呪願の代償 第三章 ほどよく腐ったか 3
まもなくして、耀が死んだことを里花の電話で、匠は知った。
『なんで、耀が大変なときに除霊なんて出来るの? 父親じゃないの! お義父さんなら耀を優先してくれたわよ!』
電話口で喚かれて、匠はむっとして口答えしてしまう。
「俺だって大変だったんだよ。今日来た依頼主の子供も耀と同じ怪異に憑かれてたんだ。視てやらないと、命に関わってたんだよ」
『耀の父親じゃない。心配じゃなかったの! それともお金が大事なの!』
まるで、自分が耀と金を天秤に掛けたようなことを言われ、カチンときた。
「金がなかったら、今みたいな生活出来ると思うか? 俺が汗水垂らして働いてるおかげだろ! 金は降って湧くようなもんじゃないんだよ!」
言い終わらないうちに、ガチャンと電話が切られた。
「なんなんだ。俺だって心配だったよ。それを」
俺だけが悪いのかと、匠も受話器をたたきつけるように置いた。
葬儀は、広い家があるにもかかわらず全て葬儀社で行われた。
弔問客は少なく、義理や光一郎に恩義がある人間しか来なかった。耀の学校関係者が目立つ。クラスメイトの子供はちらほらと焼香の列に並んでいた。
子供達は何かを恐れるようにびくついていた。教師が里花と話をしている間、会場の隅で肩を寄せ合って何かこそこそ話をしている。
匠は一応、耀の友達に挨拶しておこうと近づいた。
「久世君ちに、『死ぬ電話』が来たんだ」
『死ぬ電話』? 確か里花がそんなことを言っていたと、匠は思い出し、子供なのに物騒なことを話していると、声を掛けた。
「こんにちは。今日は来てくれてありがとう」
話しかけると、子供達はささっと走り去ってしまった。
「なんだ? 最近の子供は挨拶も出来ないのかよ」
匠は仕方なく、弔問に来てくれた光一郎の知り合いに近づいた。
「今日は息子のためにご足労願いまして」
丁寧に頭を下げた。
「匠さん」
渋い声音で呼ばれ、顔を上げる。
「あんた、もう久世先生のまねごと、やめなさい。あんたに、久世先生のような力はない」
それを聞いて、匠はぐっと喉が引きつった。全身に震えが走り、怒鳴りたくなるのを我慢した。怒りに声が震えているかもしれない。
「父から道具を受け継ぎましたから、私に出来ることだけさせてもらってます。おいおい、力のほうは父から受け継ぎますので」
そういうことじゃないというふうに、光一郎の知り合いが頭を振る。
「あの仕事、あんたには向いてない。悪いことは言わない。大事になる前にやめるんだ」
「大事? 大事ってどういうことですか?」
「今、あんたに除霊を依頼した人らが、あんたを詐欺師だと訴えると言い出してるんだ。謝って金を返しなさい」
ずけずけと人の仕事に口出しした挙げ句、親面して余計なことを言ってくる。なんとか冷静に対応しようと、平静を保とうとした。
「ご忠告、ありがとうございます。善処します」
「久世先生の息子さんだから、忠告してるんだ。気をつけなさい」
うるせぇんだよと言いたくて、関節が白くなるまで拳を強く握る。
「お久しぶりです」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
途端に目の前の光一郎の知り合いの顔色が明るくなる。
匠が振り返ると、喪服姿の槙人が立っていた。
「甥のためにご足労願いまして」
「いや、久世先生には世話になったからね。久世先生の後を継ぐのは槙人さんかと思っていたよ」
槙人が満更でもないというふうに笑ったように、匠には見えた。
「いやぁ、父からはこの仕事を受け継ぐなと釘を刺されまして」
匠は槙人を睨みつける。
「槙人さんは久世先生に似てるからね。てっきり跡を継ぐものだと思ってたよ」
「父には父の考えがあるでしょうから」
「今、何をされてるんですか」
「しがないサラリーマンですよ」
「久世先生にお会いになられましたか?」
「ええ、父は相変わらずでしたよ」
「ああ。槙人さんは見える側でしたな。久世先生はなんと?」
「同じですよ。ただ頼まれ事をされましたけど」
「跡継ぎの?」
槙人が困ったように笑う。
「いえ、跡継ぎではないです。さっきも言いましたけど、この仕事を継がせるわけにはいかないと日頃から言ってましたしね」
本当なら自分が跡を継ぐはずだったのにと、匠には槙人の思考が透けて見える。道具も自分の物だと思っている。力があると言われて有頂天になっている。これ見よがしに、自慢しに、弟に信用の差を見せつけるために、さっさと帰ればいいのに声を掛けてきた。
槙人の思い上がりに、反吐が出る。
匠は側にいて話を聞いているのが我慢出来なくなって、槙人達から離れた。
匠を訴えると言っている奴らがいる。金を返せとあの爺は言った。忠告のつもりだろうが、そうじゃないのは見え透いている。
光一郎が認めた立派な跡継ぎはおまえじゃないと言いたいのだ。
里花も同じだ。光一郎ならこうしたああしたと言ってくる。
耀のラムネ瓶のことに気付いたのは自分だ。ラムネ瓶を壊せば、耀は助かったはずだ。耀が死んだのは自分のせいじゃない。耀を襲った怪異があまりにも狡猾だっただけだ。もう少し早く対処していれば、耀は死なずに済んだ。悪いのは怪異だし、その怪異は強力なのだ。何せ光一郎をあんな目に遭わせた。
光一郎は孫が死んだことを後悔するべきだ。何も出来なかった自分を恥じるべきだ。
でも、自分は違う。今から、自分は怪異に復讐を誓う。耀を死なせた報いを受けるべきだ。そのためには、やはり光一郎の力が欲しい。
匠はブツブツとつぶやきながら、虚空を見つめた。
そのうち、匠の中である決意が生まれた。
「そうか、親父に会えば何か糸口が分かるかもしれない。いくら脳死状態でも、親父は力があるんだし、俺に何か知らせたいはずだ」
辺りを見回すと、まだ弔問客が里花や槙人と話をしている。誰も話しかけてこないことも気にもせず、匠は里花に寄っていった。
「里花」
里花がハンカチを手にして泣きながら、弔問客の相手をしている。幼い一人息子が死んだんだから仕方ないかと、人ごとのように匠は思った。
匠の声に気付いた槙人が匠に視線を送る。里花も弔問客の相手をするのをやめて、じっと匠を見た。
「明日、親父に会って耀のことを知らせてくる」
「そう」
匠が耀の名を口にした途端、里花の目から涙が溢れた。声を押し殺して泣く里花の肩に、槙人が手を添えた。
「そうね、久世先生だってお孫さんのこと知りたいわよねぇ」
匠の決意を知らない弔問客が言った。
「親父がいたら、きっと真実を突き止めたいと思いますから」
匠の言葉の意味が、その場にいた弔問客には分からないのか、きょとんとしている。
槙人が匠に厳しい視線を送ってくる。
匠は父親として、会場を彷徨かず、この後はずっと里花の側にいた。里花も一人では辛いだろうというのは分かっていた。槙人がなれなれしく里花と接するのが嫌だったのもあった。
翌日、葬式を終えて、耀のお骨といっしょに家に帰った。
座敷の祭壇に、耀の遺影とお骨を安置して、ようやく、匠と里花は肩の荷が下りた。
通夜と葬式の間、里花は匠を避けて話もしなかった。いつも槙人が側に寄り添っていた。
今だって槙人が茶を淹れにキッチンに行っている。
いつ帰るんだと、忌々しく思っていたが、自分もいつまでも里花の相手をしていられない。早く光一郎に力のことや耀のこと、怪異に対する決意を報告しに行かねばならない。
じりじりとする思いを一時我慢して、茶を飲んだ後、匠は里花に優しく話しかけた。
「兄貴もいるし、あんまり気に掛けるな。今はゆっくり休んでたらいい。俺は今から親父のところに行ってくるよ」
湯飲みを両手に持って、匠に目もやらず、ぼんやりとして返事もしなかった。
ショックから抜けられないんだろうと解釈して、里花の肩をポンポンと軽く叩いた。
「じゃ、行ってくるよ」
匠は里花に言ってから、槙人を見る。
「親父に伝えたいこと、あるか?」
槙人が黙って首を振る。
「そうか」
匠は微妙な空気が自分と里花達の間に漂っているのも気付かず、家を出た。
いいなと思ったら応援しよう!
面白かったら、応援よろしくお願いします。いただいたチップは小説家としての活動に使わせていただきます!