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チェーホフは言った「人間の目は失敗した時に開く」と。だが、リカバリーの時間がないのだ【老老介護ズタボロ日記 #8】

まさか、この歳になって老親の介護をするとは夢にも思わなかった。

3年前に逝った母親の介護も含めると、足かけ5年を超える。なんとか動いてくれている私のココロは、もはやズタズタに引き裂かれ、ボロボロだ。

「そんなに文句たれるんだったら、オヤジなんかさっさと施設でも何でも入れちまえっ!」

「なんで毎日毎日、懲りずに面倒見てるワケ?」

「よくやるわ!、ホント」

歯に衣着せぬ悪友は、そんなふうに小ばかにしてくる。

私だって財布に余裕があれば、明日にでも施設にオヤジを預けたい。しかし悲しいかな、そんな金はびた一文ないのだ。

年金の受給をギリギリまで引っ張って、将来1.84倍に膨らんでから頂こうと決めている身である。

スーパーには夕方の値引き時間を狙ってしか行かないような輩に、介護代を毎月払えるような余裕などあるはずがない。

まったくの想定外だった。10年前には想像すらできなかった現実がここにある。

かつての私は、55歳になったら仕事を辞めて、残りの人生は悠々自適に過ごそうと目論んでいた。

お気に入りの座右の銘は「晴耕雨読」。晴れた日には(猫の額ほどの)畑を耕し、雨が降れば、好きな本をベッドの上やリビングのソファーに寝転んで読みふける。

それが夢だった。

毎年買い替える手帖の最後のページには、いつも一枚のイラストを描いていた。

海辺に建つ、小さな平屋の一軒家。使いもしない煙突がポコンと屋根についていて、南向きのウッドデッキにはリクライニングチェアが置いてある。

その横にある納屋には、なぜか軽トラとハーレーダビッドソンのローライダーが。 そして傍らには老犬が1匹……。

そこには妻の姿はない。男一人きりの気ままな暮らしだ。そこでのんびりビールを飲みながら本を読むのが、私の憧れだった。

自営業だから定年なんて関係ないし、父のような会社員生活には鼻っから関心がなかった。人に使われるのが我慢ならない天邪鬼(あまのじゃく)なのだ。

太宰治ほど自堕落ではないにせよ、基本的にはよく似た節が自分にもある。

若い頃は酒場に入り浸っては歌を歌い、幾人かの女性と浮名を流しもした。“ヴィヨンの妻”ほどではないが、妻も当時は理解を示してくれていたと思う。

会社人間にだけはなるまい、自分の人生を切り売りしてなるものか。そう尖って生きてきたはずだった。

でも、それがどうだ。 母を看取り、いよいよ父の下の世話までするようになった今、私と父は完全に共倒れ状態にある。悪友は、

「お前は長男だから、それは宿命だよ」
とぬかす。

宿命という呪縛から解き放たれる日はいつ来るのか。このままだと足踏みをするばかりで、一向に前へ進めない。

そんな去年の秋、書店である本に出会った。

『いくつになっても、「ずっとやりたかったこと」をやりなさい。』(ジュリア・キャメロン/エマ・ライブリー、サンマーク出版)だ。

そこには、私が想定していた人生のセカンドステージの送り方――人生の「第2幕」のはじめ方が示してあった。

著者はいまから何かを始めるための基本ツールとして、3つの基本ツールを挙げている。

1つ目は「モーニングページ」。毎朝一番に、頭に浮かぶ意識の流れをそのままノートに書き綴る作業だ。

2つ目は「アーティストデート」で、週に1回、楽しいことを探すために1人で遠足をすることだ。

そして3つ目は「ソロウォーキング」。週に2回、携帯も持たず、犬も連れずに1人で20分歩くこと。

「過去は終わり、未来はまだ来ていない。人生を豊かにするのに、遅すぎることは決してない」

本を読みながら、ハッとした。

朝5時半に目を覚まし、ラジオを聴きながらメモ帳に浮かんだことを書き留める――これこそが、私が自宅でモバイルワークをしながら、すでに無意識に行ってきた習慣そのものではないか。

ロシアの劇作家チェーホフは、

「人間の目は、失敗したとき初めて開く」

という言葉を残した。

親の介護でズタボロになっている今の自分にたとえれば、私はすでに“開眼”しているのだろう。

だが、開眼したところで、その失敗をリカバリーするための「残された時間」が私には圧倒的になさすぎるのだ。

前回、私は「あきらめたら試合終了」と書いた。けれど、焦燥感ばかりが募る。

先日、こかじさらさんという方が書いた『実際に介護した人は葬式では泣かない』という赤裸々な介護エッセイを読んだ。

本音が炸裂し、キレイゴトが一切ないその内容に、私は激しく同意した。みんな、泥をすすりながら、呪縛の中で精一杯、生きている。

手帖の端っこに佇んでいる家(平屋のイラスト)は、今も色褪せない。私はこの“失敗”したままで終わるつもりはない。

残された時間がどれだけ短くとも、このズタボロの日常の先にある「第2幕」を、私は私の手で引き上げてみせる。 (#9に続く)


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