呪願の代償 第三章 ほどよく腐ったか 1
九割は嘘で、一割は説明がつかない何か。
匠は、光一郎が断ってきた九割の嘘の依頼を受け、除霊という名のパフォーマンスを始めた。
座敷に依頼主と除霊してほしい女性を招き入れる。
「ここに座ってください。あなたは、この方の体から手を放さないように」
黒スーツを着た匠が立ったまま、大仰に竹簡を女性の頭の上でじゃらじゃら鳴らした。
こんな音を耳元で鳴らされたら、うるさくて仕方ないだろうなと思いながら、神妙な顔つきで拘束された女性の背後に回り、背中に竹簡を打ち付けた。
パフォーマンスなのだから、ここで呪文の一つでも唱えられたら、それらしく見えて効果的だろうと考えるが、今まで光一郎の側にいただけで除霊の勉強も何もしたことがなかったため、それらしい振りをするので精一杯だった。
とにかく女性が我に返るまで、竹簡でじゃらじゃらと背中を叩くしか方法がなかった。
ありがたいことに、一時間もじゃらじゃら鳴らしているうちに、女性が落ち着いてきてぐったりとなった。
「これで除霊は終わりました」
このルーティンを一日四回はしていく。もらう金額はまちまちながら、百万円は軽く超えた。
九割は精神的なものが原因だ。
「あなたに憑いていた霊は祓われました」と自信満々に告げれば、それだけで『除霊』出来た。
憑かれたという思い込みに振り回される家族も、堂々とした匠の態度を見て安心するのだ。
『除霊』をして霊が祓われたと思い込むプラシーボ効果で、依頼人は満足する。
自分はカウンセリングしているのと同じ。悩みや思い込みをすっきりさせて、安心を与えてやる。自分の役割はこんなものだと、匠は考えている。
光一郎はひと目で嘘と本当を見分けた。やっぱり霊が見えるという能力のおかげなのだろうか。憑かれたと言ってやってきた人間のうち九割を追い返すでもなく、話を聞いてやり、アドバイスを与えると、金も取らずに帰した。
匠の見解では、嘘をついている人間には共通の特徴があるのだろう。それをコールドリーディングで光一郎は読み解いていたのだと思う。
アドバイス出来たとしても、光一郎のような才能が、匠にはなかった。
依頼人を納得させることが出来るまで、もう少し時間がかかりそうだ。しかし、まだ一ヶ月そこらで、光一郎並みの始末は無理だった。追々慣れていけばいいと、気楽に構えた。
問題は、説明が付かない一割。
やってくるのはたいてい子供で、男女の差はない。時折、両親が子供が持っていたというラムネ瓶を出してきた。薄汚い瓶で、中に泥でも詰めたのか真っ黒だ。
子供はガクガクとひきつけを起こしていたり、ぐったりとぼんやりしていたりとまちまちだ。
この手合いの子どもには何をしても無駄だった。いくら竹簡を鳴らそうがどうしようが、変わらない。
最終的に救急車を呼ぶハメになって、依頼主の両親から罵られた。「久世先生がいたら」と、口を揃えて言われた。
槙人に何度も電話して、状況を話し、光一郎の力について教えてくれと頼んだ。
『おまえは本当にどうしようもない馬鹿だな。父さんや僕に力があったとしても、それはひとに移せるものじゃない。生まれついたものだ。ましてや、父さんは特別力が強い。おまえが欲しがっても受け継げられるものじゃないんだ。もう電話してくるな』
冷たくあしらわれて、匠は歯がみした。何が力だと思った。受け継げないとか生まれつきとか、匠に分からないと思って上から目線で物を言う。
本当に力があるなら、何も分からない自分にも分かるように見せてくれればいいのにと、匠は腹が立った。
むしゃくしゃして、不機嫌なまま、家族と接してしまう。
こんな思い通りに行かない仕事だとは思わなかったが、サラリーマンでは稼ぐことが出来ない金額に、今は満足するしかなかった。
最初は遠慮がちに稼いだ分の二割を抜いた。そのうち、うまくいかないことが増えてからは、五割抜いた。残りは生活費と言って里花に渡すのだから、このくらいはボーナスだと思った。
夏休みの間、耀はいつも家にいた。たまに、夕方迎えに公園に行くと、以前遊んでいた少女といっしょにいることが多かった。仲の良い友達ができて良かったと、内心思う。
光一郎の家に引っ越してきて、箕形第一小学校に入学してから、ずっと耀は元気がなかった。よく学校も休んだ。怪我も増えた。里花が心配したが、匠は自分にも覚えがあったので、このくらい心配しなくていいと言ってやった。
除霊師や霊能力者を親に持つと多少は虐められるものだ。匠は耀に、虐められたらやり返せばいいと教えてやった。
ある日、町内の葬式から帰ってきた里花が、不安そうにぼそりと匠に言った。
「この町、て言うかあの小学校って、よく子供が亡くなるんだって。突然死が多いって聞いた。今日行ってきたお葬式も耀のクラスメイトの男の子だったのよ。何か変な病気、流行ってないわよね。なんだか、怖い」
確かに匠が除霊師の仕事をしていて、やけに子供の除霊を頼む親が多い。そして気になるのは、皆ラムネ瓶を持っていることだ。説明がつかない一割の何かに関係しているのか。
「亡くなった子供、ラムネ瓶とか持ってたのかな」
里花が怪訝そうな顔で匠を見る。
「ラムネ瓶? ううん、そんなものなかったわよ。それがどうかしたの?」
匠は気のせいかと、ビール缶を手に取った。
「なぁ、あんまり続くようなら、俺が祓ってやろうか」
酔って気分が良かったのもあって口が滑った。
冗談だと言おうとして里花を見上げたら、顔に軽蔑の色を浮かべた里花が匠を見下ろしていた。
「あなたが?」
「なんだよ」
むっとして匠は言い返した。
「それに」
話を逸らすように里花が続けた。
「最近、耀も様子がおかしくて、心配なのよ。あなた、気付いてた?」
里花が責めるように匠を見た。
最近の耀の様子を思い返してみたが、匠には、いつもの耀との違いが分からなかった。だからといって素直に分からないと言うのは癪に障って、黙り込んだ。
里花がそんな匠を見下ろして大きくため息をつく。疲れた様子で、リビングを出て行った。
「なんなんだ、あいつ」
せっかくほろ酔い気分だったのに、気分が悪くなって、缶に残ったビールを飲み干すと、匠はソファに寝っ転がった。
電話が鳴っている。軽快な電子音が、リビングに響いている。キッチンで作業をしていた里花が慌てて受話器を取った。
「はい、久世です」
仕事の依頼も、近所の親しい人からの電話も同じ電話番号で受けているので、なるべくコールさせずに電話を取るようにしていた。
「どちら様ですか?」
返事がない。電話の向こうからは何も聞こえてこない。普通なら生活音が微かに聞こえていることがあるが、そんな気配もなかった。
怪訝そうにデジタル表示されているはずの電話番号を確認しようとした。表示板に意味不明の記号が羅列してあった。正確には記号でもない。数字を形成するはずのドットの形がおかしなふうに表示されている。
「もしもし?」
もう一度呼びかけた。
ザッザッと雑音が入った後、しわがれた声が受話器越しに聞こえた。
『ほどよく腐ったか』
「え?」
何が腐ったのか分からなくて、里花が聞き返した。
『腐ったなら行くよ』
「は? あの」
文句を言おうとしたら、電話越しの声も気配もなくなって、電話が切れたわけでもなく、無音になった。
里花が眉を寄せて、受話器に耳を押し当てて何か変化がないか様子を探った。
ツーツーという音もせず、電話が壊れてしまったのかと疑った。
いったん受話器を置いて、もう一度受話器を耳に当てると、正常にツーツーという音が聞こえた。
「何、気持ち悪い」
受話器をガチャンと放るように置いた。
用心のために、玄関へ行ってドアの鍵を確認した。
腐ったものがあるという嫌味なのかもと考えて、キッチンに戻り生ゴミを調べたが、特に悪臭のするようなものはなかった。
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