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毎月の支出の半分を旅費に充てる女

生きていくのに必要と言われる衣食住。
私の場合は、「旅衣食住」だ。

年間100日ほどはどこかに出かける生活を続けており、衣服よりも、食事よりも、住まいよりも旅の優先度が高い。

家計簿というものを続けられた試しがないので、ざっくりとしか把握していないけれど、支出の円グラフをつくったら、大半が旅に充てられているんじゃないか。

「毎月の支出の半分をコスメに充てる女」というキャッチコピーで人気の美容系インフルエンサーがいるけれど、私が名乗るなら「毎月の支出の半分を旅費に充てる女」だ。

最近行ったエジプト旅行も特に贅沢はしていないが、なんだかんだクレジットカードの上限までお金を使った。

でも、もしも旅に行かずに節約生活を送ると、働くモチベーションがダダ下がりして生産性が半減するだろう。だから、プラスマイナスで言うと、旅に行く方がプラスなのだ。そう自分を納得させている。

憧れの暮らしをしている時、私の貯金は尽きそうだった

人生で1番お金がない時、私は憧れの地、オーストラリアにいた。

新卒3年目の夏に会社を辞め、日本の仕事や人間関係から少しのあいだ距離を置くべく、ワーキングホリデーという現地で働ける制度を使って、海を渡ってきたのだった。

イギリスやカナダで短期留学を何回か経験していたので、日常会話を話す分にはそこまで困らなかったが、ネイティブに囲まれた環境で働くとなると話は別だ。日本にいる時には英語は得意な方だと思っていたが、現地では小学生よりも語彙が少ない。

美容師やネイリスト、バリスタなど手に職を持っている人は語学力に関わらず重宝されるが、あいにくそういった専門スキルも持ち合わせていない。

ワーホリの最初の洗礼とも言えるレジュメ配り(履歴書を持ってお店に突撃すること)にせっせと励んだが、ようやく見つかった仕事はオーストラリア人オーナーのお店ではなく、中国人が兄弟で営むアジアンレストランだった。

職場のメンバーは仲が良く、働きやすい環境ではあったが、給料は相場よりもかなり安い。おまけに、ランチタイムしか営業しておらず、思うように稼ぐことができない。

生活に慣れてきた頃、バイトを掛け持ちして働こうと、ダイニングバーでも働き始めたが、1ヶ月と経たずにオーナーからクビを言い渡された。私の英語力が足りず、オーナーの話を無視していると勘違いされてしまったのだ。

せっかくオーストラリアに来たのだから、せめて最初の半年間は日本の仕事ではなく、現地の仕事を中心にしようと思っていたが、生活はギリギリだった。

日本では正社員で、福利厚生もある恵まれた待遇で働いていたのに、海外ではなんのステータスもない。憧れの海外暮らしという夢を叶えたはずだったけれど、暮らしを楽しむための余裕はなかった。

本当はおしゃれをして、すてきなディナーを食べに行きたいのに、スーパーで買った適当な野菜を炒めて食べている現実。

ワーキングホリデーができる年齢制限まではあと数年の猶予があるから、申請さえすれば他の国に行くチャンスはある。でも、そこでの暮らしを今の私は楽しめるのかな。

30代に向けて地に足をつけよう。現実的な選択肢として、私は帰国して正社員に戻ることを決めた。

旅をするために会社員を辞め、起業した

帰国して、旅行関係の会社に転職して、営業として働き始めることになった。

出張で国内外を飛び回ることができる、まさに天職のような仕事だった。

さらに仕事に慣れてからは、営業として培った提案力や交渉力を活かして、広報の副業も始めて順調に個人の仕事も増やしていった。

転職をして2年目を迎える頃には徐々に貯金も貯まり、このまま会社員と副業の組み合わせで働き続けるのが、1番お金が貯まりやすいのでは?と感じた。

けれど、お金が貯まる保証がある一方で、会社員では叶えられないことがある。気が済むまで旅をすることだ

いくら旅の会社とはいえ、営業職の私は2週間以上オフィスのある東京から離れることは難しかった。2週間という期間でも十分だと思われるかもしれない。でも私は、片道チケットで海外に飛び立つ軽やかさを再び手に入れたいと願わずにはいられなかった。

当時働いていた会社の理念には心の底から共感していたし、愉快なメンバーのことも大好きだった。何より会社員として働ければ毎月安定したお給料だって入ってくる。

それでも、私はもっと旅がしたい。地に足をつけるよりも、世界を駆け巡る軽やかさが欲しい。

自由に働き、旅に出るために、20代最後の年に私は起業した。

欲をエネルギーに。お金を価値ある体験に

起業をしてから3年間、本当にさまざまな場所を旅した。

離婚といういささか現実逃避をしたい事象も相まって、起業をした最初の年はヨーロッパ24ヶ国を2ヶ月間バックパック1つで旅して、帰国したあとは思いつきで福岡に移住した。福岡を拠点に九州を旅したり、弾丸で韓国を訪れたりもした。

バケットリストに入っていた「民族衣装を着る」はカンボジアで叶えて、「気球に乗る」はエジプトで達成した。

ニュージーランドでクラフトビールを飲み比べたり、スリランカで伝統医学の「アーユルヴェーダ」を受けてみたり、好奇心の赴くままに日々を過ごした。

これまでに旅に使ったお金はいくらだろう。
きっとブランドバッグがいくつも手に入るだろうし、東京で暮らす家の1年間の家賃は軽く超えそうだ。

旅は形があるわけではないから、ブランド品のように身にまとうことはできない。でも、確実に自分の中に積み重なっていく感覚がある。

エジプトで巨大なピラミッドを生で見たことがある私と、そうでない私は確実に違うのだ。あの時、あの場所で感じたことが今の思考にも繋がっている。

そして、息を呑むような絶景が、路地裏の何気ない景色が、偶然見れた夕焼けが、「またどこかに行きたい」「それまで生き続けたい」と思う原動力になる。

数十万円の買い物をするのはためらうけれど、航空券なら「やすい!」と言いながらポチッとボタンを押してしまう。実際、エジプトまでの直行便は片道7万円。乗り換えを1回したら5万円。想像よりも手が届きそうじゃない?

そして、飛行機の中で1晩を明かせば、異世界にワープすることができる。いつもとはまったく違う日常が広がっているのだ。

やっぱり私は、どんなエンタメよりも旅にワクワクしてしまう。

旅は衣食住のように日々の暮らしに欠かせないものであると同時に、私を突き動かす「欲」にも近いかもしれない。

私の好きな小説に、『億男』という物語がある。

借金を抱える図書館司書の男が、宝くじで3億円を当てる。だが喜ぶより先に、「お金は人を幸せにするのか」という不安に襲われる。答えを求めて、15年ぶりに大富豪となった親友を訪ねるが、再会後に3億円の大金とともに失踪してしまう。そこから“お金と幸せ”をめぐる30日間の旅が始まる。

物語の中で印象的なのが、妻のこの言葉だ。

「あなたがお金によって奪われた大切なもの。それは“欲”よ」

お金を得たり、守ったりすることにとらわれるあまり、主人公は「何をしたいのか」という本来の欲を失ってしまったのだ。

彼の妻はさらに続ける。

「おいしいものを食べたい、どこかに行きたい、何かが欲しい。そう願うことで、私たちは生きていける」

欲があるから不健全なのではない、欲があるから“健全”なのだ。

お金をお金のまま終わらせずに、自分が価値があると思う体験に変えていく。それが欲との正しい付き合い方であり、自分らしいお金の使い方につながっていくように思う。

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