忌み地 第四章 壱央 ①
壱央はぼんやりと結花子の家に行ったときのことを思い出していた。
全体的に、湿気が強く暗い家屋。日が当たる縁側ですら、壱央の目から見ると影が濃い。まるで、十年以上空き家だったような室内。荒れていないから人が住んでいるのだろうと察する程度だ。特に仏間がかび臭く、現に仏間の畳や廊下も黴びていて変色している。通された客間から見える狭い庭にはもう使われてない汲み上げポンプ式の井戸があり、二畳ほどの大きさの納屋があった。生け垣は伸び放題で手入れされていない。長い間、放置していたように見えた。井野家の人間は家の外観を整えようという意思がないのか。
寿晶も傍目から見て異様だった。落ち窪んだ暗い目、こけた頬に土気色の肌。明らかに何か患っていそうな雰囲気だった。霊的な目で視れば、少なくとも人形に取り憑かれているのは確かだ。実際に日曜日の彼の態度は異様だった。人形に固執して操られているように見えた。それなのに、人形のほうは気配を殺している。少なくとも全ての人形に何かが入り込んでいるが、見えてこない。
それがどうにも引っかかっている。
仕事中に結花子からメールが来ていたが、締め切りも近いためにやり過ごしていた。一段落付いて、壱央は結花子から届いていたメールをチェックした。
そこには仏間で撮りました、と一言添えられていて、画像が添付されていた。何気なく画面をスクロールさせて現れた画像を見た途端、壱央の体中の毛が逆立ち、急に嘔吐いてしまった。
仏間の畳の上に黒い塊がいくつも画像に写りこんでいる。パッと目に入っただけで嘔吐くほどに気持ち悪いものだった。
しっかり視ると、黒い塊は細かく左右に震え、今にも畳から抜け出してきそうだ。よく目をこらせば、黒い塊には目鼻口がついていて、まるで生まれたばかりの赤ん坊に視える。それが黒い泥水を頭からかぶっている。赤ん坊たちは蚊の鳴くような声で泣きながら、何かを探すように畳に空いた暗い穴からへ這い出ようとしていた。
床下からもがきながら赤ん坊の巨大な頭がボコボコと生まれ出てくる。奈落の底のような真っ黒い口を開け、そこから泥が溢れている。
あの家にいたとき、こんなものを壱央は一度も視なかった。着物姿で廊下を走り回る童子の姿があったから、てっきり座敷童みたいなものだと思い込んでしまった。しかし、結花子の撮った画像を見て確信した。これらは座敷童などではない。家に取り憑いた赤ん坊の霊なのだ。仏間に結界があるのは間違いないが、閉じ込められたものがいいものとは限らない。悪い存在はわざと自らの本性を隠し、人当たりのいい存在に化けるものだ、と壱央が結花子の説明したのに、壱央自身が騙されていた。人形はその悪いものを閉じ込めておく呪物なのかもしれない。それとも悪いものを閉じ込めることでいいものに転化していたのか。
しかし、あの家にいると物事が歪んで視える。結花子はごまかされずに本当の姿を見ていたのだと思うと、偉そうにアドバイスしていた自分が恥ずかしくなった。
もう一度、画像を視て壱央はこれらが赤ん坊を使った呪詛だとわかった。この呪詛は数え切れないほどの赤ん坊を犠牲にして成り立っている。この呪詛を作られたのは近年のことではない。古く強力すぎて自分の力では解きようがない。床下に呪詛の形跡があるはずだ。視ている間にも、画像の中の黒い赤ん坊たちが畳を這いずりながら、結花子へ徐々に迫ってきている。このままだと結花子に害が及ぶ。現に寿晶がおかしくなっているではないか。下手をすると命に関わる問題だった。
壱央は慌てて、画像を削除するようメールに書いて送った。
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