呪願の代償 第二章 ラムネ瓶 4 エピソード加筆(5/4)
愛菜の件があって以来、涼々に嫌がらせをするクラスメイトはいなくなった。みんな、愛菜がおかしくなったのは涼々のせいだと思っているようだった。涼々を横目で見て、こそこそと話をして、涼々と目を合わせない。
また無視される日々が始まった。虐められるのも嫌だったが、無視されるのも辛い。みんな涼々の側に寄ってこない。避けて通るのが当たり前になった。涼々のものにも触らないし、酷いときには給食の食器に触れるのも怖がっているようだった。
クラスメイト全員が、涼々のことを恐怖の対象に見立てていた。
涼々はいないものとして扱われる寂しさをラムネ瓶に吹き込んだ。
体育の授業で、ペアを組むように教師に指示される。
「みんなー、ペアを組んで体操しますよ。隣のこと組んでください!」
涼々は自分の隣の女子を見やった。女子の表情が強ばっている。回りのクラスメイト達は次々と隣り合っていた子達と組み、ストレッチを始めた。
「ほら! 左奈田さんと組んで!」
教師が隣で身をすくめている子に言った。
「いや、です」
辛うじて返事をした女子が、涼々を見て、「いやだー」と泣き始めた。
「ちょっと、どうして左奈田さんと組むのが嫌なの。授業を始められないわよ?」
「嫌です、先生。左奈田さんとは組みたくない」
涼々は防戦と泣いている女子を眺めることしか出来なかった。
教師も、何故生徒が泣くほど嫌がるのか理解出来ずに、途方に暮れているのが、涼々にも分かった。
他のクラスメイトは同情の目で女子を見つめている。そしてこそこそと何か話しながら、涼々に目を向けた。
涼々は自分が恐怖の対象になってしまったことに驚いた。今まで最底辺の虫みたいに扱われていたのに。今はまるで恐ろしい悪魔か何かみたいに思われている。涼々の耳に、呪われるかもという声が聞こえてきた。
感情が寂しいから悲しいに変わり、クラスメイトからの理不尽な扱いにだんだんと腹が立ってきた。
校舎裏に行っては、みんなが呪われるって言うなら、本当に呪われたら良いのにと、ラムネ瓶に願った。涼々はそう願う自分の恐ろしさを考えなかった。
悲しくて寂しくて悔しい。
愛菜がいなくなったら、みんな涼々に優しくなると思っていた。でも、実際は全く反対で、余計に涼々を孤立させることになった。
おかしい、みんなのほうが変だ。涼々は何もしてないのに。呪ってもないし、愛菜がおかしくなれば良いなんて思ってもいなかった。
今までの悪意より、クラス全体を覆う恐怖のほうが、余計に涼々を苦しめている。
汚いから触りたくない、という嫌悪よりも、側にいたり触れたりしただけで、呪われて死ぬかもしれないと怖がられているほうが、よっぽど辛いとは思いも寄らなかった。
涼々は、自分が使った掃除道具に触ったと知って、呪われる恐怖で叫んだ男子なんていなくなれと願った。給食の時間、涼々の食器に触れたくなくて、おかずを食器に入れてくれない女子なんて、怪我でもすればいいのにと願った。クラスメイト全員が怪我をして、いなくなればいいと願った。
みんなを呪ってなんかない
そう思っていたのに、涼々は今ではみんなの不幸を祈るようになっていた。
涼々は、ママの言うとおりにしただけ
ラムネ瓶に思いを吹き込む度に、そんなふうに言い訳をした。
体育の時に、サッカーのゴールが倒れて、男子が何人か怪我をした。
家庭科の授業で、涼々以外の女子の班が腹痛と嘔吐で病院に運ばれた。
防火訓練で二列に並んで階段を下りているときに、涼々のクラスの生徒だけ、ドミノ倒しのように倒れ込み、一番下になった男子が重症を負った。
気付けば、病気や怪我をしてない子は涼々だけになった。授業も出来ない状況で、しばらくの間、涼々のクラスだけ学級閉鎖になった。
クラスメイトがみんな不幸になったのに、涼々の気持ちは晴れなかった。もっと不幸になれというわけではなく、まさかこんなことになるなんて、という気持ちだった。
ラムネ瓶は真っ黒に煤けている。悪い考えを持った自分の心のようだ。
涼々はみんなに悪いことが起こればいいって思ったけど、本当に起こってほしいわけじゃなかったのに
ラムネ瓶を見ていると、どうしようもなく胸が痛んだ。
捨ててしまおうかと悩んだけれど、どうしてもそのラムネ瓶を持っていれば、夢の中から、涼々に会うために現れた空想の産物でも、月乃にまた会えるのではないかと思ってしまう。
あの夜に会いに来てくれたのが月乃であってほしかった。母親に会えたことが涼々の心の支えになっていたのだ。
学級閉鎖になって、涼々は夕季のいない家に、夏生といるのが怖かった。
朝は夕季といっしょに家を出て、夜遅くに帰るようにした。
学級閉鎖のことは夕季も知っていたので、涼々が帰らなくても、それほど心配はしてないようだった。時折、公園に迎えに来てくれることもあった。多分、涼々みたいな子供が、一人で公園にいるのは危ないと判断したのだろう。
涼々はいつものように、遊具の中にでうたた寝をしたら、夢の中で月乃に会えるだろうかと、公園を訪れた。
いつもなら誰もいない公園なのに、今日に限ってブランコに小さな男の子が座っていた。黒いランドセルが体の大きさと同じくらいに見える。一年生かもしれない。どこの小学校なのかは知らないが、一年生が隣の学区からここまで一人で来るのはおかしいかもと思った。
いつもなら声を掛けずに無視するのだが、男の子が片手にラムネ瓶を持っているのを見て、気が変わった。
ゆっくりと男の子に近づいていき、「こんにちは」と声を掛けた。
涼々に気付いた男の子がびくりと体を揺らした後、上目遣いで涼々を見た。
「何してるの?」
警戒しているのか答えない。涼々は気にせずに会話を続けた。
「そのラムネ瓶」
すると、男の子がさっとラムネ瓶を隠した。男の子のそれは涼々のものより真っ黒に変色していた。
「私も持ってるよ」
涼々は背中から下ろしたランドセルの中から、煤けたラムネ瓶を取りだした。
「私は、この公園でママからもらったの」
隠さずに、涼々の秘密を男の子に話した。すると、男の子の表情が和らいで、ぼそりと答える。
「僕も公園で知らないおばさんからもらった」
「わたし、さなだすず。箕形第一小学校の三年生。僕は?」
男の子は躊躇うように黙っていたが、囁くように言う。
「箕形第一小学校の一年だよ。僕、ひかるって言うんだ」
「ひかる君って言うんだ」
「お姉ちゃんはすずって言うの?」
ひかるがブランコから下りた。
「ここで何してるの?」
ひかるに訊ねられて、すずは素直に答えた。
「あの中に入ろうと思って」
と、ドーム型の遊具を指差した。
「あそこ、暗くて怖い」
ヒカルはドーム型の遊具が嫌いなようだった。
「ねぇ、今から帰るの?」
涼々の言葉に、ひかるが首を振る。
「ううん、家に帰りたくないんだ」
それを聞いた涼々はひかるに親近感を持った。
「同じだ。私も家に帰りたくないの」
ひかるが顔を上げて、涼々を見つめる。
「僕と同じだね」
「ねぇ、いっしょに遊ばない? 何して遊ぶ?」
涼々は年下のひかるにお姉さんとして、優しくしようと思った。
ひかるも涼々の声音でそれを察したようだった。
「いいよ。砂場で遊びたい」
公園の滑り台の近くにある小さな砂場に二人で向かった。ランドセルを放ると、木の枝を拾って、砂場に絵を描いたり、穴を掘って遊んだ。
「そのラムネ瓶、いつもらったの? 私は六月」
ひかるが、一所懸命に穴を掘りながら、
「僕は小学校に入学したときにもらった」
と、答えてくれた。
涼々はすっかり楽しい気分になっていた。ラムネ瓶を持っているのが自分だけではないのが分かったからだ。
この子も涼々と同じ悩みがあるんだ
それが涼々に安心感を与えた。
二人とも片手にラムネ瓶を持っていた。ラムネ瓶が真っ黒になるまで、ひかるが何を願ったのか容易に想像できた。涼々は自分のラムネ瓶に目をやる。
もう煤けているとは言いがたい。ひかると寸分変わらないくらいに黒かった。
黒く汚れて、中にあるビー玉も見えない。日の光に照らされてもキラキラと輝くこともない。
この子も虐められてたのかな
涼々は心に浮かぶ疑問を口に出さないように呑み込んだ。涼々だって同じ事を聞かれたら傷つくだろう。虐められてたと告白したら、自分のことが惨めに思える。
とりとめのない会話をしながら、砂場に穴を掘った。穴を掘った分だけ砂が山盛りになっている。それを両手で固めて穴を開けようと、お互い向かい合って木の枝でトンネルを作った。
普段だったら、こんな小さい子がするような遊びなんてしない。でも、今はお姉ちゃんだから、弟の遊びに付き合うのは良いことだと感じていた。
いっしょに遊んでいるうちに、涼々は思い出した。ひかるはもしかすると運動場で男の子ともみ合いになった子じゃないだろうか。ラムネ瓶からたくさんの腕が出てきて、虐めていた男の子の頭を、無数の灰色の腕が覆って吸い込まれるように消えた。そのラムネ瓶の持ち主なのでは、と気付いた。
でも、涼々はそのことには触れず、夢中になっていろんな遊具で遊び倒した。
ぽつんと公園に立つ外灯に明かりが点る。気がつけば、空があかね色に染まっていた。
もうそろそろ帰るのかなぁと、涼々は残念に感じた。涼々の思いに反して、ひかるはまだまだ遊び足りないと言いたげに、あっちに行こうと涼々の手を握って誘った。
涼々もいっしょについて回って、ドーム型の遊具に初めて登ってみた。暗くて湿った内部とは違い、ドームの外は空気が澄んでいて、ざらついた表面も乾いていた。ドームに立って辺りを見回す。いつも見る景色が違うのが、新鮮だった。涼々もひかると同じくらい楽しかった。
ふと気付くと、公園に一人の男が入ってきた。誰だろうと目を凝らしていると、ひかるが「お父さん」と呟いた。
お父さんなのに、嬉しそうではなかった。まるで残念そうな沈んだ声音を漏らした。
「お父さん?」
「うん」
ひかるが渋々と言った様子で、遊具から下りる。砂場に放った黒いランドセルを取りに走った。
涼々も慌てて追いかけた。
なんとなくラムネ瓶を見せたらいけない気がして、咄嗟に後ろ手に隠した。
「迎えに来たよ。ひかると遊んでくれてたのか? ありがとうな」
ひかるが残念そうに涼々を振り返る。
「またね、すずちゃん」
と、元気なく手を振った。涼々は大きく手を振り返す。
「ばいばい、ひかる君」
別れ際、ひかるが涼々を何度も振り返った。
「また遊ぼうね」
二人で大きな声で言い合って、涼々はひかるの姿が見えなくなるまで見送った。
いいなと思ったら応援しよう!
面白かったら、応援よろしくお願いします。いただいたチップは小説家としての活動に使わせていただきます!