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ぐひんの山 第四章 首吊り鉄塔 ②

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

 三人とも出掛けていると思っていたので、グループ通話にみんなが出てくれたことにほっとした。

「みんな、甕が出てくる夢を見た?」

 陽菜の言葉を聞いた三人が黙った。

『見た……』

 と真弓が答えた。続いて他の二人も見たことを認めた。

「何か意味があると思うんだけど、どんな夢だった?」

『ただの夢だよ』

 直也がぶっきらぼうに言い放った。

『あんな気味が悪い甕を見たから、ショックで悪夢を見たんだ』

『偶然偶然、この話は終わり!』

 真弓がむきになって話を中断させた。どうやら、みんな一様に甕に関する悪夢を見たらしい。甕の夢に興味があるのは陽菜一人だけで、真弓と聡は、ただの夢だという直也と同じ意見のようだ。

「そういえば、みんなは捜索隊に加わらなかったの?」

 午前中の早い時間に電話が出られる余裕があると言うことは、当然捜索隊に加わっていないだろう。そのことを訊ねてみると、聡が不満そうにぼやく。

『そうなんだよ。父さんに参加したいって言ったら、危ないからやめとけって言われたんだよ。家族が行方不明なんだから、当然だよな?』

『聡が頼りないからじゃない?』

 真弓が聡をからかった。

「聡くんの気持ち、よくわかるよ。わたしは寝坊しちゃって参加できなかったけど、代わりにあの甕、持って帰ってきた」

 陽菜は正直に告白した。

『え? 持って帰ったの? あんな甕、放っておいたらいいのに』

 真弓が大きな声を上げて驚いた。

『まじかよ。あんなもの持って帰るって、陽菜大丈夫か?』

『元に返してきたほうが良くない?』

 甕を持って帰ったことに、みんなが引いているのを感じたが、陽菜にはどうしてみんなが引くのかわからなかった。

「あの甕で院の論文書くから甕が必要なの。それに真弓ちゃんが言うとおりただの甕なら空き地に戻すよ」

『とにかく、元に返せよ?』

 最後に直也に念を押されて、グループ通話を切った。

 甕の外側を洗い終えて、きれいに拭き上げたあと、邪魔にならないように仏間に持って行く。日の届かない暗い仏間の電灯を点けた。電灯の下に持っていったにもかかわらず、甕の口の中は尚暗く、底が見えない。陽菜はスプーンを使って甕の中の付着物をこそぎ取った。

 黒く乾燥した塊が取れた。何か袋があれば良かったが、まさかで先でこんなものを手に入れるとは思っていなかったので残念だと思いつつ、塊を甕に戻した。

 仏壇を前にして座り、祖父母に話しかけるように独りごちる。

「おじいちゃん……、わたし、大学院に行きたいんだ。それでね、饗庭村の風習や民間信仰とか知りたいんだけど、いろいろと大変なことが起きちゃって、それどころじゃなくなっちゃったんだ……。ねぇ、おばあちゃん、おばあちゃんが拝んでたのはこの甕なの? それともおばあちゃんは何も知らなかったの? おばあちゃんはわたしに耳にたこができるくらい、山に一人で入るなって言ってくれたよね。わたし、弥生にそれを言い忘れたんだ……。だからあの子、いなくなっちゃったのかな……。変な声に応えちゃったのかな……。だとしたらわたしが悪いね。弥生に謝りたい」

 うなだれた陽菜は続ける。

「ねぇ、おじいちゃん……、そういえば」

 今まで、おぼろげにしか覚えていなかった記憶が頭をよぎった。小さな頃、祖父に言われた言葉、あれから二度と使わなくなってしまったので、記憶の中に埋もれていた。

「おじいちゃんが死んじゃう前に話してた『かんすさび』ってなんだったの? いつも入っちゃダメって言われてた蔵に関係してる言葉だったのは覚えてるんだけど……、あれって他の家もやってたの? うちだけだったの?」

 陽菜は急に思い出した言葉を何度も反芻した。少しずつ頭にあの頃のことが浮かび上がってくる。

 目の前に祖父がいる気がする。陽菜の小さな肩に大きなしわしわの手を乗せて、言い聞かせるように優しく話してくれた。

『かんすさびが上手にできんかったら、連れてかれるんっちゃ』

 陽菜には理解できないことだったが、素直にうんと頷く。

 記憶の中で、着物を着せられた陽菜は家の真裏にある古い蔵の前に祖父と一緒に立っている。その中に陽菜は入っていき、真っ暗な蔵の奥へ歩いていった。背後で蔵の観音開きの扉が閉められる。辺りは闇に包まれるが、蔵の壁に唯一小さな明かり取りがあって、そこから月の光が差し込んでいた。その明かりを受けて暗闇に浮かんで見える木箱があった。そのあと一体自分がどうしたのか思い出せない。

 陽菜はすっと立ち上がり、玄関から外に出て、そのまま駐車場を通り家の裏に行った。そこには記憶にある蔵があった。劣化して土壁が所々剥がれていて、修復をしたほうがいいと感じられる古い蔵だった。中に入れるのではないかと、扉に寄っていく。扉は大きな頑丈そうな閂が掛けられて、中には到底入れそうにない。多分鍵は父親が管理している。父親が帰ってきたら中が見たいと言ってみよう。

 蔵から少し離れて見上げると、ちょうど平良須山の鉄塔が見えた。ふと、祖母が口を酸っぱくして陽菜に言い聞かせていた言葉を思い出す。

『陽菜ちゃん、山には絶対一人で入らんでね。もしも一人で入ったら、ぐひん様にパクッと食べられるけんね』

『そんなの嘘』

 陽菜が怖がると、祖母は微笑んで、『だいじょうぶっちゃ。ばあちゃんと一緒に山に入ったら怖いことば起こらんけ』と頭を撫でてくれた。

 平良須山の鉄塔が日を受けてギラギラと光を照り返している。鉄塔のある場所には、祖母が毎日拝みに行っていた祠があった。何故、祠のことを今思いついたのだろう。

 祖父に言われた『かんすさびが上手にできんかったら、連れてかれるんっちゃ』という言葉とともに、木箱のことも何故思い出したのだろう。

 憶測に過ぎないが、『かんすさび』と祠は関係あるのではないだろうか。

 木箱の向きが祠のあった場所を向いているとしたら、陽菜の脳裏に浮かんだ推測が間違っていなければ、『かんすさび』は神降ろしの儀式なのかもしれない。

 祠にぐひん様を祀っているとしたら、『かんすさび』とは木箱にぐひん様を迎える儀式なのではないか。

 院生で先輩のつくもの言っていたことを思い出す。

『本来、神は高い場所に御座おわす。山頂に神を祀る奥宮を作り、麓に本宮を作ることで、神が奥宮から本宮に降りてくる道、バイパスが出来、我々は本宮にいながらにして、奥宮の神を拝むことができる。奥宮と本宮は神と人を繋ぐ装置なんだ』

 しかし、蔵の中を見てみないことには、陽菜が閃いた仮説を立証することはできない。全く違うとも言いがたい。まるでシュレディンガーの猫のようだが、可能性をいくつも感じた。

 どうしても中を見てみたいと思ったが、父親が町の警察署から戻ってこないと話にならない。

 そのとき、玄関の方向から、陽菜を呼ぶ声が聞こえた。

「ただいま、陽菜ー」

 母親がどうやら捜索から戻ってきたようだ。

「おかえり、お母さん」

 急いで表に出ると、母親に不思議そうな目を向けられる。

「裏庭で何してたの」

「蔵を見てた」

「そういえば、蔵なんてあったわね……」

 老朽化しているので、陽菜一家がまだここに暮らしているとき、『かんすさび』以外で中に入ったこともなかった。

「捜索は進んだ?」

「一旦帰って休めって追い返されたのよ」

 母親が不服そうに言い放った。

「わたしも少し休んだほうがいいと思うよ」

 母親は不機嫌そうにため息をつき、玄関を上がった。

「陽菜、あんたは向こうの家に帰りなさい」

 都心の実家に帰れといきなり言われて、陽菜が反論しようとすると、

「今、陽菜にできることはないの。家に帰って留守番してて。お母さんはお父さんを待ってから一緒に帰るから」

 素直に頷くしかなく、陽菜は帰り支度を始めた。

 荷物をまとめながら、台所にいる母親に、「弥生の荷物も持って帰る?」と何気なく聞いてしまった。

 すると、母親が鋭い目で陽菜をにらみつけ、

「弥生は帰ってくるから、荷物はそのままにしておいて!」

 とヒステリックに声を荒げた。

 これ以上は刺激するまいと、急いで陽菜は仏間に置いていた甕と荷物を車のトランクに押し込み、母親に声を掛ける。

「お母さん、じゃあ、帰るね」

 先ほど怒鳴りつけたことを後悔するような顔つきで陽菜に目を向け、母親が優しい口調で言う。

「陽菜、気をつけてね……」

「じゃあね」

 車に乗る前に、陽菜は平良須山を見上げた。この山のどこかに弥生がいる。生きていると信じたいけれど、こぼしたインクのように不安が心に広がっていった。

#ホラー小説部門 #創作大賞2025

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