ、私は「気づきを売る」ことをやめるべきなんだろう。
分かってる、でも。
気づきを売る、をやってみたい。

最初にそう決めたんだ。
やるって宣言したんだ。
だから、やった。有言実行した。


やったんだから、もう、「気づきを売る」ことへの執着を、手放してもいいんじゃない?
毎日投稿を手放すと決めたときと同じように。

本業で得た知見を生かしたい。
けど、noteでそれをやっても響かない。
そもそも届かない。届くことはない。

だいたい、専門分野で発言して、多くの人が耳を傾ける発言者というものは

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