善意(恐怖)の破壊令嬢~破壊レベル100だが聖女になりたい 5
5 ドキドキ野外演習
王立魔法学校に入学して1ヶ月が経ったお昼休み。
リタは、昼休みの時間を利用してゴミ拾いに励んでいた。
「いっちにちいっちぜ~ん。いつか聖女になるために♪」
正直なところ、毎日この行為を繰り返しているために、校内は隅から隅までピカピカだ。
(ううう。願掛けがただのパフォーマンスになっている。新しい一日一善のタスクを考えねば)
そんなことを思いながら、膝をついて裏庭のベンチの下を覗き込んでいると
「ちょっと、君」
誰かの声が降ってきた。
体をよじって見上げると、貴公子みたいに綺麗な顔の少年が目に入る。
「私のことでしょうか?」
「そうだよ」
リタは立ち上がり少年と対峙した。
すらりと背が高く、色白で品のある顔立ち。細身の体からは白いオーラが立ち上がって見えた。
(一見して普通の人じゃない感満載です。学校のボス的な存在でしょうか? 絡まれると嫌だなあ。私は平和主義……トラブルはゴメンです)
リタは思わず眉根を寄せ、斜め下に視線を向けつつ呟いた。
「あの、何を聞いたかわかりませんが私は無害です。黒髪が呪いの象徴なんて迷信です。なので学園のボスに目をつけられる筋合いなんて何も……」
「学園のボス? 僕は破壊魔法クラスのアレックスだよ。無害な男で有名なのに、なぜそんなイメージを持たれたのか不思議だな」
アレックスは不思議そうな顔をしている。
(自分で自分を無害だなんて……絶対に普通じゃありませんね……)
しかしリタは言葉を濁した。
「いかにも……強そうに見えたので、そうなのかな、と」
動物的勘が、なんとなくこの人は苦手だなあ、と感じているだけで、それ以外の根拠はなかったから。
「ははっ。確かに僕は破壊魔法1の実力者だよ。その上全てにおいて最上級のスキルを持つオールランダーさ」
アレックスはにっこりと笑った。
(真っ白な歯……絵に書いたような爽やかさ……)
恐らく好感度の高いルックスなのだろうが、リタは昔からこの手のタイプが大の苦手だ。陽の気、というのだろうか。
それにあてられてしまい、つい逃げ腰になってしまう。
「あの、何か私に御用でしょうか」
警戒心を解くことないままリタは尋ねる。
「噂で聞いたよ。君、破壊魔法の天才なんだろう?」
アレックスが笑いかけてくる。
「いいえ、破壊魔法など一切使えません」
「破壊魔法レベル100。山や学校さえも一瞬で焼き払うのに?」
「全てただのアクシデントです。学校を焼き払ったのは治癒魔法ですし、山はただの落下事故です。測定は機械が壊れていたのではないでしょうか」
リタはローランドからの受け売りをアレックスに告げた。
「まあそれはいいや。僕は君をスカウトに来たんだ。破壊魔法クラスに転科して僕とバディにならないか?」
リタは一瞬聞き間違いかと思った。
「あの、バディとおっしゃいました? 私と?」
「そう。君と僕となら天下を取れる。破壊魔法の2トップだからね」
どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。
「ありがとうございます。結構です」
軽く頭を下げリタはその場を立ち去ろうとした。
その腕を取られ引き止められる。
「ちょっと待って。いい話だろ? 自分で言うのはなんだけど、僕のバディになりたい人はいくらでもいる。その場所を君にあけ渡そうと言うんだよ?」
「私、聖女なので破壊なんて無理です……ほら、そのワードを聞いただけで恐怖に震えるありさまですし」
リタは己の体を両手で抱きしめた。
「それに私にはもうバディがいるんです。ハンスさん。運命の相手です」
そう言った瞬間、大きなくしゃみの音がした。
「ん?」
顔をあげ音のする方に視線を向けると、こちらに向かって歩いてくるハンスが目に入った。
「ハンスさん……!」
リタが声をかけると、ハンスは硬直しくるりと踵を返す。
そのまま反対方向へと駆け出した。
「待ってください、午後から演習でしょう? 今から作戦会議を……あ、すみません。失礼します」
アレックスにぺこりと頭を下げ、リタはハンスを追い去っていく。
「そっけないねえ……けど、僕に興味を持たない女の子って初めてかも」
アレックスは顎に手をあて、さわやかに笑う。
「面白い。破壊令嬢のリタ。ますます気に入ったよ」
◇
午後、生徒たちは運動場に集められた。
朝礼台の上には校長がいて、その下に先生たちがずらりと横1列に並んでいる。
ギルが口を開いた。
「それでは破壊及び、治癒魔法クラス合同演習を行います。演習場へ行き、二人一組で地図を見ながらゴールを目指してください。私たちはそれをモニターし、採点します。ちなみにゴールの速さも大事ですが、それ以外にもポイント加点がありますので、たとえ順位が低くても最後まで諦めないように」
そしてギルはこほんと咳払いをする。
「1年生にとっては初めての野外演習です。バディ同士協力してミッションをクリアしてください」
「イエッサー!」
生徒たちは一斉に心臓を叩いた。
リタも慌ててそれにならう。
「それではお待ちかね。演習場所の発表をするよ。ドルルルルルル」
ローランドはボイスドラムを鳴らしてみせる。そして
「ジャーン! ジャングルです!!!!」
満面の笑顔でそう言った。
「ジャングル?!」
「たとえ空を飛んだとしても、移動だけで数日かかるよね?」
顔を見合わせる生徒たち。
「ふっ、ふっ、ふっ。生徒諸君! それがね、一瞬で行けるんだよ」
ローランドは再び口を開くと、両手を胸の前で揺らし始めた。
彼の体の前には何やら黒い玉のようなものが出来上がっている。
「ゲートだ! すごい。初めて見た!」
一人の生徒が驚きに満ちた表情を浮かべて叫ぶ。
「その通り!」
ローランドは少しずつ空間を広げている。
「空間と空間をつなげて移動時間を大幅にショートカットする。こんなことまでできるなんて驚きだろう? 好きなだけ私を讃えなさい!」
ローランドは黒く丸い空間を持ち上げるようにして両手を高く天に向けた。
巨大な穴が空中に出現し、生徒たちは一斉にその穴へと吸い込まれていく。最後の1人が姿を消すとゲートは縮小しながらローランドの手元に戻り、手のひらの上でパチンと消える。
ガランとした運動場を前にローランドはうっとりと目を細めた。
「皆、移動したようだね。全く、自分で自分の才能が恐ろしい……」
酔いしれているローランドの横で、ギルが胃の辺りを押さえている。
「まさかジャングルで演習だなんて。知っていたらもっと武器を持たせたのに。モンスターや魔物の闊歩するジャングルなんて実戦そのものじゃないですか……」
ローランドはやれやれ、と肩をすくめる。
「ギル先生は心配性だねえ。残念ながらモンスターはめったに人前に出なくなってるんだ。偶然会えるような代物じゃないんだよ」
そして遠くを見つめながらこう言った。
「笛で呼び出したりしない限り大丈夫さ」
◇
そして1時間後……。
ハンスとリタは2人1組で藪の中を進んでいた。
「……俺の半径3 メートル 以内に近づくな」
木ぎれで作った杖でヤブをかきわけながら、ハンスはリタに釘を刺した。
「ハンスさんがそうおっしゃるならそうします……でも近くにいた方が安全じゃないですか?」
「お前が一番の危険物なんだよ!」
ハンスは叫び、はああ、と大きなため息をつく。
「さっきから転んだり躓いたり。足引っ張られてばっかりだ。取ることないな。こいつはマジで」
「はい! 私は無能で無害です!」
「有害な無能だからヤバいんだろうが!」
と、藪の奥でガサガサと音がした。
「きゃああああ」
ハンスは悲鳴を上げて飛び上がる。
「あ、すみません、3メートル以内に近づきます」
律儀にそう断るとリタはハンスの傍らをすり抜け、音のする方に歩み出た。
目の高さほどある草をかき分けると、小さな狐が寝ているのが見えた。
「あ、狐さんですよ。可愛いです」
リタはにっこり笑って言った。
ふわふわした金色の毛並み、閉じられた目、ピンと伸びたひげ、どこもかしこもが愛らしい。眠っているようだが奇妙なほど息が荒い。
(はっ! この狐さんもしかして)
よく見るとお腹のあたり滲む赤い血が目に入った。
「大変です。怪我をしています」
リタはしゃがむとハンスを振り返る。
ハンスは胸をなでおろしながら
「ほっとけよ。早くゴールしないとポイントが減るだろ」
「でも……」
リタは狐の心臓に手をやった。
「鼓動が弱くなっています。ヒール……」
「まてまてい! 殺す気か!!?」
「砂にしたら軽くなって持ち帰りやすいかと……」
「確信犯!? つか、もう、仕方ないなあ」
ハンスは渋々狐に手をかざした。
狐の白い毛で覆われた胸元がぽーっと光が灯ったように明るくなる。
しばらくすると呼吸が戻り、目が開いた。
そしてすごい勢いで起き上がると藪の中へ消えていく。
「よかったあ……」
リタは毛むくじゃらな背中を見送ると
「……ハンスさん、素晴らしいです!」
バディに感動を伝えた。
「……あんな初歩的な治癒魔法なんて誰だって使える」
「私にはできません!」
リタは静かにこう言った。
「治癒魔法が使える人は、優しい心の持ち主です。ハンスさんは優しさのコントロールができるから、命を救うことができる……本当に羨ましいです……」
キラキラした目で見つめられ、ハンスはぐっと息をのむ。
そして顔を赤くするとこう言った。
「ふんっ。まあ、ここまでは俺がポイントを稼いだから、こっからはお前がなんとかしろよ」
リタの顔がぱああっと明るくなる。
「私に頼ってくれるんですね! 嬉しいです。任せてください!」
威勢よく言うと、すっすと速足で歩いていく。
「こいつ、ポンコツだけど、やる気だけはあるんだよなあ……」
ハンスの声が背後から聞こえてくる。
(少しずつ私のことを認めてくれているようですね。ふふっ。バディっぽくなってきました!)
演習に参加してよかったと、心の底からリタは思った。
◇
そしてさらに1時間後。
二人はルートを大きく外れていた。
「ったく、しっかり迷子じゃねーか!」
プンプンしているハンスの後ろでリタは申し訳なさそうに首を含めている。
「すっかり忘れてました……私、ひどい方向音痴なんです……」
「それを早く言え! ったく、止まれと言ったのに無視しやがって」
「3メートル幅を取ることを優先しました」
「このバカ!」
「うううう……」
「あーあ……すっかり遅れをとっちまったよ」
ドーンと大きな音がして赤い狼煙が木々の間から見えた。
ゴールを知らせる狼煙である。さっきから、ひっきりなしだった。
ハンスは絶望的な表情を浮かべた。
「はああ、びりだな、こりゃ……くそっ」
ハンスは悔しげに肩を落とすと、大木にもたれかかった。
「ああああ、つまんねえ。ジャングルで演習って聞いたからモンスターでも出てくんのかと思ったら狐しかいねーし。わざわざここに来た意味がないよな」
リタの耳がピクリと動く。
「確かに狐さんなら、学校の近くにもいますよね」
「だろ。校長、ゲートを自慢したかっただけだな。ありゃ」
「そうかも……なんだか勿体ないですよね。こんなところまでやってきたのに」
どう、と熱い風が通り過ぎていく。
と同時に名案が浮かんだ。
「じゃあ、今から私がモンスターを呼びよせますね」
リタはポケットから笛を取り出した。
ハンスの顔が青ざめる。
「ちょ、ま、その笛はまさか……」
「はい。モンスターを呼ぶ魔笛です」
リタはにっこりと微笑んだ。
「もっと早く思いついたら良かったです。今からだと一体が限界です」
「わわわわ、一体どころか0体で十分だ」
「遠慮しないでください」
「お、お、おい、吹くなよ」
ハンスはゆっくりとリタに近寄った。
「ちょ、何で逃げるんだ!」
「3メートルの距離を空けてるんです」
「律儀に守るな! ていうか、吹くな。吹くなよ」
「あ、」
リタはハッとした顔でハンスを見た。
「そう。絶対に吹くな」
「わかりました」
リタはにっこり笑うと宣言した。
「リクエストに応じますねー!」
ピーーーーーーー
リタは思いっきり笛を吹き鳴らした。
「ぎゃーやめろーーーーー!!!!」
笛と悲鳴が大地にひびきわたる。
ハンスはリタの口から笛を奪うと、襟首を掴んで揺さぶった。
「何で吹く? 吹くなって言ったよなあ? ぁあああん」
「吹きな、かと……」
「お前、絶対わざとだろ!!!」
ど、ど、ど、と地面を震わすような音が聞こえてきた。
草木が激しく揺れ、そして遠くの大木がメリメリと割れて、そこから恐竜にも似た大型モンスターが出現した。
「ひえええええ」
モンスターの目が人間をとらえたらしく一瞬動きが止まる。
そして頸を大きく振ると牙が並んだ大きな口をあけて雄叫びを上げた。
「ひいいいい」
ハンスはリタの後ろに回り込む。
「ほら、いつものやれよ。あいつを砂にしろ!」
「は、はい!」
リタは迫りくるモンスターに右手を差し出した。
「ヒール!」
いつもの掛け声とともに治癒魔法を繰り出す。
白い光がリタの右手から伸び、巨体に当たった。
しかしモンスターは一瞬たじろいだあと、赤い憎しみに満ちた目でリタたちに向かってきた。
「どうしよう。効きませんでした」
「この役立たず!」
「ダメ元で破壊魔法を。えいっ!」
覚えたての破壊魔法を繰り出したが、今度は何も起きない。
あたふたしているふたりに向かい、モンスターは容赦なく向かってくる。
「どうやらロックオンされたみたいですね」
「ば、ばか、お前のせいだぞ! どうするんだよ!!」
「解決方法は1つだけあります」
「なんだ?」
「逃げましょう!」
「うぎゃーーーー」
さすがのリタにも、この状況が自分が引き起こしたということぐらいわかる。
せめてもの贖罪にとリタは走りながら、何度もヒールを投げかけた。
しかし全然効かない。
それどころか。
「なんだかみずみずしくなっている?」
土臭かったモンスターの体表が、つやつやと明るく光り始めた。
「あれ? 見て。ハンスさん。モンスターの前にさっきの狐が立ちはだかってますよ」
「え? あ、本当だ!」
ハンスが復活させた狐が、両手を広げてモンスターの前に仁王立ちになっている。
「すごい……きっと私たちを助けてくれるつもりなんですよ。情けは人のためならず。良かったですね! ハンスさん」
「あ、ああ」
二人は固唾を飲んでモンスター対狐のバトルを見守った。
ドドドド!
ところが……。
「普通に通り抜けていったんですけど!!!」
ハンスが叫ぶ。
モンスターの股の向こう側に呆然としている狐が見えた。
「……相手にされていませんでしたね。でもありがとう。狐さん……!」
「たそがれてる場合か! 俺らは完璧狙われてるんだぞ!」
生温かい獣の息が吹き掛けられた。
「追いつかれる。もうだめだ!」
ハンスが絶望の声を上げた時……。
ずしゃあ、と何かが切れるような音がして、目の前に誰かの舞う姿が飛び込んできた。
その影は大きな剣を持っていて素早くモンスターの横腹へ切りつける。
「ギャオオオオオッ」
つんざくような雄叫びとともに、モンスターは前足を思いっきり上げて悶絶した。その姿は通常の倍ぐらいの大きさに拡大して見え、ハンスは恐怖の叫び声を上げる。
「うわああああん、怖いよーいやだよー死ぬぅぅぅぅ」
しかしもう一度、すらりとした影が飛び、今度はモンスターを一刀両断した。
どう、と巨体が地面に倒れ、人影がすたっと地面につく。
そしてくるりとこちらを見て笑いかけてきた。
「もう大丈夫だよ。僕が来たから」
モンスターを倒したばかりだというのに、息も髪も乱れていない、貴公子然とした爽やかな表情。
「あなたは……」
リタはまぶたをパチパチと打ち合わせた。
「腰が抜けた……」
反対側の地面にハンスが座り込んでいる。
「あ、ハンスさん……」
リタは助け起こそうと手を差し伸べた。
しかしピシャリと払いのけられてしまう。
「触るな! この疫病神!」
よろよろしながらもハンスは自力で立ち上がる。
そして目の前にいる人影に気がつき大きく両目を見開いた。
「破壊魔法クラスのアレックス様!!!」
「ふふっ。やっぱり僕の名前は治癒魔法クラスにも轟いているようだね」
アレックスは満足そうに前髪をかきあげた。
「ひゃあああ、かっこいいいいいい」
両手を胸のあたりで組み合わせた乙女モードなハンスが、キラキラした目で叫ぶ。
さっきまで腰を抜かしていたのにすっかり元気を取り戻したようだった。
「ハンスさん、ご存じなんですか?」
「当たり前だよ。王立魔法学校の通称王子にして3大賢者シス様の孫、アレックス様じゃないか。こんなでっかいモンスターをたった一人で倒すなんて! やばい。めちゃくちゃカッコイイ!」
アレックスは剣をさやにおさめると、ポツリと言う。
「一撃にしたかったんだけどな。モンスターは手強いや」
「ひゃーどこまでも謙虚……! さすがはアレックス様……! あ、そうだ」
ハンスは素早くポケットからメモ帳を取り出すと、アレックスの前に差し出した。
「あの、もし良かったら、サインなどいただけないでしょうか……」
「いいよ」
アレックスはメモ帳を受け取り、さらさらと自分の名前を書きつける。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!」
ハンスはサインを受け取ると満面の笑みでぴょんぴょん跳ね回った。
「やったやった! サインもらった! あ、名前もつけてもらっていいですか?」
「いいよ。なんて?」
「ハンスです」
さらさらさら。
「わーい。名前まで認知してもらえたぞ!」
「あの、ハンスさん……」
リタはちょんちょん、とハンスの肩を叩いた。
「……あんだよ。せっかく喜びにひたってたのに」
ハンスは思いっきり不機嫌そうな顔をリタに向ける。
「助けてくださったのはありがたいけど……なんだかこの方、胡散臭いですよ」
「胡散臭さ100%のお前が言うか!?」
「……何か企んでる気がします」
「ふふ。さすがは破壊令嬢のリタ。ご明察だよ。僕は君のバディを諦めていない。だからできるだけいいところを見せたくてね」
アレックスはすんなりと認めた。
リタはハンスに擦りよった。
「大変です。ハンスさんと私の仲を裂くつもりですよ」
「へええ。そりゃありがたい話じゃないか。もしかしてアレックスさんて救世主?」
ハンスは落ち着き払っている。
「こんな女がほしいなら、いくらでもノシつけて差し上げます。むしろ引き取っていただきたいくらいです」
「ハンスさん、ひどすぎますっ! 私をお祓い箱にしようだなんて!」
リタは拳を握りしめる。
と、目の前に黒いゲートが現れ、意気揚々とした調子のローランドが姿を現した。
「君たち何やってんの。ゴール済みのアレックス君はともかく、ハンス&リタチームは今日中にゴールしないと失格になるよ」
ローランドの指摘にハンスが目を丸くする。
「はっ。演習のことすっかり忘れてた!」
アレックスは姿勢を正してローランドに一礼すると、
「それでは僕は失礼します。破壊令嬢君、話はまたね」
最後はリタに手を振って、ローランドの作ったゲートをくぐり去っていく。
「ああ、後ろ姿までかっこいい……」
ハンスはうっとりとした表情でつぶやいた。
ローランドはモンスターをまじまじと見る。
「それにしても見事なもんだね。本人の前で言うと自惚れそうだから黙ってたけどさすがアレックス君だ」
どうやらモンスターを見るのが目的だったらしい。
ローランドは
「じゃあ、ゴールしたら狼煙を上げてね。回収に来るから」
そう言ってゲートに向かい立ち去ろうとする。
ハンスは慌ててローランドを呼び止めた。
「あのっ、一緒にいてくださいっ。またモンスターが出て来るかも」
ローランドは言った。
「大丈夫。1日に2体もモンスターは出ないよ。笛でも吹かない限りはね」
「吹きそうな奴がすぐ目の前にいるんですがっ」
「魔笛は没収したから大丈夫」
ローランドは銀色に光る小さな笛をくるくる回しながら、ゲートの向こう側へと消えていった。
「うううう……疫病神と2人きり……」
「ええ。力を合わせて頑張りましょう!」
「誰がお前なんかと力を合わせるか!」
ハンスはリタに詰め寄った。
「またお前のせいで死にかけただろ! アレックス様がいなかったら、俺たち二人とも今頃モンスターの胃袋の中だ!」
「そ、それはたしかに……」
「事の重大さわかってる!?」
「ええ。だから挽回しなくちゃって……」
「どんなに頑張ったって俺たちはもうビリ決定。ここからは失格回避の消化試合なの!!! っていうかさあ」
ハンスは大きなため息をついた。
「そうだよ。どうせ最下位なんだ。ここからは別行動しようぜ。10分後にここを立て」
「10分後ですか? どうしてですか?」
「お前と一緒に歩きたくないの」
「でも私、一人じゃ迷子になってしまいます」
「知らん! どうせ校長が助けにくるだろ。じゃ、もう僕は行く。絶対10分間は待機してろよ」
「なんだかかくれんぼみたいですね」
「遊びじゃねえわ! はあああ、血圧が上がりそう」
ハンスはプンプン怒りながら藪の中へと消えていった。
◇
「ハンスさんにまた恐怖を与えてしまいました。私がふがいないばっかりに……」
ひとりぼっちの草むらの中でリタは大きなため息をつく。
そもそも魔笛でモンスターを呼び出してしまったのがケチのつき始めである。とはいえ過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない。
(とにかく出来ることをやらなければ)
そう前向きな気分になったところで、ふと倒れているモンスターが目に入った。
「お可哀そうに……この子も私の犠牲者ですね……」
ほんの数分前、元気よく走っていたのに、今ではぴくりともしない。
(命って儚い……)
せめて生々しい傷跡を癒やしてあげよう、とリタはヒールを投げかけようとしてハッとした。
(あ、駄目だ。私のヒールは生き物を砂にするんだった)
しかし、すぐにまた思い直す。
(でも、それもまた弔いの形ではないかしら)
この子の亡骸には責任がある。
リタは右手をモンスターに向けて
「ヒール!」
声高らかにそう叫んだ。
◇
「はああ、やっとゴールだ……疲れたぁ」
ゴール地点でハンスはよろよろと座り込む。
「あいつ、無事に着くかな? くそ。やっぱり一緒に来ればよかった」
あまりにも苛ついて、放置してしまったけれど、あの方向音痴では遭難する可能性があり、となると失格の可能性が高くなる。
「あああ、疫病神だなぁ……あいつ……けどまあ、仕方ない。迎えにいってやるか」
そう言って立ち上がったとき、ごオオオ、という不穏な音が聞こえた。
「ん、なんだ、この音は、既視感があるぞ」
嫌な予感が脳裏をかすめる。
「いや、まさか、魔笛はないし、モンスターが、なんて絶対にないよな」
と、藪をかきわけて、黒い巨体が現れた。
「ギャオオオオオオオオ」
それはハンスを目にすると、後ろ足で立ち禍々しい雄叫びをあげる。
「やっぱりモンスターなんですけど!!!!!」
ハンスは腰が抜けそうになるのを必死になって堪え全速力で走り出す。
「ハンスさあん。大変ですっ」
どこからかリタの声も聞こえてきた。
「えっ? どこ?」
ハンスは逃げながら視線を巡らせる。
「ここですーここ」
見ると、モンスターの背中にリタが載っている。
「ぎゃー!!! お前、なんだ、復讐か? ほったらかしにしたから、モンスターを使って復讐にきたのか?」
「違いますよー。そんなことより大変なんです!」
リタは猛スピードで走るモンスターから振り落とされないように、しっかりとぬめる背中にしがみつきながら大声で言った。
「私、生まれて初めて治癒魔法が、いいえ、蘇生魔法が使えましたー!!!! 嬉しいです! 聖女への道を一歩踏み出せました!」
喜色満面の笑みにハンスはゾッとしながらも、思いをこめてこう叫んだ。
「この疫病神!!!!!」
おしまい
